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詩神【ショートショート】

ロンドンのとある古びたアパート。
窓から見える煙る街並みは、まるで詩人の頭に浮かぶ混沌そのものだった。詩人は机に向かい、十四行詩に向き合っていた。紙の上の言葉はまるで喉に詰まった石のようで、流れるペン先はどこかぎこちない。

そのとき、威勢のいいノック音が鳴った。扉を開けると、きっちりとネクタイを締めた船長が立っている。白い歯を見せて笑い、「おい、ネクタイを二、三本買いに街へ出たついでだ。寄らせてもらうぞ」と気楽に言う。彼の現実主義的な振る舞いは、詩人には少し眩しすぎた。

部屋に通された船長は、あちこちを物珍しそうに見回す。棚に整然と並べられた詩の原稿、机の上のインク壺。そして、部屋の片隅に目を留めた。「なんだ、この小さな祭壇は?」と尋ねる。

詩人は慌てた。「それには触らんでくれ。詩の神様を祀っているんだ。ここに供えた詩が、いつか世に評価される日が来ると信じている」。船長は呆れ顔で言う。「詩なんて金にもならんし、そんな神様もいるはずがないだろう。現実を見ろよ」

船長が帰ったあと、詩人は急に惨めな気持ちに襲われた。「もう詩なんて書いても無駄だ」。怒りと失望の中で、詩の神を祀る祭壇を壊そうとした瞬間――部屋中に角笛の音が鳴り響いた。光が眩しく輝き、祭壇の前に荘厳な姿の神が現れた。

「お前の詩が気に入らないのか?」と神が問いかけた。詩人は震える声で訴えた。「私の詩には価値があるのか。いや、そもそも詩というものに何の意味があるのか?」

神は大きく笑った。「詩の価値など、見る者の目にしかない。お前の好きな色は何だ?」

「紺です」と詩人が答えると、神は声高に叫んだ。「この詩人は紺が好きだ!」途端に、どこからともなく歓声が巻き起こる。次に神は尋ねた。「では、好きなスポーツは?」

「ゴルフです」

神が再び宣言する。「この詩人はゴルフを好む!」すると、女性たちの黄色い声が響いた。

神はにやりと笑い、「どうだ。詩が評価されるには、詩そのもの以上に、人気や信仰が必要なのだ」と言い残し、煙のように消えていった。

詩人は呆然と立ち尽くし、机の上の未完成の十四行詩に目を落とした。ペンを取り、続きを書き始めた。どこか遠くで群衆の歓声が、まだ微かに聞こえる気がした。


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