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詐欺師に騙されても幸せな人・人を疑って病気になる人【ショートショート】

これは、ある地方の医師が長年の診療を通じて語ってくれた話だ。

彼の診療所は、山間の小さな町にあり、患者たちの多くは地元で暮らす素朴な人々だった。その中に、特に対照的な二人の患者がいた。一人は、村で有名な「カルト信者」と噂される女性で、もう一人は、誰もが「慎重すぎる」と感じる中年の男性だった。

女性の名はユミコ(仮名)。ユミコは、地元にやってきたある「自己啓発セミナー」の講師に魅了され、全財産をつぎ込むほど熱心な信者になっていた。セミナーは、幸せな人生のための「波動調整」とやらを売りにしており、怪しい壺やアクセサリーが高額で売られていた。しかし、ユミコはそれを疑うどころか、そのセミナーに通うたびに表情が輝きを増し、村人たちに「私、こんなに健康になったの!」と笑顔で語っていた。実際、ユミコの体調はいつも良く、風邪ひとつ引かないほどだった。

一方、中年の男性、タカオ(仮名)は正反対だった。詐欺やカルト宗教への強い嫌悪感を持ち、常に周囲に警戒心を抱いていた。彼はインターネットで詐欺の手口を研究し、ニュースや裁判の記録を熟読していた。誰かが親切に近づいてくると、まず「この人は何を企んでいるのか?」と疑う癖がついていた。もちろん、セミナーや壺の話には激怒し、ユミコに「あんなものに金を払うなんてバカげている!」と何度も警告した。しかし、タカオ自身はというと、不眠症や胃痛に悩まされ、病院に通う日々が続いていた。

医師は二人を診察するたびに、彼らの対照的な様子に複雑な思いを抱いていた。「本当に幸せなのはどちらだろうか?」と。ユミコは金銭的には大きな損をしているが、心身ともに健康で、日々の生活を楽しんでいるように見える。一方、タカオは財産を守り抜いているものの、その警戒心の代償として、自らの健康と平穏を失っていた。

ある日、ユミコが再び診療所に訪れた。彼女は満面の笑みを浮かべながら、高価なペンダントを医師に見せた。「これを身に着けていると、悪い波動から守られるんですって!」と目を輝かせて語る。その姿はまるで、幼い子供が宝物を見せびらかしているかのようだった。

数ヶ月後、タカオはついに胃潰瘍で入院することになった。彼の病室で、医師は何気なくこう問いかけた。「タカオさん、あのユミコさんのこと、どう思いますか?」

タカオは憔悴した顔で答えた。「あんなものに騙されて、本当に幸せなんですかね。でも、たまに思うんです。俺がこんなに身を削って守ってるもの、一体何なんだろうって。」


結局、ユミコは最後までセミナーの信者であり続けた。そして、信じていた「波動調整」のおかげだと言いながら、80歳を超えても元気に畑仕事をしている。一方、タカオはというと、退院後も疑心暗鬼に囚われ、次第に村人たちから距離を置かれるようになった。そして孤独の中で亡くなった。

医師は今でも思い出す。「信じる力が人を強くするのか、それとも疑うことが生きる知恵なのか。」答えは未だに見つからない。ただ、ある日の診療後、彼は自分の手首にユミコからもらった「波動ペンダント」をこっそりつけてみた。もしかしたら、何かが変わるかもしれない、という思いとともに。


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