ギザギザハートの数え唄
エジプトはギザ。
壮観な台地。
ひと際目を引く巨大な彫像。
スフィンクス。
神話によれば通行人に謎をかけ、
怯えて立ち去る者は見逃すが、
答えを間違った者は捕食されたと言われている。
「朝は4本、昼は2本、夜は3本。
この生き物は何か答えよ」
現在では有名なお話。
答えは人間。
四つん這い、
二足歩行、
杖歩行。
人の生誕から老いまでを表した問題。
これをオイディプスという旅人が、
言い当てたことでスフィンクスは、
崖からその身を投げたというのが、
このお話の結末。
そして現代。
ここに1人の観光客が訪れる。
「カイロ空港からギザ台地、近っ!
日本からカイロまで時間かかったのに。
でも念願叶ってこうやってピラミッドと、
このスフィンクスが目の前に!
この風景!なんて表現すればいいんだろ?
感無量?感慨深い?
感慨無量っていうのもあるよね?」
「もし」
「万感の思いってのもピッタリ!!」
「もしもし!」
「なに?!誰?!」
「もし、旅のお方」
「旅の方って僕?
誰、話しかけてんの?怖いんだけど」
「私です。あなたの後ろにいます」
「え?!スフィンクス?!
やっぱ、こわっ!なに?幻覚?
僕、空港で何かされた?」
「いいえ違いますよ。
あなたは正常です。
私は今もなおこうやって、
旅人の方に話しかけているのです」
「そうなんですか?
いや~ビックリした~。
はい、ちょっと落ち着きます。
はい、はい、大丈夫です。
はい、どうぞ」
「急にお声掛けしてすいません。
あなたの独り言が気になりまして、つい。
驚かせてしまったようで」
「まあ、誰でも驚きますよね。
このサイズの方に声を掛けられれば。
ところで、独り言がどうとか?」
「先程、あなたがこの景色に感動し、
ご自分の気持ちを、
様々な言葉で表現されてるのを、
ずっと拝見しておりました。
知性溢れた方ではないかと思い、
お声掛けしました」
「いやいや。そんなことはないですよ。
でも、この景観を前にすれば、
みんなそう言いたくなるでしょ?」
「そうでもないです」
「そうなんですか?」
「うわっ!でかっ!
すげっ!なにこれ!
やばい!まじヤバイ!
こればえる~!もれる~!
…これが上位ランキングです」
「そんなもんなんですね」
「そうなんです。
私はあなたのような、
豊かな表現をされる方を、
探していたのです」
「どうしてですか?」
「スフィンクスの謎かけは、
ご存知ですか?」
「はい、もちろんです。
朝は4本、昼は2本、夜は3本…
という問いですね。
そして答えは人間」
「そう、それが問題なんです」
「問題ですよね?」
「いえ、一大事ということです」
「何か困ってるんですか?」
「はい。実はこの問題、
有名になりすぎて間違う人が、
いなくなってしまったのです」
「はあ、確かに。
日本でもメジャーじゃないかな?
僕も絵本で読みました。
でも今更、問題出してどうするんです?
まさか!……食べる?!」
「違います。それは神話の中のことです。
私はこの問い掛けで、
旅人との対話を楽しみたいのです。
ですが最近では知ってる方が多くて…。
はい!でました!人間!
きた!お約束!人間!
知ってる!それ、知ってる!人間!
人間!人間!人間!
問題の途中、食い気味に言われて、
会話にもなりません」
「お気の毒です」
「ですから私、
新しい問題を考えようと思ったんです」
「なるほど。
それはいい考えですね」
「ですが…」
「ですが?」
「私、あの問題以外、
全く思いつかないです。
あれが私の頂点なんです。
あれ以上は無理なんです。
ですから旅の方に知恵をお借りしようと、
こうやって声を掛けていたのです」
「そうだったんですか。
でも僕以外にも何名か、
声を掛けたんですよね?
その人達は問題を、
考えてくれなかったんですか?」
「考えてくれました」
「良かったじゃないですか。
試しに僕に出して下さいよ」
「いいですか?」
「いいですよ。是非」
「それなら出します」
「どうぞ」
「では問題です」
「はい」
「……
パンはパンでも、
食べられないパンは、な~んだ?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……フライ…パン」
「……正解です」
「酷いですね」
「はい、私もそう思います。
こんなのばかり50個ほどあります」
「ほんとですか。
これは問題として、
出すレベルではないですね」
「そうですよね。
わかってるんです。
こんな空気になるのも。
散々試しましたので。
ですから、あなたならきっといい問題を、
考えてくれるのではないかと、
勇気を振り絞ったんです」
「そうですか。苦労されたんですね。
僕が期待に応えられるかわかりませんが、
困っているスフィンクスは見逃せません。
頑張って問題を考えてみます」
「ありがとうございます。
こんな良い方、オイディプス以来だわ。
あなた、お名前は?」
「小出恵介です」
「えっ?!おいで?」
「小出恵介です」
「それは、こではなく、おなのですか?」
「よく間違われるんですよ。
でも小出恵介です」
「色々と、気になるお名前ですね。
でも、これも何か、
運命の巡り合せかもしれません。
どうぞ小出様。お力添えを」
「わかりました。
まずあのお約束の問題ように、
数は取り入れたいですね」
「なるほど。継承ですね。
とてもいい案だと思います」
「そして前回の答えを知ってる人ほど、
悩んでしまう方が盛り上がりますよね?」
「確かに。
答え合わせで盛り上がりたいです」
「だとすると…」
「だとすると?」
「閃きました!」
「閃きましたか!
お願いです。
私にその問題を出して下さい」
「はい。いいですか?」
「はい」
「問題です。
朝は3本、昼は2本、夜は4本。
これなあに?」
「え?!朝と夜の数が入れ替わってる。
でも、なんでしょう?人間ではないし」
「どうです?」
「これは難しいです、小出様。
何かヒントを頂けませんか?」
「ヒントですか?
そうですね~。
スフィンクスさんの時代には、
なかったものです」
「もの?ものなんですか?!」
「あ~、ヒント出しすぎたかなぁ」
「え~でも、それでも難しいです。
私、見たことあります?」
「どうかな~。
3番目は見てますけど、
2番目はどうなんだろ?
現地の人使うかな~」
「使うんですか?
ますますわからなくなりました。
小出様、降参です。
答えを教えて下さい」
「そうですか。
では答えを教えます」
「はい」
「答えは…」
「答えは…」
「……車です」
「車……小出様、天才!!」
お疲れ様でした。