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加速器を相手に仕事をする、とは?ーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」②


加速器は現代の錬金術


人工的にある粒子を別の粒子に変えてしまうーいわば現代の錬金術を可能にしているのが、世界各地に作られている加速器です。もっとも有名な物はおそらく、スイス・ジュネーブの地下に作られているLHC(Large Hadron Collider)でしょう。

これは、陽子※1を6.5TeV(光速の99.999999%)の速さまで加速し、同じ速度まで加速させた別の陽子と正面衝突させる装置です。この時、陽子に含まれるクォーク同士が高いエネルギーで反応し大量の粒子が作られるため、それらをすべて検出してエネルギーや運動量を調べます。


LHC(Large Hadron Collider)


2013年にノーベル賞となったヒッグス粒子も、このLHCで作られました。癌の内包治療や植物の品種改良などを狙って、加速器を利用する研究もあります※2



※1 原子核を構成する粒子(核子)のうち、電荷を持つもの。素粒子レベルでは、アップクォーク2つとダウンクォーク1つによって構成されています。
※2 例えば、桜にイオンビームを照射して品種改良する研究なども行われています。
「重イオンビームで四季咲きサクラの品種改良に成功」理化学研究所


しかし、残念ながら、このような高い需要に反して加速器の数は非常に限られます。しかも、一つ一つ特徴が異なるため、自分の研究で使うために適した加速器施設に直接出向く必要があります。
また、加速器を運転するためには多額の電気代がかかるため、年間で利用できる日が限られていて、多数の研究者がその枠を獲得するために申請を行い、承認されれば一年あたり数日程度の実験日を与えられます。


季節労働者のような生活


したがって、加速器を使う研究者の生活は、極端な季節労働者のようなものかもしれません。実験の一年前から半年前くらいに、「来年の○月○日の午前9時から24時間」のように実験時間が割り当てられます。各研究者は、その時に欲しいデータが得られるように、装置の準備やシミュレーションを行います。実験本番の数日前には現場に装置を持ち込み、問題なく実験が行えるかの最終確認を行います。実験中は大量の放射線が発生するため、装置はすべて遠隔操作で動かさなければなりません。そのためのサーバーやネットワーク系統の構築も準備の一環です。

実験当日はシフトを組んで24時間体制で実験を続けます。遠隔操作なので、実験中に装置に何か異常がないか、温度や電圧といった基本的なパラメーターを手掛かりに見極めなければなりません。そしてたいてい、一つや二つは予期せぬトラブルに見舞われ、思い通りの実験にはならないものです。
実験が終了しても、それで仕事は終わりません。真空ダクトの中でビームが当たった部分は放射化しているため、1~2週間経ってから片付けに入ります。その間に、データが問題ないかの確認や、トラブルの原因究明を行っていきます。


実験後には年単位でのデータ解析が待つ


データ解析は、研究によっては1年単位での時間がかかります。実験中に得られる情報は、検出器が信号を受け付けた時刻と信号の大きさのみ。ここから調べたい物理量を引き出すのは色々な工夫が必要です。

例えば、ある原子核の寿命を知るためにはどうすれば良いでしょうか?
崩壊するときに放出される放射線を長時間にわたって観測し続けて、その検出頻度が時間とともにどう変化していくかを追っていけば、減衰の時定数※3から寿命を見積もることができそうです※4
もっともらしい数学的モデルを仮定し、それをデータに当てはめて、もっともデータによく合うようなパラメーターを算出することで、寿命を決定することができます。


※3 放射性崩壊は、作られてからの時間に依らずどの瞬間にも崩壊する確率が同じなので、放射線の検出頻度は時間tとともにexp(-t/τ)の形で減っていきます(このような時間変化の仕方を「ポアソン過程」と言います)。
この時のτのことを「時定数」や「寿命」と呼びます。詳細は「死とはなにか」の議論を参照してください。

※4 この方法は実際には、現実的に測定可能な寿命を持つ核種にしか適用できません。(数百年など)あまりにも長寿命な核種や、(ピコ秒以下など)あまりにも短寿命な核種では放射線量が減衰していく様子はきれいに見えないでしょう。また、崩壊した先の原子核がまた別の崩壊を起こす場合、エネルギーの異なる様々な放射線が同時に検出されてしまうため、どれが見たい放射線なのか選別する必要があります。ここでは、これらの具体的な話には踏み込みません。


では、その寿命はどれくらい「確からしい」?

寿命が5分だと分かったとして、5分±0.1分なのか、5分±1分なのかでは意味が全然違います※5
この「±○○」の部分(一般に「誤差」と呼ぶことが多い)をどれだけ正確に評価し、あわよくば小さくできるのか、が物理学の実験における最重要テーマです。

※5 「±○○」の値は多くの場合、測定値が正規分布でばらつくとして標準偏差1つ分の範囲で記述します。すなわち、同じ測定を何回も繰り返した場合、およそ1/3の割合で「◇◇±○○」の範囲より外の値を得ることに相当します。


誤差を小さくするもっとも簡単な方法は、多くの場合、測定回数を増やすことです。
同時に、加速器実験でもっとも苦労するのも、たいていこの点です。つまり、人工的に作り出せる粒子の量は非常に限られているため、研究によっては何年もかけなければ測定誤差を十分小さくする程度の測定回数が得られないのです※6

※6 端的な例が、理研でのニホニウム発見の研究でしょう。
(ニホニウムは2016年に113番目の新元素として発見。原子番号30の「亜鉛」と83の「ビスマス」の原子核を融合させることによって作られるが、原子核融合には原子核同士を衝突させる必要があり、RILACライラックという大型加速器を使った実験によって合成させることに成功。)


それでもなぜ人は加速器を使い続けるのか


それはやはり、加速器を使わなければできない研究がそれだけたくさんあるから。

未知の粒子を発見する研究は、直接その粒子を作り出すのがもっとも確実です。
特殊相対性理論によれば、粒子同士を高いエネルギーで衝突させればそれに対応する質量の粒子を作り出すことができるので、高いエネルギーが出せる加速器が重宝されるわけです。類似の研究として、粒子を作り出すよりも低いエネルギーで、少しだけ励起させる※7ような研究をすると、その原子核の構造や反応を調べることができます。
また、人工元素の化学反応を調べると、原子核だけでなく原子としての性質を調べることもできます※8

違った毛色の研究では、癌細胞をわざと被曝させて治療する粒子線治療や、人工衛星に搭載する半導体機器が壊れないかをテストするための照射試験など、加速器が特殊な環境を作り出すことで成り立つものもあります。
研究者の知的好奇心を満たすため、あるいは人々の生活をより良くするため、日夜加速器は動き続けています。

※7 原子や原子核にはエネルギー準位が存在し、低い準位から高い準位に上げることを励起と言います。
※8 原子番号が大きくなると、電子の運動エネルギーが高くなるために原子の形が歪み、原子としての性質が変わってくることが知られています(相対論効果)。
つまり、元素周期表の下の方は原子としての性質が十分には分かっておらず、今後の研究結果次第で並べ方が変わる可能性がある、といえます。


プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。


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