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『もう一度旅に出る前に』07 原点に、回帰する 文・写真 仁科勝介(かつお)

旅とその周りにある出来事や考えを気のままに書かせてもらっているけれど、要領が悪いのもあって、いつもギリギリに提出している。もう少し上手くできたらいいのにとは思うけれど、その一方で、ほぼ一週間まるごと、いま自分は旅についてどのように考えているのだろうかと、一問一答を繰り返している。ああでもない、こうでもない、ああかもしれない。だから、頭の中で旅のことを考えない日はないし、それはプラスなんじゃないかなあと思っている。

最近は「どうして旅をしたいんだろうね」という、誰でも向き合うような動機ごとを考えていた。旅に限らずとも、あらゆる場面で「どうして」という動機は求められるし、ひと言にまとめることができそうで、結局はそのひと言にどういう思いが含まれているのだろうか、ということを考える必要があるわけで、思考のループだと思う。

と、そういうことをおぼろげに考えている最中、板橋区にある植村冒険館に入った。植村さんとは冒険家、植村直己さんのことだ。冒険館は、正確には植村記念加賀スポーツセンターという施設で、植村さんの展示だけではなく、プールやトレーニングルームなどいくつもの設備が備わっていて驚いた。ぼくが訪れたのは夕方だったから、子どもたちがスイミングのために大勢やってきていて、区民のための広かれた場になっていたのだった。

そして、植村直己さんの展示を観たわけだれど、わくわくさせられるばかりだった。ビデオを全て観て、植村さんが踏破した山のルートや年表に目が吸い込まれた。年表を見ていると、植村さんが30歳ごろに徒歩で日本縦断をしていたことを初めて知った。3000kmを52日間で縦断したと記載されていて、数字だけで正確なことまでは分からないけれど、もし、1日60kmのペースで歩いていたのであれば、それは、ぼくからすれば圧倒的な異次元である。いま、東京の23区を歩いていて、1日20km、30kmのペースで歩き続けるのが限界だし、荷物は最小限だし、銭湯に入って体を休めるし、一度1日45km歩いたときはどんなもんじゃいという気持ちで周りにも話をしていたし、やはり1日60kmは基礎体力そのものが違うと思った。

だが、何より植村さんの舞台である、北極点やグリーンランドを進んだルートを見ていると、かっこいいなあという憧憬の念が溢れた。それと同時に、「なぜぼくは日本ばかりを巡りたいのだろうか‥‥」という気持ちになるのであった。世界は広いのだ。海外にも行きたいなあと当然思う。それを、焦っちゃいかんよというもう一人のぼくが制止する。でも、植村さんの言葉を眺めていると、巡っていた共通する思いとして、まるっと意訳すれば「行きたいから行くんです」というメッセージが感じられて、ぼくにとっての日本も、そうなんだよなあ。行きたいから行くんだよなあ。と、原点に回帰するのであった。

もうひとつ。つい最近、4年前に市町村一周の旅で出会った人から、突然電話がかかってきた。その人はこうちゃんと言って、長崎県の五島列島の福江島で出会った。たぶん年齢的にはお兄さんよりはおじさんで、とっても素敵で美人なパートナーさんがいて、明るくて豪快で、気前が良くて、ねちっこいことは嫌いで、楽しくお酒を飲む人で、ぼくはこの人にほんとうにお世話になった。普段は札幌に住んでいるから、札幌を旅したときは泊めてもらって、あちこち連れて行ってくれて、たらふく美味しいものを食べさせてもらった。寿司屋でこうちゃんが注文するときに「しゃり少なめ」と言ったときは安くお腹いっぱい食べることが正義だったぼくにとってカルチャーショックだったし、きっと生活にはゆとりのある人だった。でも、そんなことよりも、人情に熱くて、人の縁や自分らしい生き方を大切にしろと血の通った言葉で語ってくれた。「いいか、かつお。人生とは『Oh, yeah!』だ」という言葉を、ずっと覚えている。読んでくださっている方には伝わらないかもしれないけれど、ぼくにとっての人生もOh, yeah! なのである。

こうちゃんはSNSをやっていなくて、一切連絡を取っていなかった。出会ったときはパートナーさんとどうするか、というタイミングだったし、もし生活が変わっていたら‥‥と考えてしまって、連絡しないままに今に至っていた。だから、大きな心残りだった。

しかし、電話がかかってきた。ここ最近でいちばん驚いて、嬉しかった。話を聞くと、こうちゃんもパートナーさんも、何も変わっていなかった。結婚して、今もずっと一緒にいる。今もぼくも泊まらせてもらったお家から電話をかけてんだ、って。なんだー! 思わずテンションが上がって、パソコンに向かって作業していたわけだけど、自然と立ち上がった。嬉しいです、おめでとうございます。それよりも、ずっと連絡よこさずに、ほんとうにごめんなさい!

と、ぼくが敬語で話していると「気持ち悪いからやめろ」という流れまで、前と変わっていないようで懐かしく感じられて、「お前最近なにやってんの?」と聞かれて、旅が終わってからのことを、4年越しに説明できたのだった。「上京して、写真家をやっています」と、まだまだ走り出したばかりではあるけれど、そうやって言えたことがほんとうに嬉しくて、こうちゃんはそれをすごく喜んでくれて、結構泣きそうになった。嬉しいですと言うと、しみったれたことを言うなとまた言われた。

電話をしていると、「どうして旅をしたいんだろうね」ということが、吹っ飛んだ。心が旅をしていた日々に還った。旅先で出会って、自分には持っていないあたらしい刺激を受けて、それが自分の生きる栄養素になっていく。相変わらず、動機そのものを言葉にすることは簡単なようで難しい。ただ、植村さんの人生や、こうちゃんのことを考えていると、「でも、とにかく旅をしなきゃ」ということに、還ってくる。ああ、順番は逆かもしれないけれど、まずはこの根っこを枯らしてはいけない。

長崎県五島列島、福江島



仁科勝介(かつお)
1996年生まれ、岡山県倉敷市出身。広島大学経済学部卒。
2018年3月に市町村一周の旅を始め、
2020年1月に全1741の市町村巡りを達成。

HP|https://katsusukenishina.com
Twitter/Instagram @katsuo247


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