「サマーバケーション」オマケ/いいやつとわるいやつ
ーーーーー気に食わねぇ。
タレ目の嬢ちゃんの肩越し、まるで今にも俺に殴りかからんばかりに敵意むき出しの大男。
何よりハナについたのは、自分は清廉潔白でございといったその好青年風の面(ツラ)。それから、「俺の方が正しくてお前は間違ってる」と決めつけるような視線。
そして最後に腹が立ったのは、「この女は俺の方が好きみたいだけどな」と、下らない優越感に浸った自分自身にだ。
別に、俺の知った事じゃ無い。全然美人でもない、ヤラせてもくれない、仕事の利害関係があるわけでもない、このちょっと変な女がどこで誰とどうなろうと、どうでもいい。
そう、どうでもいい、はずだ。
自分でもよく分らないが、最近の俺は少しだけこのタレ目ちゃんを気に入っているらしい。
彼女にしろと迫るわけでもなく、俺とヤリたいわけでもなく、他の女の事に言及するワケでも無く、仕事の利害関係も無い俺と、ただ会って話をするだけで身を乗り出す程に楽しそうにしているこの女に、ふいに会いたくなっている自分に、たまに戸惑う。
腹ワタが煮え繰り返るとはこの事か。
ついさっき痴話喧嘩相手のロングヘアに絡めていた指があいつの肩に触れた瞬間、ボコボコにしてやりたい衝動に駆られた。人に本気で暴力を振るいたいと思ったのは、子どもの時以来だ。
俺の『唯一無二』を、お前の周りの『一山いくら』と同じにするな!!
だらしの無い身嗜(みだしな)み。責任感の欠片もなさそうなヘラヘラとした顔。きっと碌(ろく)なヤツじゃ無い。あいつの事を抜きにしても、一番嫌いなタイプの男。
ーーーーーお前にだけは、絶対譲らねぇ。
帰り際、ライブハウスの出口でばったり顔を合わせた俺達を、タレ目ちゃんが紹介し合う。
「…どうも。イイジマです。」
一瞬浮かべた何か言いたげな顔は、直ぐに営業マンの仮面を被った。
どんな相手にもキチンと接する、お育ちの良さそうなその姿勢。ご立派な事だ。きっとお前は何の苦労も無く、そんな必要以上にスクスク成長したんだろう。普通の家庭に生まれた自分がただ運が良かっただけとも知らず、そうでない人間を無意識に見下して。
「どーもー、蛇喰(じゃばみ)でーす。蛇(へび)が喰(く)うと書いて、蛇喰でーす。よく聞かれるけど、生粋の日本人でーす。」
タバコを取り出しながら、わざとこの好青年が嫌いそうな間延びした口調で返した。頭上にある相手の顔がイラついた表情を浮かべたのを確認し、愉快になった自分にまた少し腹を立てながら火を点ける。
タバコの煙越し、忌々(いまいま)しそうな顔で俺を見下す大男に微笑み返し、わざと風上に移動してから二度目の煙を吐いた。
ふざけた口調で自己紹介をされ、心底下らないヤツだなと呆れた。
きっとあんたは、何の苦労も無く、何も背負わず、ただ無責任に生きてきたんだろう。だらだらと日々を持て余し、欲望と怠惰に負けて。その左手に持ったタバコに火を点ける程度の感覚で女を食い散らかして、吸い終わったらおしまいとばかりに。
あんたみたいな人間から「真面目そうなヤツ」と、あざ笑われるのは慣れっこだ。俺を小馬鹿にしようが、別にそんな事はどうでもいい。
あいつに寄るな、喋るな、触るな。
俺に向かって吐いたそのタバコの煙と一緒に、消え失せろ。
「おーい、帰るぞーーー!!」
少し離れた所から、サル顔の小男があいつらを呼んだ。
「じゃあね、ヘビちゃん。」
タレ目ちゃんは俺に手を振ると、大男と並んで歩き出す。その所作(しょさ)には一切の違和感が無く、ずっとそうしてきたのだろうなと感じた。
知ってる。
あんたは少し変な女だけど、俺と一緒に居るには真っ当過ぎる。いいところの嬢ちゃんには、優しい王子様が待ってるのがお決まりのパターンだ。
小さくなっていく背中に、手元の携帯で「おやすみ」と、普段なら絶対にしないただそれだけの送信をした。
数秒して、その背中は一瞬振り向いて照れくさそうに俺に手を振った。その隣で何とも言えない表情を浮かべている大男を確認し、少しスカッとした俺は映画の上映時間を検索しながら二本目のタバコに火を点けた。
ーーーーーあー、ホント、気に食わねぇ。
~終~