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いぬじにはゆるさない 第8話「イイジマ(4)」

「結局、イイジマみたいにモテるヤツには分んないんだよ。」

友人の結婚式に出席した帰りの事。主賓の都合で二次会が無く、親しい数人でファミレスに向かう流れになった。

結婚式の感想やお互いの近況を語り合っていたのだが、その頃ちょうど失恋ホヤホヤだった男友達のモンちゃんが愚痴り出し、その果てに隣の席のイイジマに絡んだ。

「今までの彼女だって、全部あっちから言い寄ってきたんだろ?いいな~、俺だって告白とかされたいよなぁ~!!」

「確かに俺は、モンちゃんに比べたらモテるのかもしれん。」

鼻で笑うようにそう言い放ったイイジマの空気の読めなさに、周囲が一瞬凍り付いた。

「だが。」

演技がかった前置きのセリフを挟み、グッと親指を立てて続ける。

「歴代の彼女全員からもれなくフラれてる!長続きもしない!!」

「お前のそういうところが好きだ!!」

小柄なモンちゃんが、長身のイイジマの腕にしがみつく。ドッと笑いが起きた。

そう言えば以前、イイジマと同じ大学の女の子が彼をこう評していた事があるらしい。

『告白されたら舞い上がって付き合って、でもその後は受け身のほったらかし。で、フラれる。そのパターンの繰り返し。イイジマ君って、ある意味で恋愛経験値ゼロみたいなもんだよね。』

それから、『でも、そんな人が恋愛ではっちゃけた時って、色々やらかしそう。』とも。

けれど私やモンちゃんは知っている。イイジマの家はお父さんが大病をしていた時期があって、長男のイイジマは苦労していた事を。大学のランクを落として自宅から通える大学に学費免除枠で進学し、弟がサッカークラブを続けるための費用もバイト代でまかなってあげていた。

彼女ができても、『ヒマな大学生』が望むような付き合いは出来なかったのだろう。

そして生活が落ち着いてからもそのパターンが続いているのは、もしかしたら恋愛に対する自信のなさが根底に染みついてしまったのかもしれない。

「もう、女どもなんか無視して俺と付き合おうぜ、イイジマッ!」

再度モンちゃんが笑いを取ったタイミングで、私の携帯にワンコールの着信が入った。私はそれを受け、500円硬貨をテーブルに置いて颯爽と立ち上がる。

「お先に失礼。お釣りは傷心中のモンちゃんが取っとけ!」

「足りないし!お前パフェ食べたから、全ッ然足りないし!金持ちの婚約者が迎えに来てるような幸せいっぱいのヤツにはビタ一文おごらねえからな!!」

止まらない笑いの渦の中、ちゃっかりそのまま去ろうとすると、「トイレ。」と、イイジマも立ち上がった。

出口付近まで一緒に進むと、ファミレス特有の大きなガラス越し、駐車場の外灯の明かりに照らされている恋人の車が見えた。

私の視線の先を追い、車種を呟くイイジマ。

「ハリアー、か…。」

その後、グレードがどうの何とかランプがどうのとブツブツ言っていたが、車にうとい私には全く理解出来なかった。

「次の花嫁よ、幸せになれ。」

唐突にそう言われ、ポンっと背中を押された。私が言葉を返すより先に、イイジマはトイレへと消えた。


・・・・・


イイジマに告白された時、イイジマの中で私への同情心が横滑りしただけなんじゃないかと思った。

けれどよくよく思い出してみると、『もしかして結構前から?』と思うフシがいくつかある。いや、それらは単なる自惚れかもしれないけれど。

それよりも、だ。

今、私を車のシートに押しつけている、この『ある意味で恋愛経験値ゼロ』の男を、どうにかせねばならない。

その横っ面に、言葉で平手打ちを喰らわせる。

「何かしたら二度と口きかないからね!!」

イイジマの手がビクリと跳ね、その振動で私の肩までもが面白いほどに揺れた。

慌てて離れたイイジマはまるで捨てられた犬のような目をしていて、さっきまで怖かったのがまるで嘘みたいに可愛いらしい。

ただしその「可愛い」は、姉が不出来な弟を思うような、慈愛すら含んだものなのだけれど。





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