「サマーバケーション」オマケ/ヒナコの王子様
ああ、神様。ヒナコの王子様はいつ現れるのでしょう?
ーーーーーなんて、バカみたいな事を21歳にもなってわりと真剣に思っているから、私には変な男ばっかり寄ってくるんだと思う。
中学くらいまで自分の事を名前で呼んでいたせいで、未だに気を抜くと「私」じゃ無くて「ヒナコ」と言いそうになる。それが恥ずかしくてあまり喋らないようにしていたら、引っ込み思案な大人しい女の子というイメージがついてしまった。
中高一貫の女子校からの短大だから、そもそも男の人に接する機会があまり無くて、出会いと言えばナンパとか、『友達の彼氏の友達』から一方的に気に入られて迫られるパターン。でもそういう人って大体、浮気男か思い込みが激しいちょっと危ない人かの二択だ。
バイト仲間の門田(もんだ)君に好かれているのは薄々感じてるし、彼の事は良い人だとは思うけど、残念ながら全然好みのタイプじゃ無い。
男運が無い私は、ついでに言うと就職先も無くて、短大を卒業してからもファミレスのバイトを続けていた。
イイジマ君と出会ったのは、そのファミレスだった。
「ヒナコちゃん、お疲れ様~。」
その日、従業員入り口では無く正面入り口から入店してきた門田君は数人の男友達を連れていて、私の目はその中の一人に釘付けになった。
異性として惹かれたワケじゃ無い。男の人にあまり慣れていない私は、その見上げるほどの高身長に心底びっくりしたのだ。注文を取る際、椅子に座っているのに目線の高さがほぼ私と同じだった事に動揺し、オーダーミスをしていた事に気が付いたのは門田君達が帰る直前だった。
彼らの伝票をそれぞれの注文に分けてレジを打ち、最後の一人の会計が終わった時、彼らの会話が耳に入ってきた。
「そういや、イイジマがチョコケーキ食べるなんて珍しいな。甘い物苦手じゃなかったっけ?」
そのイイジマと呼ばれている長身の彼が何を注文したかは忘れてしまったけれど、言われてみればケーキじゃ無かったのではという心当たりがあった。多分、私がハンディ(注文端末)を打ち間違えたのだ。
私が慌てて謝罪すると、イイジマ君は少しだけかがんで小声で言った。
「いいよ、今日って怖い店長さんが居るんだろ?モンちゃんから噂は聞いてる。俺も飲食店でバイトしてたから分るし。」
返金しますと言ったのに、「ちょうど疲れてたから久々に甘い物食べられて良かった」と笑いながらイイジマ君はお店を出て行った。
たった一度会っただけなのに、それからイイジマ君は私の中で忘れられない存在になった。門田君から旅行に誘われた時も、知らない人達の中に入っていくなんて普段の私なら絶対にできないのに、イイジマ君に会えるならと勇気を出してみたのだ。
ーーーーーなのに。
再会したイイジマ君は、初対面のあの日と印象が少し違った。落ち着いていて頼れる優しい男の子だと思っていたのに、女友達相手にズケズケと物を言うし、「あいつ」とか「お前」とか、思っていたより口が悪い。
それ自体は意外ではあったけど、彼への興味が薄れる程では無かった。本当にがっかりしたのは、その態度が女友達全般に向けられているワケでは無くて、特定のあの子にだけなのだと気付いた時だ。
あの子に対しては『優しいイイジマ君』じゃ無くなるくせに、それでもイイジマ君はいつもあの子を見てる。今日のためにドキドキしながら選んだ私の水着は、何の意味も無くなった。
(…どうしてあの子なの。全然垢抜けて無いし、何かちょっと変な人だし、あれなら私の方が可愛いじゃん!!)
そう思ってしまう自分の醜さと惨めさに打ちひしがれながら、最初はそれでもわずかな希望があった。イイジマ君はあの子を見てるのに、あの子の方はイイジマ君の事なんかどこ吹く風といった態度だったからだ。何なら、門田君との方が仲が良さそうなくらい。
けれど、一日目の夜。
バイト仲間のカナちゃんが切り出した話題、『無人島で二人きりになるなら誰が良いか』。それに対してあの子の出した答えと理由に、ああ、この二人の間に私が入っていく隙間なんか無いんだと思い知らされた。
仕方ない、そういう事もある。
大丈夫大丈夫、まだ心底好きになってたワケじゃ無い。素敵な人だなって、私好みの『頼れるタイプの男の人』だなって、ちょっとカッコいいなって、そう思ってただけ。
ーーーーーもちろん、めちゃくちゃ悲しいけれど。
翌日、カナちゃんに強引に連れて行かれる形で、イイジマ君達と一緒に山側に出かけるハメになった。傷心中なのだから、本当は民宿で一人ジメジメと落ち込んでいたかったのに。イイジマ君はあの子と二人でどこかに行っちゃうし、門田君達はうるさい位にはしゃいでるし、なのにそのうち一人はずっと黙ってて圧迫感があるし、散々だ。
この人、何で喋らないんだろう。ううん、喋らない事に関しては私も人の事言えないんだけど。こんな、イイジマ君とはまたタイプの違う巨体の男の人が黙ってるの、怖いよ。
あーあ、神様。ヒナコの王子様は、一体どこに居るのでしょう?
おしまい
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↑ヒナコちゃんが喋るのは、実は第一話だけ!!
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