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【大峠】後の世界

こんにちは!
お気楽不食者CHIKOTOです♪

日月神示、世界中の様々な予言etc…

どこもかしこも世界中が様々な大災害に見舞われ
全てがひっくり返り、世界は入れ替わると言っています。


今、私たちの周りで毎日起きているさまざまな災害もその中の一つ(始まり)。

これから雪崩のように次々と地震、津波、火山噴火、隕石衝突etc…と災害が立て続けに起き、この世界は綺麗に浄化されるのでしょう。

まさに今、地球は大峠を迎えている。

「そんな怖がらせて不安を煽るのは止めて!」と怒る気持ちも分かります。

私は何の啓示も降りてきてはいないので何が事実かは分かりません。
でも 地球と私たち(地球の上の全て)の今後がこのままでいいわけはないと「魂」は既に知ってるし納得もしています。

競争、お金至上主義、核の開発、愛のかけらもない世界….
このままではいつまで経っても【愛と調和の世界】にはほど遠い。

ではどうする?
やはり地球の大洗濯が必要。
これしかないのはわかります。

よひとやむみな

「よひとやむみな」とは、
「世も人もみんな止まる」という意味。

日月神示の現代版のこのメッセージをぜひ読んでほしい。

私はその日(肉体を脱いで魂が還る日)を
心を磨いて全てを委ねて【愛と平穏の心】で迎えたい。と思っています。



地震が起こるぞ。
雷が落ちるぞ。
火の雨が降るぞ。
大地の軸が動くぞ。
それらはみな大洗濯のためじゃ。
よほどしっかりしておらんと生きていけん。

この大峠で生き残るのは、身魂の磨けた者ばかり。
神が勝手に選ぶのではない。
身魂を磨いたら、波動が変わるのぞ。
その波動が、出来事を引き寄せるのぞ。

そなたの心の中に、神がまつろえる場所を作れということぞ。
神をまつろうとは、神が心地よく鎮まれる場を作るということじゃ。
心を静め、目を閉じて瞑想してみよ。
そなたの胸の奥に神聖なる場所がある。
そこは、そなたの御魂の場所であり、神や宇宙とつながるところ。

しばらくそこに意識を置き、その静けさを味わえ。
やがて、神の気が心に満たされてくるのを感じるであろう。

よひとやむみな

大峠後の世界

もし仮に「大峠」を生き残ったとしても
その後の世界は数年間は、とても厳しい世界が続くでしょう。

電気、ガス、水道あらゆるライフラインはもちろん無い。
気候もアリゾナのような熱帯(夜は極寒)、草木も生えない。


そこで生きるには
生き残った人たち(身魂の磨けた人たち)と
上下も優劣も無い、所有もない「愛と調和」の世界を一から協力して築いていくしかない。

もちろん食べ物は以前のようには無い。
けれど必ず生きられる量を地球は全員に用意してくれる。

一日3食は要らない。
腹が減ったら食べる。
自分が8分、神に2分。
よく噛む。
噛めば噛むほど神の氣が入る。
全ての人が食べるだけの量は必ず与えられる。
むさぼるから足りなくなる。
腹が減ってないのに食べてはいかん

大峠に必要なことは
「何を食べるか、食べないか」ではなく
こだわりを捨て一日一食 腹八分目。

自分の体は何が必要かは十人十色。
自分に必要なものは自分の身体が訴える。
身体が喜ぶものを食せよ。
身体に聴けよ。
他人の言う言葉に惑わされその気になるな。

よく噛むこと。
食べるとは噛むこと。
噛むことはかみ(神)
身体は神殿
神様に供える心で静けさと共に今中を心がけ、感謝と共に味わえ。

よひとやむみな

人は食べなくても生きられます。
人は肉体(物質)だけの生き物ではなく魂(非物質)の生きもの。

だから心配は要らない。
米を焦って買い込む(むさぼり、独占する)必要は無いのです。

心配しなくても必要なら必要な分与えられます。
心配が心配な状況を作り
心配な現実を与えてくれているのです。

食べ物が無い→栄養が摂れない→病気になる→死ぬ

この固定観念を握りしめている限り
その世界を想像(イメージ)し その通りの世界を創造するのです。

今、出来る事は「身魂を磨く」事。
愛を持って、高め愛、支え愛、協力し愛、循環し愛
調和の世界をイメージすること。

そして災害や何らかの事故によって死ぬ(この身体を脱ぐ)ことになっても
私たちの本質は魂であり
魂は死なない。

それを受け入れれば死に対する恐れや恐怖、不安で悩まなくてもいいのです。

悲惨に見える状況も大きな視点、高い次元から見れば全て愛


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