![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/169284110/rectangle_large_type_2_77e18702e8cecfbed3b80075d0825a3c.png?width=1200)
「学び」がわからなくなったときに読む本
読んだ本
きっかけはNewsPicksの今週の1冊で紹介されていたのを見て。
これから子供に勉強とどう向き合ってもらおうかと考えていて、その参考になるかなと購入しました。学習塾を経営されている鳥羽和久さんが7人の学び手と対話した内容を収録した本です。
どの対話も内容の濃いものでしたが、自分が引き込まれたのは以下の3人です。印象に残った部分をピックアップします。
・千葉雅也(哲学者・作家)
暗記も必要である。そのベースがないと思考できない、アクティブラーニングをいきなりやっても意味はない。
効率的なスキルアップのような勉強も必要な局面があるが、それだけではなくてじっくり時間をかける勉強も必要。そのような勉強が人間的な余裕や物事を複雑に見るための筋肉を鍛える。
・古賀及子(エッセイスト)
家庭の中で子供を観察する。ユニークな言動をしたときにメモを取る。そこにいちいち感動する。
過去の自分を参照することではなく、目の前の子供をちゃんと見る。それをメタ認知することで興奮することができる、そうじゃないとやっていけない。リアルにワンクッション挟むことができる。
・井本陽久(いもいも教室主宰・数学教師)
「できるできない」の評価の中では自分を封じて「できよう」とする。本来の学びでは、いまある自分の手持ちで何とかして、気づかぬうちにいろんなことが身についてくる。
(進学校での話)学歴そのものに価値がないとわかっていても、受験勉強をがんばって「良い学校」に進める保証を手にしながら、それを手放す(=本質的な勉強を選び取る)のはとても怖いと感じてしまう。そこで可能性を持つのが塾、塾では思い切った学びができる。
「先回り」の弊害、自分で何とかする機会を積んでしまうのは、自己と向き合う時間を子供から奪っている。大人に心配されると、子供は「君は弱い」というメッセージを受け取ってしまうことにもなる。ただニコニコ見ているだけぐらいがちょうどよい。
読んでみて
自分自身は中学受験時に塾に行っていましたが、あまり好きではありませんでした。尋常じゃない量の詰め込みと感じてしまい、中学受験が終わって以降は塾に行くことはありませんでした。一種のアレルギーを感じていたのですが、この本を読んでそこまで遠ざける必要はないと思いなおしました。この本の中にも同様のトラウマをもっていて、子供にも塾に行かせない人がいるという話はありました。
両極端に触れるのではなく、本質的な学び+受験勉強の両利きでやっていくのがよいのではないかと思いました。どういう勉強が向いているのかは、人それぞれ。片方に偏りすぎることはなく、目の前の子供と向き合い観察し、子供のユニークネスが出てくるような環境づくりができればと思います。