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洪水後5日目 * チェンマイ俳句毎日

【チェンマイ俳句毎日】2024年10月10日

チェンマイの大洪水から5日目。浸水した街の商店の中には、掃除を終えて営業を再開させるところも出てきた。
昔から通っているベーカリーがワローロット市場の少し手前にあって、今日はその前を通りかかったので立ち寄った。となりの自転車屋はまだまだ商品を水洗いしたりして忙しそうだ。ベーカリーは一見、普段と変わらない様子だったのだが、ショーケースにはパンがひとつも並んでいない。こんな時だから、少しでも商品を買いたいという気持ちもあって、一番上の棚に並んだ袋詰めのクッキーを数袋と、ケーキの棚の上に3袋だけあったパンを選んだ。お店の人は、冷蔵庫に入れてあったパンだからお金は要らないよとパンのお代を取らなかった。まだパンが焼けるほどには掃除ができていないという。
そのお店は半世紀以上続く老舗で、創業時代から店を切り盛りしてきたおばあさんがいる。英語も話せる粋でフレンドリーなおばあさんとは親しくさせてもらっていて、たまに店の奥で一緒に朝のコーヒーを飲ませてもらったりしていた。この2年くらいで急激に体力がなくなり、店の奥に建てられた小さな明るい部屋のベッドでいつも仏教の本を読んでいた。
洪水の水が店にも家にも流れ込んできた夜、おばあさんのベッドの周りも水が押し寄せた。ご家族は歩けないおばあさんを避難させるために、レスキューのボートを呼んで運びだそうとしたそうだが、おばあさんはボートに乗るのを拒んだという。店はおばあさんの人生そのもの。離れたくなかったのだろう。結局最後にはレスキューの人に抱えられてボートで安全な場所に運ばれたらしい。ほっとすると同時に、おばあさんの気持ちを思うととても切ない。

多くの商品が流され、冷蔵庫も4台壊れたというが、「もう過ぎたことだから」とお店の人は前向きだった。
普段は見ることのできないおもしろいこともあったのよ、と話してくれたのは、その店の上流にある生鮮卸市場から、大きなバナナの房や西瓜がどんぶらこと流れてくる。「洪水で流れてくるのはゴミやゴキブリだけじゃないのよね。蓮の鉢なんかもゆらゆら流れて来て、中で蓮の花がきれいに咲いているのよ」と、さもおかしそうに笑っていた。
そして、すっかり水がひいた店の床には、商品の豆が店中に散乱していて、その豆から芽が出ていたのを見てみんなで大笑いしたらしい。水がひいてほっとしたのと、自然の小さな生命力に励まされたのかもしれない。まだひとつくらい残っているはずよと一緒に探してみたが、隅々まできれいに掃除されていて、一粒も残っていなかった。


落花生大水ひいて発芽せり


大水や西瓜もバナナもどんぶらこ




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