山田が他の女とやった。
山田くん へ
お互いいれて10秒でいった女の身体はどんなものであろうと考える。さいきん山田の夢を見たの。山田とリゾートホテルに泊まっている夢。「山田の部屋に行きたい」というと「いいよ」と山田も乗り気だった。ふたりで歩いていると冷やかされたのでじんわりうれしくなったよ。山田は部屋の前で自室のルームキーを紛失したことに気づき、フロントまで駆けていった。仕方がないからさ、わたしは水や避妊具を買うために備え付けのコンビニエンスストアで並んだのね。すると前に並んでいた男の子たちが言うの。「さかんだなあ」「あいつさっき美人の女医とやったばかりなのにな」なるほど。女医、ということは、リゾートホテルの宿泊客は患者だったのだろうか、わたしも山田も。病院。それはどこかの調子が悪い人が行くところ。悪いものをよいように治す素晴らしい職業。女医。美しくてかしこい。そして、ここには美しくてかしこくないわたしがいる。山田に選ばれなかったうつくしくてかしこくないわたしが。
山田から他の女とやったと聞かされたとき、わたしはけっこうショックを受けたんだよ。山田の持っている素晴らしい肉体が他の女の手に渡ったと思うと、あの大きな肩に噛み付くことができたのだと思うと悔しくて悔しくて涙が出そうになったよ。ただ出そうになっただけで実際に涙は出なかった。出したかったけれど(今回のnoteのネタにもなると思って)出なかった。なぜか。すぐその後にきた感情があって、それが悲しみを乗り越えて燃え始めてしまったからだった。
その後に来たものって、わかる?
なぜ、この人はこのようなことを話しているのか、そう考えた時に、心に浮かんでくるのは憔悴と、すこしのけいべつでした。えらそうで、ごめんなさい。こいつは、こいつは、なんなんだろう。どうしてこういうことを言うのだろう。どうして、恥ずかしげもなく、こんなふうな調子でわたしの心を惑わせようとするのだろうと思ったの。私の山田はこんなことは言わない。私の山田はこんなことで惑わせない。山田は自信がなくて、その裏返しでつよがりで。そうでなくてはならないのに。
山田はばかだけど、こういう種類のばかじゃなかったはずなのにって、思いました。
最近、こんな短歌を作りました。
なに挿れてほしい? 灯りがまぶしくて ダサいおまえが好きだったのだ
いとしい山田はわたしに淫乱な言葉を言わせるのが好きでしたね。時にはわたしをペットと呼び、犬と呼び、自分を主人と称して。あなたはわたしとの性行為に、アダルトビデオの幻想を投影していたとみえる! なに挿れてほしい? もう何十回もしているこのやりとり。わたしの口からは恥ずかしげもなく膣口にあてがって欲しいそのものの単語が出てきたでしょう。そうすれば山田は喜んでわたしを罵り、自分勝手な性行為を始める。なんたる野暮で在ることか! 井伏先生もびっくり。そう、あなたはいつもいつもダサすぎていて。
でもその当時はダサいところまで愛していて、好きだったのよ。
しかし他の女と寝ると話は別でさ。そのダサさはあっという間に愛しいものではなくなってしまった。もちろんわたしとセックスフレンドの関係であった当時も、他に女の子はいたのかもしれない。山田は否定していたけれど、それは山田の言っていることであって、ほんとうのことはわからないから。けれども今回、「やった相手」はわたしの想像の産物ではなかった。生身の、この世に存在している女とやったのだと山田は示したのだ。わたし山田の浅はかな言葉選びが好きだった。素直に言葉にできない性格が好きだった。恵まれているように見えながら、周囲からの評価に怯えている様を愛おしく見ていたの。けれどもそれはあなたが「わたしの方向を向いている時」に限ったのかもしれないね。そもそもそんな山田像は、実際の山田とはかけ離れていたのかもしれない。そこまで考えて、わたしの考えていたもの、わたしが辿ってきたものは、愛などではなく、普通の、その辺の、どこにでも在るような恋だと気づいた。神にしちゃってごめんね。息苦しくてごめんね。
じゃあ。じゃあさあ。
わたしって山田のこと好きじゃなかったのかな。
それも違う気がするんだよね、星が降ってくるようなよろこび、いちめんに春の雨を浴びるよろこび、目を閉じて秋の風を頬の産毛で受けるよろこび。あれは人が人を好きになったときしか得られないものだと、わたしは思う。いつもいつも、ひどいことを言われたって、ばかばかしいことに付き合わされたって、山田を見るだけで空腹になったんだ。山田の完成された肉体と、未成熟のまま生き続けて行く感性。この前山田も知っている、大学の同級のあきちゃんと遊んだら、あきちゃんたら「山田は一生そんなふうに生きていくんだろう」って、呪いの言葉を吐いていた。うん、そうだな。たぶんきみは変わらない。わたしとどうなったって、変わらない。わたしが変わらずにメンヘラなようにね(たぶん山田と付き合っても不安で不安で仕方がないと思うのだ)。他人の核になるまぁるいものは、たぶんもう生まれた時から決まっていて、もうそれはあたしにはどうにもできないものなのだ。
古橋ちゃん、今、適当に生きているよ。適当に仕事して定時退勤に命をかけながら生きている。職場の先輩と話せた日には飛び上がってスキップして帰るくらい嬉しい。先輩のちんぽ気になる? やってないからまだわかんないよ。ねー、山田はどんなふうに生きているの。好きでもない女とやりまくって生きているの。
山田、いつもわたしに「好きって何?」って聞いたじゃん。その時わたし、面倒くさくなって「こいつはほんとーにバカだな」と思ったけれど、だったらわたしのこと好きにならせようと思ったの。しばらく経ったころ、「おれのこと好きな女いないかな」って聞いたじゃん。「本当に自分を好いてくれている人は近くにいる物なんじゃないの」って、返したじゃん。好きだったの。近くにいたのよ。ちんこがでかいからじゃないよ、あなたが好きだから一緒にいたんだよ。あとやまだちんこ、そもそもデカくないんだよ。でももう仕方ないよね。山田、いくら言ってもわかってくれないんだもん。変わんないもん。どんだけ伝えても、ちんこでしか考えられないんだもん。本当は、そうじゃない? もっともっと深く考えている? でももうそこまで思いを馳せられるほど、あたし、山田のことさあ。
いま、気になっている職場の先輩といると、お腹がいっぱいになるんだ。後ろを振り返れば、先輩が見守ってくれていて、安心して進むことができる。わたしももうそういう恋愛がしたいよ。わたしずっと子供だから、大人の対応できないってわかっちゃって。背伸びしていたんだ。もう山田の背中を小走りで追いかけていくこと(それは山田にとっては、わたしが見守っていることだった?)はできないから、わたしはこのへんで山田とは同じ電車には乗らないことにしたんだ。
しあわせになろうね。山田。お互いがお互いの場所で。
わたし山田のこと、好きだったよ、でももうどうでもいいからさ、わたしが山田にぞっこんだったこと、地元の友達に伝えていいよ。わたしがどんな体位で喜んで、どんなふうにマゾヒスティックだったか、大学の友達に暴露したらいいよ。
わたし、今、忘れて、しあわせ。
いつか山田も、好きな人ができればいいね。この言葉は、山田がわたしにかけた言葉。そのまま返すからね。
だいっきらい。
おわり