魚ビギナーの話。
魚料理が苦手だった。
今は平気だが、というか今はむしろ料理としては好きな部類に入るが、幼少期は本当に食べられなかった。
秋刀魚や鰯の焼いたものは実家で食べていた記憶があるが、生魚は特にダメだった。
高校生くらいになってもダメで、やっと大学に上がってから寿司が食べられるようになった。友達とご飯を食べる際の選択肢に回転寿司が入ってくるようになった。と言っても、当時はまだマグロとかそういう王道のネタしか受け付けなかった。
社会人になって、勤め先の社長の付き添いで営業に行った帰り、ランチを一緒に取ることになった。その時に「俺と同じメニューでいいよな?」と訊かれ、断りきれず仕方なくそこで初めて海鮮丼を食べることになった。
だが、食べてみたら美味しかった。そこで青魚とか光り物なんかも食べられるようになった。こんなに美味しいのかと思った。恐らく今まで私が食べられなかった理由は、本当に美味しい生魚を食べる機会に恵まれていなかったからで、結局は食わず嫌いだったということなのかもしれない。
そこからは、刺身とかにも挑戦するようになって、一通りの海鮮物を食べることができるようになった。
とは言え、である。
私の人生からすれば、生魚デビューが遅いこともあって、いまだに魚ビギナーの気分から抜け出すことができないでいる。言わば、初心者だ。
話は変わるが、出勤している日は、私はほぼ毎日同じようなお昼ご飯を食べると決めている。
具体的には、立ち食いそば、か、ファストフードだ。一週間毎日そのどちらかを食べ、選ぶメニューも大体同じだ。考える必要が無いのでラクなのが良い。
ただ、あまりにも同じようなものを毎日食べているのもマンネリ化してしまうので、一週間に一日だけ、普段と全く違うものを食べると決めている。店も、普段行かないようなところを冒険する。
今日がその日だった。人が混み合うのを避けるべく、少しお昼の時間をズラして、とある雑居ビルに入る。ここはほぼ全て居酒屋だが、ランチメニューもやっており、選ぶ店のバリエーションも豊富だ。
私はそこで、海鮮料理屋さんに目をつけた。「今日はここにするか」と思ったが、焼き魚定食や煮魚定食は本日売り切れ。遅い時間帯のランチが裏目に出た。あるのは、日替わり定食か、おまかせ海鮮丼。
どうする…?
ここで私の臆病心がムクリと顔を出した。
「日替わりって、どんなのが出てくるんだろう。海鮮丼も、写真のメニューが無い。一体どんな魚が乗ってくるのか分からない…」
楽しいはずのランチが一気に不安な気持ちに襲われる。魚料理は大体食べられるようになったとは言え、やはり私の心は魚ビギナー。
チキンな私は内心で勝負に負け、結局、そのお店の向かいにあった、無難な大衆居酒屋さんに入った。そこで、豚肉の生姜焼き定食を注文した。
料理が提供されるまでの間、考えた。
なぜその海鮮料理屋さんに入れなかったのだろう。それはきっと怖かったからだ。不安だった。どんな魚を食べることになるのかが。出されたものは出来れば食べ切りたい。その時結構お腹ペコペコだったし。
でも、魚ビギナーの私にとって攻略できない魚が出されたら・・。また、見たこともない魚を食べることになって、私の身体は拒絶反応を起こしたりしないだろうか・・。そう思うと勇気は出なかった。
その点、生姜焼きは裏切らない。唐揚げ定食や、ミックスフライ定食も。それらを私は幾度となく食べてきた。言わば経験値はかなりのものがあるはずだ。
だから、万が一にでも「ちょっとこれは」と思うような微妙な味のものであっても、生姜焼きならば、余裕で食べ切る自信がある。
ちなみに、その時食べた生姜焼きは美味しかった。ただ、美味しいながらも何かが足りない。そんな気がした。
もしかしたらその時の私に最も欠けていたのは、未知の世界に飛び込む、そのチャレンジングな精神ではないか。そして、そのチャンスを自ら放棄した後ろめたさ。それに苛まれたことで、全力でその時のランチを楽しめなかったのかもしれない。
一体いつになったら魚ビギナーから脱することができるのだろう。来週リベンジしよう。挑戦の日々。つづく。