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無常観のおかげでまた一歩前に歩き出せる話。

しばらく note の記事を書く時間が取れなくて、いえ、実際には時間が無いわけではないんですけど、どうにも日常に忙殺されてしまって、書けずにいました。

このままだと読む専用アカウントになってしまいそうなので、少し心に引っ掛かった思考を吐き出しておくことにします。


以前、「あー楽しいなぁ」と思うような仕事をしていたと記事に書いたのですが、その仕事が終盤に差し掛かってきました。

終わりが見えてくるにつれて、まぁ面倒なことが山積みに増えていきます。やれ、昔のデータを整備しないといけないよね、やれ、ここの部分おかしくないか、やれ、この辺りは誰かに見てもらわないと、等など。

一人で黙々と手を動かす作業が大好きな私ですが、その工程はとうの昔に過ぎ去ってしまい、残っているのは、基本的には人間と人間の調整ごとの作業くらいになってしまいました。

「楽しい」と思っていた仕事は、いつのまにか「嫌だな」と思う仕事に変わっていました。

嫌な仕事、と言ってしまうとどうにも幼稚ですけど、嫌なんですよね。できれば、人と関わりたくない。けれどそういうわけにもいかない。はぁ、仕方ないけど、やるかぁ、といったところで思考が働きました。

こういった仕事に取り組むモチベーションを
どのようにして保つか?


「仕事って何だろう」なんて考えだすと夜も眠れないくらい(嘘ですごめんなさい最近は最低でも6時間は寝てます)思考は働くのですが、一旦、最近の私はこれを「家族を養っていきつつ、自分がそれほど苦じゃなく感じるもので役立てるようなことをして、お金を貰うこと」と位置付けています。「仕事」というより「働くこと」ですかね。

で、「働くこと」を日々しているわけですけど、平々凡々なサラリーマンの私には、やはり、やる気の出ない瞬間はめちゃくちゃたくさん訪れるわけです。

そうなると、やるべきことというのは「それでも働く」か「働くのをやめる」の二択になるのかなと思います。不労所得などお持ちであれば後者でも構わないでしょうが、私なんかの一般市民は前者を選ぶしかないわけです。住宅ローンの返済もまだ残り何十年とありますから・・。

では「(嫌なことはあるけど)それでも働く」という選択肢を選んだ場合に、その出来事に対してどのような姿勢で臨めばいいのでしょう。

まず、「ポジティブ」に捉える。こうすることで、「たとえ『嫌だな』と思うことでも、自己成長したりそこから学びを得て、事態は好転するかも」と考えるアプローチ方法はあると思います。前向きです。これができたら一番良いですよね。

しかし、なかなかそれが出来ない。少なくとも私は「ああ、ダルいな・・やる気出ないわ・・」ってなってしまいます。志の低い人間なので。

では、そんなときにはどうするか。
「敢えてもう頑張らない」です。もう諦めちゃう。

方法は色々ありますが、自分という存在を、会社や仕事そのものからいったん切り離します。

私がよく実践するのは「誰のための仕事か」と問うことです。ここでいう「仕事」は、その行為によってもたらされる利益そのものの話です。対価としての給料とかではなくて、その仕事によって生まれる状況の話。

一見これは「目の前のお客様のため」だとか「社会に貢献するため」だとか、高尚な目的に捉えられがちですけど、申し訳ないですが、私はそうは思いません。

私がやる仕事で「誰」が喜ぶか。私はシステム開発の業務に従事しているので、ざっくりと「システムを作ること」や「社内の情報機器やツールの導入やメンテナンス」をするのが仕事なわけです。その結果としては、お客さんとかチームのメンバーとか、たしかに業務のつながりで「役に立つ」ことはあると思います。

けれど、それは当然として、結局は、社内のどのような仕事も、大体は会社が儲かるための手段なわけです。営利企業なので。

で、その売り上げが上がったことで、
結果的にホクホクするのは、誰か。

ズバリ経営陣です。株主という意見もあるでしょうが、勤務先の会社は非上場企業ですので。

会社が儲かれば儲かるほど、社内のトップの人たちの懐が温かくなります。私が「嫌な仕事を無理して頑張る」のは、彼らが潤うため、というわけです。

そう考えると私は、途端に肩の力が抜けます。
結局、偉い人たちが喜ぶだけかあ、と。

愛社精神や帰属意識が地に落ちていて申し訳ないですが、がんばったらがんばった分だけ給料が上がる歩合の契約ではないですし、もちろんスキルや経験的には良いことなのでしょうけれど、「そこまで頑張らなくてもいいのでは?」という思いが出てきてしまうのです。

そういうわけで「敢えて頑張らない」です。

なお、これは、私自身が別に出世コースに乗っているわけでもなく、大したスキルもない平平凡凡のサラリーマンだから為せるワザであると思います。なので、万人にオススメはできません。間違っても、フレッシュな新人や前途有望な若手には教えられない危険なワザなのです・・。

この世は無常。

フォローするわけではありませんが、当然(少なくとも弊社の)経営陣は、貰うべくして貰っているだけの責任があります。それ自体にトヤカク言うつもりは無いです。私はその責任を、負いたくても負えませんから。

だからこそ、このビジネスの戦場を生き抜くために、リスクを負って経営判断をし、我々のようなコマを動かすわけです。

無常、だからこそ、戦わなければならない。一寸先は闇なわけです。会社のお偉い方もそうですが、社会的立場のある人は、巻き込む影響度の大きさゆえ高い給料を貰う資格があると言えます。

その反面、私は、勤め人です。
気楽な稼業でしょう。

ですが、会社を移っても働き続けなければなりません。どうなるか分からない、無理して頑張って自分を潰すことは無い、そのような意識の低いスタンスで働いていくのです。

守るべきは何か。

それは、仕事人としての矜持でもプロとしてのプライドでもないです。

自分です、家族です。この先どうなるか分からないからこそ、大事なものとそこまで大事でもないものをよくよく見分けていかねばと思います。会社のために自分を殺してはいけないわけです。

これが私の「無常観」であり、嫌な仕事であってもまた一歩前に進むための原動力の一つとなるものなのです。おわり。

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