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ふたりぼっち|脚本

あなたは、あなたがおもってるより弱くないわ
               FFⅣより アンナのセリフ

あらすじ

登山中に雪崩事故に遭った西村のぼる。一命をとりとめるもあたりは猛吹雪。絶体絶命の状況下、意識の中に犬養小次郎なる男が現れて…

人物

西村のぼる(30)

脚本

※この話は独り芝居です。ストーリーの性質上、主人公が二つのセリフを同時に発することがあります。その場合は録音したセリフを実際の声に被せることとします。

○冬山

荒ぶる天気。風が強い。
西村のぼる(30)、スニーカーにジーンズという超軽装で一心不乱に登っている。
突然、背後からすごい音。
のぼる、振り向くと巨大な雪の塊が迫ってくる。
雪崩だ!

のぼる「…」

のぼる、一歩も動けない。

○タイトル ふたりぼっち

○冬山

辺り一面真っ白。

のぼるM(モノローグ)「…俺、生きてるのか?」
のぼるM「どうやら生きてるらしい」
のぼるM「ここはどこなんだ…」
のぼるM「雪ん中に埋もれちまってるようだ」
のぼるM「雪の中か。出られるかな」
のぼるM「どうかな。深くなきゃいいが」
のぼるM「…え?」
のぼるM「…あ?」

地面を覆った雪がぼこっと浮かぶ。
雪の下から手が出てくる。
雪が払いのけられるとのぼるが地面から頭を出す。
のぼる、雪から這い出る。
のぼる、呆然と辺りを見やる。

のぼる「…助かったのか」
のぼる「ああ。助かった」
のぼる「(驚く)…何だ?! さっきから何なんだ?!」

のぼる、パニックになる。

のぼる「何だ?! 自分と会話してるぞ?! 頭がおかしくなったみたいだ!」
のぼる「俺も驚いてるところだ」
のぼる「(パニック)まただ!」
のぼる「確かに妙だ。まるで俺の中にもう一人の人間が入り込んじまったようだ」
のぼる「あー。やっぱり頭がおかしくなってしまったんだ!」
のぼる「いや、俺は正気だ」
のぼる「黙れ!」

のぼる、深呼吸する。

のぼる「落ち着け。そうだ、俺の名前はなんだ、俺の名前は…」
のぼる「西村のぼる!」
(同時に)「犬養小次郎!」

のぼる、舌がもつれる。

のぼる「(叫ぶ)誰だ!」
のぼる「犬養小次郎だ」
のぼる「違う。俺は西村のぼるだ。どういうことなんだ?!」
のぼる「まあ待て。この非常時だ。冷静になって状況を整理しよう」

のぼる、混乱して頭を抱える。

のぼる「俺は山頂を目指してひとり山を登っていた。その時突然雪崩に襲われた」
のぼる「(ぼそっと)そうさ。それで気がつけばこうして頭が変になった」
のぼる「俺が話してる」
のぼる「違いない」
のぼる「…待てよ。お前も雪崩に巻き込まれたのか?」
のぼる「(聞いてない)…何てことだ…頭がおかしくなるってのはこんな風だったのか…」
(被せて)「すると俺たちは二人とも雪崩に飲まれたんだ。そして目が覚めると俺の体の中に西村のぼるという意識が紛れ込んだ」
のぼる「(我に返る)…違う。これは俺の体だ」

のぼる、自分の全身を見る。

のぼる「(驚く)ジーパンにスニーカーだと?!」
のぼる「…ほら。やっぱり俺じゃないか」
のぼる「どおりでさっきから凍えるわけだ。お前、山をナメてんのか」
のぼる「…」
のぼる「しかし妙なことになった。おそらく雪崩が原因で俺の意識がお前の体の中に入り込んじまったらしい」
のぼる「それを信じろってのか?」
のぼる「落ち着け。それよりもっと大きな問題がある。どうやって生還するかだ。今はパニックになってる時じゃない」

のぼる、その場から歩き出す。

のぼる「体が勝手に動き出したぞ!」
のぼる「当たり前だ。俺がそうしてる」
のぼる「あんた、どこへいく?! 勝手に俺の体を動かすな!」
のぼる「俺は今から自分の体を探しにいく。付き合ってもらうぜ」
のぼる「…」

のぼるの動きが急にとまる。
のぼる、足を上げて一歩を踏み出そうとするが、抵抗にあったようにぷるぷる震えたまま一歩も動けずにいる。

のぼる「何のマネだ?」
のぼる「俺の体だ。あんたのじゃない。俺はここで救助を待つ」
のぼる「何いってるんだ。そんなことしてたら俺の体が凍っちまうぞ」
のぼる「体を探してどうする?」
のぼる「自分の大事な体だ。見捨てられるはずがない」
のぼる「どうせ見つかりっこない」

のぼる、また足を上げて踏み出そうとするが、やっぱりダメ。

のぼる「よし。わかった。この吹雪だ。一刻の猶予も許さない。どうするかをジャンケンで決めよう」
のぼる「俺はやらない」
のぼる「(有無をいわせず)俺が右手を操る。お前は左手だ」
のぼる「俺はやらないぞ」

のぼる、両手を前に出して一人ジャンケンの格好をする。

のぼる「最初はグー。ジャンケン…」
(同時に)「勝手にはじめるな!」

のぼる、両手がぷるぷる震える。
両手ともグーともチョキともパーともつかない形になっている。

のぼる「右手を操作するな!」
のぼる「あんただって左手を動かしてるだろう!」

どうにも決着がつかない。

のぼる「だっああああ!」

のぼる、座り込む。

のぼる「これじゃ埒があかねえ。わかってるのか。雪山は体力勝負なんだ。こんなことに体力を消耗してる場合じゃない」
のぼる「…なら勝手にしゃべるな」
のぼる「あ?」
のぼる「あんたの体じゃない。俺の体だ。次からは勝手にしゃべったり動いたりするな」
のぼる「…嫌だね」
のぼる「…」

のぼる、隙をついて勢いよく立ち上がろうとするが、激しい抵抗にあって転んでしまう。

のぼる「そうか。テコでも動かない気か。いっとくがここで待ちぼうけしたって死ぬだけだぞ。ちんたらやってねえで素直に俺のいう通りに…」

のぼる、口をふさぐ。

のぼる「(もごもご)」

のぼるM「俺のいう通りにしたほうがいい。お前が俺に従うまでこうして心の中でしゃべり続けるぞ」
のぼる「…」

のぼる、諦めて口から手を離す。

のぼる「それでいい。さあ立つんだ。体力があるうちにとっとと出発しねえと死んじまうからな」
(被せて)「(大声で)♪アルプス一万尺、小槍の上で、アルペン踊りをさあ踊りましょ」

     ×    ×    ×

のぼる「(震える声で)♪アルプス一万尺、小槍の上で、アルペン踊りをさあ踊りましょ…」

のぼる、寒さで震えている。

のぼる「♪らーらららららららん、らーらららららん…」
(被せて)「おい。いつまでこんなことを続けるんだ」
のぼる「…勝手にしゃべるな。口がつる」
のぼる「そうかい。このままずっと誰かに助けてもらうのを待ったままおっ死ぬってわけか」
のぼる「…」
のぼる「こんなカッコじゃもって後数時間だな」
のぼる「…」
のぼる「夜になりゃ間違いなく凍死だ」
のぼる「…それならそれで別にいい」
のぼる「あ?」
のぼる「(何となく気まずい)」
のぼる「(ぎろりと)どういうことだ?」
のぼる「この格好を見てわからないか? 山をナメてるわけじゃない。もともとそういうつもりでここにきた。(口ごもって)つまり、そういうことだ」
のぼる「…わけをきこうか」
のぼる「わけなんかない」
のぼる「お前は理由もなく自分の命を投げ出すのか」
のぼる「人の勝手だろ」
のぼる「こっちは巻き込まれる身だ。どういうことか説明してくれ」
のぼる「(むっと)理由なんかない。全部だよ。自分の人生の何もかもが全部嫌になったんだ!」

のぼる、隙をついて勢いよく立ち上がろうとするが、激しい抵抗にあって転んでしまう。

のぼる「…こっちはあんたが話せといったから話してるんだ」
のぼる「話したきゃ話せばいい」

のぼる、天を仰いで目をつぶる。

のぼる「振り返るだけで惨めだ。友達も恋人もいない。家とバイト先を行き来することだけが人生のすべて。思い出なんか何一つない。自分に自信がないからいつも逃げ隠れしてばかり。失敗するのが怖くて自分から行動を起こせない。意味のない空しい毎日をダラダラと過ごすことしかできない。そして気がつけば30過ぎだ。俺の人生はこの景色のように真っ白だ。生きてたってこの先何も描かれることのない絵日記が死ぬまで続いていくだけ。だから俺はいっそ…いっそのこと…」

のぼる、ギュッと唇を噛む。

のぼる「(蔑んで)要するにウジ虫ってわけだ」
のぼる「…何とでもいえよ」
のぼる「よく聞け。過去は重要じゃない。今をどう生きるかが人生だ。この状況をどう打開するかだ」
のぼる「…俺はここから動く気はない」
のぼる「そうか。だったらお前の体を俺によこせ」
のぼる「…?」
のぼる「お前が捨てたがってる命をもらって俺は生きることにするよ」
のぼる「…」
のぼる「こんなとこでくたばるわけにはいかないんだ」

のぼる、今度は抵抗なくすんなりと立ち上がる。

のぼる「交渉成立だな」

のぼる、近くの木から枝をむしり取る。
それをピッケル代わりにして歩いてみる。

のぼる「よし」

のぼる、枝で前方を差す。

のぼる「見ろ。生き延びるための道が広がってる」
のぼる「…」

     ×    ×    ×

激しい吹雪。
のぼる、沢付近を必死に歩いている。

と、のぼる、立ち止まる。
目の前に細く長い一本の丸木橋。
橋の下は川だ。

のぼる「この寒さだ。一歩でも踏み外しちまったら水に濡れてゲームオーバーだ」
のぼる「(怖じ気づく)」
のぼる「(にやりと笑う)お前の心臓の音が耳もとまで聞こえてくるぜ」

のぼる、ゆっくりと橋を渡り始める。
のぼる、何とか真ん中までくる。
のぼる、耐えきれなくなって目をつぶる。

のぼる「バカ! 目をつぶるな!」

のぼる、バランスを崩す。
が、間一髪で何とかバランスを保つ。
そのまま一気に橋を渡りきる。

のぼる「(興奮する)見たか。人間やれないことはないんだ。こんなヤワな体でもな」
のぼる「…」

のぼる、沢を抜ける。
のぼる、山道を登り始める。

のぼる「…なぜ上にいく?」
のぼる「どうした。俺に体をくれたんじゃなかったのか?」
のぼる「…聞いただけだ」
のぼる「危険な沢を下るよりも山道を登ったほうが助かる可能性がある」
のぼる「…」
のぼる「俺は避難小屋を目指す。運が良けりゃ救助を待つ人間がいるかもしれない」
のぼる「位置がわかるのか?」
のぼる「俺はこの山には昔から何度も登ってるんだ。必ずたどり着く」

    ×     ×     ×

のぼる、枝を突き立てながら足場の悪い斜面を慎重に登っている。

と、枝が折れる。
のぼる、凍った雪に足をとられる。

のぼる「(絶叫)ッ!」

のぼる、転倒する。
あっという間に崖ぎわまで滑っていく。
のぼる、必死に岩にしがみつく。
勢いはとまったものの、右手一つで崖にぶらさがった格好となる。

のぼる「(崖下を見て、息を呑む)」
のぼる「…手に力が入ってるぞ」
のぼる「…」
のぼる「なぜ手を離さない。そうすればお前の望む通りの結末になる」
のぼる「…」

のぼる、岩を強く握りしめたまま決して離さない。

のぼる「よし。お前は右手だけに集中しろ。絶対に離すんじゃないぞ」

のぼる、左手と両足を使ってゆっくりと崖をよじ登っていく。
のぼる、何とか登り切る。
のぼる、安全な場所までいくと、へなへなと座り込む。

のぼる「危ねえとこだった」
のぼる「…」

のぼる、先ほどの斜面を見上げる。

のぼる「こりゃ力を合わせない限り登るのはムリだな」
のぼる「…」

のぼる、立ち上がる。
のぼる、木から丈夫そうな枝をむしり取る。

のぼる「それでどうするんだ」
のぼる「…」
のぼる「黙ってないで何とかいったらどうだ」
のぼる「…」
のぼる「お前だってほんとは生きたいはずだ。あ? どうなんだ?」
のぼる「…」
のぼる「自分にウソをつくのはよせ。俺はお前の中に鼓動を感じる。生きたいという衝動を感じる」
のぼる「…」
のぼる「お前は思っている。自分の真っ白な人生を色鮮やかに染めたい。真っ白な日記帳にギラついた絵や文字を書き殴りたい。お前はそう思ってるんだ」
のぼる「…勝手にしゃべるな」
のぼる「このままでは終われないと思ってる。自分がどこまでやれるかを試してみたいと思ってる。お前は自分がウジ虫じゃないことを証明したいと思ってるんだ!」
のぼる「(叫ぶ)勝手にしゃべるなっていってるだろッ!」
のぼる「…」
のぼる「しょうがないだろ! ウジ虫みたいな人生なんだから」
のぼる「…」
のぼる「…ウジ虫みたいな人生なんだよ」
のぼる「けっ。それでこんな格好で山登りか」
のぼる「…」
のぼる「死ぬ気ってのはそんな風にして使うもんじゃない」
のぼる「…」
のぼる「一度くらい生きることに挑戦してみたらどうだ?」
のぼる「…」

     ×    ×    ×

のぼる、斜面を見上げている。
のぼる、決意に満ちた顔。

のぼる「いいな。俺は上半身だ。お前は下半身に全神経を集中させろ」
のぼる「(頷く)」

のぼる、キツい斜面を登っていく。

のぼる「気合いを入れろ! 滑ったら落っこちるぞ!」

のぼる、一歩また一歩足を進めていく。

と、のぼる、片足を取られてバランスを崩し、転倒する。
のぼる、とっさに枝を地面に突き刺す。
のぼる、立ち上がる。

のぼる「焦るな。ゆっくりでいい」

     ×    ×    ×

のぼる、キツい斜面を登り切る。
前方に緩やかな斜面が続いている。

のぼる「難所は越えた。あとは体力との勝負だな」

のぼる、ひたすら前へ進む。

のぼる「(ぽつりと)…あんた、もし生きて帰れたら何をする?」
のぼる「そんなのは決まってる」
のぼる「…?」
のぼる「女を抱く」
のぼる「(笑う)」
のぼる「それから気の合う仲間と思い切り飲んで、大きな仕事をして、貯めた金で好物のラーメンを食べ歩く」
のぼる「ラーメン?」
のぼる「ああ。うまい店を求めて全国を巡る旅をするんだ」
のぼる「ラーメンなら俺も大好物だ」
のぼる「食べ歩きを?」
のぼる「…いいや」
のぼる「一度きりの人生だ。やらなきゃ損だ」
のぼる「…」

     ×     ×     ×

辺りが暗い。すでに夜だ。
のぼる、ふらふらと歩いている。
今にも倒れそうだ。

のぼる「寝るな! 一人でも寝ちまうと体が動かなくなるぞ!」
のぼる「…」
のぼる「おい!」
のぼる「(か細い声で)♪アルプス一万尺…小槍の上で…あるぺん踊りをさあ踊りましょ…」
のぼる「(微笑む)」
のぼる「(か細い声で)♪らーらららららららん…」
(一緒に歌う)「♪らーらららららららん、
らーらららららん…」

のぼるの歌声が夜の空に響く。

     ×     ×     ×

のぼる、一歩進んでは立ち止まりを繰り返している。

のぼる、一歩進んで立ち止まる。
が、今度は地面に膝をついたまま動かない。のぼる、もう声を出す気力さえない。
のぼる、やがて無言のまま立ち上がると、前だけを見て、一歩、また一歩と進んでいく。

その時だ。
ほのかな光がのぼるの視界に入る。
のぼる、はっとする。
のぼる、目を凝らすと光の先に避難小屋があるのが見える。

のぼる「(震え声)小屋だ…小屋に明かりがついてる…!」

のぼる、急いで進もうとするが倒れてしまう。体がいうことをきかない。

のぼる「…二人で力を込めて立つんだ」
のぼる「…動けない」
のぼる「お前ならできる。いくぞ。せーの」
のぼる「うぉーーー!!!」

のぼる、立ち上がる。
そして最後の力を振り絞って歩く。
ゆっくりとしかし確実に小屋に向かって進んでいく。

のぼる、ついに小屋の前に着く。

のぼる「(震え声)着いた…着いたぞ…」
のぼる「(優しく)それでいい。死ぬ気になりゃ何だってできる」

のぼる、小屋へ入っていく。
すぐさま部屋の中で床にぶっ倒れる音がする。
「大丈夫か」などの人々の声が雪山に響きわたる。

のぼるM「助かった…」
のぼるM「…」
のぼるM「俺たちは助かった…」
のぼるM「…」
のぼるM「…?」
のぼるM「…」
のぼるM「おい…どうした…おいッ…」

○病院・病室

テレビから雪崩事故のニュースが流れている。

のぼる、ベッドに腰をかけて電話している。
体のあちこちに包帯が巻かれている。

臨床心理士の声「君の話は興味深く聞かせてもらった。しかし今回起きた事故の犠牲者の中に犬養小次郎という人間はいない」
のぼる「でも僕は…」
臨床心理士の声「サードマン現象をご存知で?」
のぼる「…サードマン現象?」
臨床心理士の声「人は死に直面した極限状態におかれると存在しない想像上の人物を作り出し、その人物の導きによって生還を果たすケースがある。これをサードマン現象と呼び、いくつもの事例が実際に報告されている。一般的に他者の姿として現れるサードマンがあなたの場合は自分の中に現れた」
のぼる「…」

のぼる、窓辺へ立つ。
のぼる、外の景色を見る。

のぼるM「あの男は確かにいたんだ」

遠くに大きな山が見える。

のぼる「死ぬ気になりゃ何でもできる…か」

のぼる、ふっと笑う。

                おしまい

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