こちらは泣けない/『泣き虫しょったんの奇跡』感想
タレントを数多く揃えたサッカーのスペイン代表やブラジル代表が必ずしもW杯で優勝するとは限らない。必ずしも魅力的なサッカーをするとは限らない。
監督の手腕と戦術。適材適所のフォーメーション。確かな連携と惜しみない運動量があって初めて結果も内容も伴うサッカーになる。
タレントは揃うのになぜか勝てないスペイン代表。強いけど魅力的なサッカーではないブラジル代表。
この映画を見たとき、そんな印象を持った。
映画『泣き虫しょったんの奇跡』感想。
松田龍平演じる主人公「しょったん」こと瀬川晶司が、あらゆる出会いと挫折を経てプロの棋士を目指すストーリーだ。
プロの棋士になるには2つの大きな壁が立ちはだかる。
ひとつはプロ棋士の登竜門であり、養成機関でもある「奨励会」に入会すること。
この入会のためにはプロ棋士の弟子となり、試験に合格しなければならない。
ふたつめの壁は奨励会に入ってから立ちはだかる。
「26歳までに四段に昇格できなければ退会」という鉄の規定だ。
この壁がとにかく高い。
四段に昇段するには相当の勝ち星を重ねなければならない。基本的に奨励会に入った棋士たちは将棋にすべてを捧げている。
もし26歳までに四段になれず、プロになれなければそれまで将棋に費やした時間は丸ごと無駄になるといっても過言ではない。地元では神童と呼ばれた指し手の大半がこの高き壁の前に涙を呑む。
弁護士になりたい、東大に受かりたい、そのため何度も何度も浪人をし、勉強に費やしてきた果てに「もう試験自体受けられません。さようなら」と突き付けられるようなイメージだろうか。
しかし、棋士の場合は社会的な保証はそれ以上に与えられないだろう。
そのため奨励会でぎりぎりの戦いを強いられている棋士たちのプレッシャーは凄まじく、死に物狂いだ。退会となる26歳が近付くことは死刑執行日を待つようなもの。皆、当然余裕などない。語気を荒げる者、号泣する者、鼻血を出したり嘔吐したりする者、そこはまさに戦場に他ならない。
主人公のしょったんも、その計り知れないプレッシャーに負け、退会を余儀なくされてしまう。大きな挫折と絶望に打ちひしがれ、プロの道を一度は諦める。
しかし、将棋を愛する気持ちや多くの人に支えられ、再びプロを目指すべく立ち上がる。将棋界の絶対的な掟を覆し、前代未聞のアマからプロへの編入はいかにして実現するのか。そのとき彼は何を背負い、仲間たちはどう支えるのかが本作の見どころだ。
奨励会のことや棋士たちの想いについて、ちょっとばかり予備知識があったのは、以前に『聖の青春』という作品を映画、小説ともにチェックしたばかりだったからだ。
こちらも実話で、夭折した一人の天才棋士の生き様を描いており、特に小説版は素晴らしいので強くオススメしたい。
期待は上回らなかった
この映画に関しては、期待を上回るほどではなかった、というのが正直な感想だ。
それなりの満足感はあるのに、今ひとつ歯応えがない。良かったけど、人に強く薦められるかといえば微妙だ。
将棋の世界に関心があるとかキャストに思い入れがあるでもない、ただ誘われて観に行った程度の人なんかには刺さらないと思う。若いカップルがふらっと観に行ったとしたら、どちらかは寝ちゃうんじゃないかな。
実際、僕も中盤で少し眠くなる場面があった。
テンポが遅いのである。
松田龍平が出てくるまでの少年期パートも思った以上に長い。奨励会脱退までは特にドラマ性もないため、退屈なのだ。その淡々とした日々が戦場としてはリアルなのかもしれないが、映画的にはしんどかった。しょったんが脱退をして絶望する際の演出もひどく安っぽかった。そのまんまじゃねーかという。彼の個性や魅力も最後までしっかりとは伝わってこなかった。
良かった点。
将棋の世界のことは勉強になる。大筋でしかないとはいえ、プロになるのがいかに大変で、どんな道のりなのかが把握できる。プロとアマの関係性や、棋士たちの生活感なども感じとれる。駒を指すときの音も小気味よい。
また、しょったんを支え、応援してくれる人たちの存在があたたかい。どこまで本当なのかは原作を読んでいないので分からないが、終盤での「元気玉的な展開」はベタなのにやっぱり壮快だった。予想通りとはいえ、キャストがいいだけに映える。
そう、この映画はキャストがとにかく豪華だ。
逆にいえばこの豪華キャストのラインナップが鑑賞前のハードルを上げてしまったといっても過言ではない。
松田龍平、RADWIMPSの野田洋次郎、妻夫木聡、永山絢斗、早乙女太一、染谷将太、新井浩文、松たか子…
松田龍平と妻夫木聡の並びは邦画ファンとしては壮観だった。どちらも邦画界きっての主演俳優であり、両雄並び立つことは稀だからだ。
永山絢斗、染谷将太、新井浩文は龍平界隈のイメージがあるので安心して観られた。
ちなみに染谷将太は『聖の青春』だとプロになれない棋士を演じて辛酸をなめていたが、この作品で見事リベンジを果たしている。
個人的には野田洋次郎が良かった。
別にかっこよくはないんだけど、普通っぽさや力みのなさがとてもよく、自然だった。案外やるんだなと。しょったんに投げかける台詞もいいものが多かったしね。
しょったんの親友役を演じた野田洋次郎
松たか子は冒頭で教師役として登場。悪魔のような表情で「ドッカーン」とか言いださないかハラハラしたが、そんなことはなかった。松田龍平とはドラマ『カルテット』以来だろうか。
今をときめく若手女優、上白石萌音と石橋静可も出演時間は短いものの、見せ場はあった。奨励会の仲間の一人を演じた駒木根隆介も舞台で何度か観ていて好きな役者さんだ。一瞬だけ見せた敵意に満ちた表情はさすがの迫力。
あとは渋川清彦、渡辺哲、國村隼、小林薫、イッセー尾形らの抜群の安定感。半紙をおさえる文鎮のごとく、いい重しとなっている。とりわけイッセー尾形の渋さには魅入った。
さらに某有名俳優もカメオ出演しており、事前の情報もなかったので驚いた。彼もまた主演俳優タイプなので、松田龍平とのツーショットは新鮮だった。
松田龍平は良くも悪くも…
その松田龍平は良くも悪くも松田龍平だった。
「松田龍平たる雰囲気」が、良い方向に作用もすれば、味気ないだけに映る場面もあった。
内に秘めた熱さを表現する天才だと思うのだが、実力通りのものが出ていたかというと、この映画ではそうではなかったのかなという印象である。それが完璧にハマっていたのが『舟を編む』での役だった。
というわけで冒頭にてサッカーで例えた通り、豪華なキャストを揃えたわりには少し魅力の乏しい作品だった。松たか子あたりは無駄遣いなんじゃないかとも思った。こんな贅沢にしなくていいよ。題材も題材なだけに、もっとメリハリのある味付けで良かったな。
しょったんも言うほど泣き虫じゃなかったし、観る側にとっても特別泣ける話でないことも付け加えておきたい。