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ひとまず、断捨離終了した話。

この年末年始は、華やいだ気分になれないまま、静かに断捨離しておりました。

何となく、掃除をしても、片付けをしても、また散らかったりするので、「これは、物を減らすほかないなぁ」と、思ったのですね。

昨年、断捨離のことも書いたんですが、やはり、気が付くと物が増えてるんですよね。

私の持ち物で多いのは、どうしても本です。以前、かなり処分したものの、そのあと、また買いましたからね。減らしたのだから、増やさない工夫をしなければならないのでしょう。多くの方は、図書館使われてますよね。

でも私は、図書館で本を借りることを、学生時代を卒業してから、していません。図書館に入ることはしていますが。今は、感染症対策もあって、気軽には入れなくなりましたけれどねぇ。

私が本を借りないのは、好きになったら、手元に置いておきたくなるから。借りた本は、返さなくちゃならないわけです。返却期限もあるし、うっかり者の私は、それを忘れる危険もかなりあります。

それに、読んでいて、素敵な表現とか言葉に出会った時、傍線を引く癖があるんです。昔、高校時代に出会った、初恋の相手でもある国語の先生から、教わったことです。先生は随分前に他界されましたから、これは、私には先生からの遺産のようなものです。

文学研究者を志しながら、挫折した後遺症で、しばらく文学関係の本が読めず、本から影響を受ける、ということも絶えていたのですが、noteを始めたことから、復活しつつあります。

noteのクリエーターさんたちには、読書家も多いし、また、読み巧者も多いです。加えて、ご自分が感銘を受けた作品の紹介も、本当に素敵です。そうした記事が、私の中の本への愛情を、目覚めさせてしまいました。自分の愛している本について語りたい! という思いまで。

傍線を引きながら読むと、案外内容が頭に残っているものです。手と脳の関係性でしょうかね。

少し寄り道しましたが、そんなわけで、公共の本ではダメな私。気になる本は、どうしたって買うしかない! 

ですが、学生時代と違って、本を読むことにばかり時間はかけられない。インコたちもいるし、家事もあります。眼の不調もあって、根気も続かない。気になっていた本たちは、だんだん積読本に、なっていたりするわけですな。

それで、改めて、本棚を見直しました。また、収まりきらない本を入れてある段ボール箱を開けて、中身を確認してみたのです。

学生時代を思えば、本当に少なくなっています。そのことにわびしさも覚えつつ、「これは、もう読まないわ」と思う本たちを、段ボールに入れてゆきました。

断捨離する気持ちが鈍らないように、買取の割合を上げるキャンペーンをやっている、あるオンライン書店に申し込んであります。荷物を宅配業者さんが取りに来てくれる日までに、荷造りしなきゃいかんわけです。

漫画も、若干好きな作家のものがあるのですが、さらに厳選して、出しました。

この時の私の選別の基準は、「”読みたい”と、最近思ったかどうか。作品のシーンなり文章なりが、頭によみがえってきたかどうか」でした。

私の場合、大好きで手元に置いてあるわけですから、本当に古本が多いのです。30年以上前に買った本など、ざらにあります。なので、売りに出しても、大したお金にならないことは、経験上、よくわかっています。

それでも、廃品回収に出すのは、やはり忍びない。それに、数も多いですから、引き取りに来てくれるなら、それだけでもありがたいわけですね。

相方も、いくらか本を出してきました。彼女の場合は、私のものより、新しい本が多いのですが、彼女は売れ筋を買う人なので、これまたあまりお金にはならない。売れ筋って、本自体も売れるけれど、読んだ人はすぐ飽きるのか、早く売っちゃって、引き取る業者さんの在庫になったりするようです。

本の選別をしているうちに、私はやっと自分の中に残っていた執着、文学研究への執着を手放せた気がしています。今回見直した中には、研究書も結構ありました。論文を書くときに参考にするわけですが、残そうとしたとき、私の中で、声がしました。

「あんた、まだ、研究やるつもりなの?」

はっとしました。もはや、文学への愛想は尽きた、と、言いながら、やはり、心の奥底で未練があったのでしょう。おかげで、ほとんどのものを、手放すことができました。

もし、何かの理由で、研究論文みたいものを書くことになるなら、最新の資料が必要です。そんな日が来るとも思えませんが、とりあえず、リセットしたわけです。

先日、第一陣を送り出しました。もういいかな、と思っていたら、相方がもう少し処分したい本があるというのです。それで、私も、もう一度、見直して、最終便の荷物を作ることにしました。

今回は、CDも出すことにしました。CDは当分、断捨離しないだろう、と、思っていたのですが、ふと、思ったのです。

苦しかった時、私がつらかった時、支えてくれたCDたちを、解放しよう。それは、過去のしがらみとかつらさとか悩みとか苦しみの解放にもなるかもしれない、と。

このCDたちも、相当に古いし、しかも音楽に価値をあまりおいてなかった頃に買いましたから、いわゆる廉価版がほとんどです。それでも、おそらく、手放すことに意味があるんでしょう、きっと。

あとは、古着を来週出します。それで、ひとまず、私の断捨離は、ひと段落、ということになりそうです。衣替えの時に、また、出るかもしれませんけれどね。

かなりすっきりした本棚や、CD置き場を観ながら、なんだか心身も軽くなった気がしています。私には、やっと、2022年のスタート、ということかもしれませんね。

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