わたしの旅行記 ~ 男2人でスピシュ城(スロバキア)
「スピシュ城って知ってます?」
ハンガリーのブタペストの日本人宿のドミトリーで一緒になった森山君(仮名)に聞かれた。
「知らないなー、どこ?」
「スロバキアの城ですよ、有名なんですけどねー。めっちゃ綺麗なんですよ。ラピュタのモデルになった城とも言われているんですよ」
そう言って森山君は携帯で写真を見せてくれた。
草原の中に佇むレトロな城はアニメの世界に出てくるような幻想的な雰囲気を漂わせていた。
「明日行こうと思ってるんですよ、よかったら一緒にどうです?」
森山君も俺もお互い一人旅で、知り合ったのはこの宿のドミトリーでわずか2時間くらい前。
8人くらいの相部屋で他の人は今は部屋におらず、森山君と俺だけだった。
「うーん、どうしよっかなー。そんなに凄いの?その城」
「ほんとすごいですよ、いやほんとにブタペストまできてスピシュ城いかないなんてありえないですよ。絶対行った方がいいですって」
「そうなんだー、全くノーマークだったわ」
ノーマークも何もどこに行くかは前日に決めるスタンスの適当な旅なので当然スピシュ城なんて城は全く聞いたこともなかった。
「行って後悔はしないと思いますよ、むしろ感動するはずです」
熱いプレゼンを受けて、正直初めは全く行く気がしていなかったけど、徐々に行ってもいいかなという気持ちが芽生えてくる。
明日はブタペストの街を散策しようかなと思っていて、絶対にここに行きたい!という場所もなかったし、旅の中でのお誘いは基本的に乗っかった方がおもしろいというのが経験則としてあったので行ってみることにした。
「じゃあ乗っからさせてもらいます」
「朝、めっちゃ早いけど大丈夫です?」
「いいよ、朝強いし」
翌朝、まだうっすら暗がりの中、森山君と俺は軽装でスピシュ城を目指して出発した。
スピシュ城までの道のりは森山君が完璧に調べていたので、くっついていくだけでいいとても気楽な旅だった。時刻まできっちり調べている森山君に素直に驚きと尊敬の眼差し。
一人旅する人って大体適当な人が多いから(自分も然り)、正直途中で迷ったり道間違えたりするパターンもあるのかなと思っていたけど全くそんな気配はせず、順調すぎる旅路だった。
電車やバスを乗り継いでスピシュ城に到着したのは昼頃。
天気に恵まれ青空をバックに佇むスピシュ城は圧巻だった。
「ね、来てよかったでしょ」
満面の笑顔で言う森山君。
「うん、想像していたより凄いわ」
4歳くらい年下で20代半ばの森山君は、念願のスピシュ城を目の前にして本当に嬉しそうだった。高そうな一眼レフでパシャパシャと写真を撮りまくっている。
テンション上がっている人を目の前にすると、自分もテンション上がる。
あー、やっぱり誘いに乗っかるのは正解だな、とじわじわと喜びが込み上げてくる。
観光客は思ったより少なく、城内にもあまり人はいなくて、それがまた特別感があってよかった。
夕方頃にスピシュ城を出てブタペストに戻ってきたときは夜10時を回っていた。
ブタペストに着いてから宿までの道を2人で歩いていると、
「ヘーイ!アイムポリース!」
と、大柄な私服の白人が話しかけてきた。
一瞬足を止めると、
「パスポートブリーズ」
と言われた。
直感で悟った。あ、これは偽警官だなと。
「ノー!」
ジェスチャーで手を横に振りながら拒絶の意思を示して、そのまま歩いて大柄の2人から離れていく。
あっけに取られている森山君に「行こう」と声をかけてその場から立ち去る。
幸いにも偽警官と思われる2人は特に追いかけてくることもなかった。
「え、なに今の?」
路地を曲がったところで森山君が言った。
「たぶん、偽警官。パスポート出してたらやばかったかも」
「そうなんだー、こわっ」
無事に宿について2人でビールで乾杯。
こうして森山君と俺の日帰りスピシュ城の旅は終わった。
日本に帰ってきてからも森山君とは東京で何度か飲みに行った。
あれから11年か。
最後に森山君と会ったのいつだろ。
きっと世界のどこかで元気にやってるんだろうな。
当時の記憶を久しぶりに思い出して、あのスピシュ城の1日は何だかとてもノスタルジックで温かいものとして自分の中に大事に残っていたことにあらためて気づいた。
出会った翌日に男2人で弾丸日帰り旅行。
いろんな偶然が重なって実現したもの。
自分の中では「スピシュ城=森山君」として残っていて、今でもスピシュ城の記憶を思い出すときは必ずセットで森山君を思い出す(と言っても、普段の生活の中でスピシュ城を思い出すことはほぼないんだけど)
でもやっぱ宝物だわ。
ほんと、素敵な1日をありがとね。