追補:松田隆一博士の論文「環境の変化に伴う動物進化の過程」より抜粋して
1983年に日本生物科学者協会が出版していた「生物科学」という専門誌に、松田隆一博士が和文にて自らの動物進化に関する考えを、2回にわたり掲載しているのを発見した。入手困難だったが、様々な手段を検討し、最終的に有償で取り寄せた。この「卒業論文」は他者の手によるものであるので、いたずらに本論に手を加えることはせず、この論文で松田が動物進化の機構を論じる上で例に挙げてきた胚化や異常変態の例を、列挙できればと思う。興味を持たれた方には入手をお勧めする。1980年代に国内外の知見を渉猟して、遺伝・環境・発生・進化を統合した松田隆一博士の巨大さに、圧倒されることと思う。引用文献を最後に紹介する。
「環境の変化に伴う動物進化の過程」(I)より
トラフサンショウウオの一種であるAmbystoma trigrinumには以下の3つの生活史がある。
1.標準的生活史:幼体のものは毎年変態する。体の大きさはほぼ一定。
2.幼体の大きさに2型あり、変態は2年目の暖かい季節に起こる。
3.幼体の体の大きさには3-4種類のものがあり、変態またはネオテニーが3-4年後に起こる。
高度が増すほど、3.のタイプの生活史が多くなり、最高地ではネオテニーのみになる。
低温になるにつれてネオテニーの頻度が高くなる。低温処理によって発育の遅滞が起ったり変態が阻止される実験結果とも一致する。
ホルモンに対する組織の感受性が喪失するのが原因と考えられたが、別の可能性もある。
② 低温の影響下でプロラクチンの分泌増加による幼体の維持の延長
②環境の影響による脳下垂体の甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)に対する感受性の喪失
いずれにしても、環境条件の違いにより、この動物のネオテニーは既存のホルモンが環境因子の変化に伴い、作用したりしなかったりする。環境条件の変化で変異が生じ、それに淘汰の作用が加わったと思われる。
Ambystoma gracilisの室内における音頭処理実験の結果によると、異なる3つのタイプの
生活史が明らかになった。
1.環境条件とは関係なく、常に変態する個体群
2.環境条件とは関係なく、常にネオテニーを起こす個体群
3.環境条件に左右されて、変態したり、ネオテニーを起こしたりする個体群。
高地になるとネオテニーを起こす個体が増えると予見できる。別の豊国では、約9℃以下では変態が起らない。低温のためにチロキシンが分泌されないか、ホルモン受容器の機能が不完全になり、ネオテニーを起こす。
アホロートルAmbystoma mexicanumでは、実験室ではほとんど義務的にネオテニーを起こし、非常にまれにしか変態が怒らない。本種ではTRHに対する脳下垂体の感受性が失われ、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が分泌されず、さらに変態に必要なチロキシンやチロニンが分泌されない。遺伝的変化が脳下垂体のTRHに対する感受性というレベルで起ったのではないか。
オナガサンショウウオの一種Eurycea tyrenensisやエラオナガサンショウウオE.neotenesも野外で義務的ネオテニーを起こす。しかし、これらを50万倍希釈のチロキシンに浸すと、
18日後に変態が起った。視床下部-脳下垂体-甲状腺のどこかのレベルで遺伝的な変化が起ったと思われる。
ある種のサンショウウオやイモリ類(ホライモリProteusなど)では、義務的ネオテニーはホルモン受容機構に遺伝的変化が起ったために生じるらしい。チロキシン処理をしても効果は非常に限られる。
シロアリ類のCalotermes falvicollisの場合、幼若ホルモン(JH)の濃度が高いことが、幼若で生殖能力の無い兵蟻階級ができるのに必要な条件であり、JHの濃度が脱皮と脱皮の間の期間に低いと女王代理ができる。コロニー内におけるフェロモンの刺激がJHの分泌に重要なようだ。JHの分泌量により、生じる階級が変わる。生殖型の出すフェロモンがJHを多量に生産させて、兵蟻ができるという仮説もある。
ヨツモシマメゾウムシCallosobruchus maculatusでは、飛翔する型と飛翔しない型(後翅が退化)の2型がある。後者はネオテニーと見なせる。幼少期における集団の密度が、最重要因子であると指摘される。密度が高くなると生育環境の音頭が高くなり、飛翔型が出現する。低密度なると非飛翔型が出現する。渡りバッタLocusta migratoriaの場合と似ている。
コオロギ類のエゾスズNemboius yezoensisでは、翅は非常に小さくなっている。しかし、日長条件を変化させることで、実験室内で正常の翅を持つ個体を実験個体の2/3に生じさせることに成功した報告がある。縮小した翅に対する遺伝的同化が完全には進行していないと思われる。
永久的に無翅になっているガロアムシの目は、ほとんどすべての種が高地の石の下や隙間に生息する。JHが低温の影響で分泌過剰になって無翅型が生じ、遺伝的同化が起ったのではないかと思われる。
「環境の変化に伴う動物進化の過程」(II)より
北米産のサンショウウオの1種であるNotophthalmus viridescensでは、2回目の形態的変化(第2変態)が、既に陸生になっているイモリ型幼生が再び水中に戻る行動により、水中で2回目の変態が起こる。この動物の内分泌機構は明らかになっている。
タコでは、ある日照度または温度条件下で、視腺が神経による抑制から解け、多量の生殖腺刺激ホルモンを放出し、卵黄形成が非常に活発になる。それで、卵が異常に大きくなる。この卵黄により胚発生のパターンが乱され、幼生期の発育にまでおよび、幼若なタコとして孵化する。(直接発生である)陸生のナメクジ類も、幼生の過程はない。陸上という環境が内分泌機構に影響し、軟体動物特有のトロコフォア幼生などに関する遺伝子の発現が阻止されたのではないか。
ミミズ類の卵の直径は300um~1mmに達するが、海生の多毛類のそれに比べて遙かに大きい。ミミズ類では、卵はジェリーの中に産み落とされるが、これが胚や幼生期の発育には異常な環境となって、祖先にあったトロコフォアなど幼生の省略が起こると思われる。巨大化した卵とそれをジェリー内に散乱する二重の仕組みが必要だったのではないか。
甲殻類のハマトビムシ科では、既にノープリウスなど幼生期が完全に省略された直接発生を行い、海生の十脚類に比べて卵が大きく産卵数も少ない。海中から陸上への移動が起こっており、海岸に沿った陸上に分布している種類、さらには種によっては海岸より15kmの陸上まで侵入している。海生種と陸生種があるが、後者は前者よりも卵が大きく、産卵数が減少している。
松田は、この進化が陸上の環境因子が卵黄形成に関与する内分泌機構を刺激して起こったと示唆している。また、別の報告では、陸生種は海生種に比べて脱皮回数が少ない。卵の巨大化で、初期の幼生の発育が体内で経過したか短縮したと思われる。陸生種では、若干のネオテニー形質が見られる。
北海道産の淡水魚ハナカジカCottus nozawaeには、大きなサイズの卵(直径2.6-3mm)を産む群と、小さなサイズの卵(直径2mm以下)を産む群があるが、前者は陸封型で上流に生息し、後者はふ化後海に入り、後に再び河川に帰ってくる。前者は大きい卵を少数産卵し、後者は地裁卵を多数産卵する。また、胚の期間は、前者が後者より2-3日長く、孵化した仔魚は前者の方が大きい。
松田は、上流と下流で塩分濃度など環境因子が異なり、卵黄形成が上流では異常になり、前述の産卵状況になっているのではないかと考えた。
使用文献
環境の変化に伴う動物進化の過程I 松田隆一著 生物科学 35(3), p113-121, 1983-08
環境の変化に伴う動物進化の過程II 松田隆一著 生物科学 35(4), p188-196, 1983-11