「あ、私いま恋に落ちたんだなって気づいたの」(前編)−沼の話
【7人目】
Mさん(27)
沼と出会ったきっかけ:カラオケバー 沼期間:3年
「なんだこの陰キャ」
第一印象は、なんだこの陰キャ。
初夏なのに、長袖の白いワイシャツをピッチリ着込んでたの。黒髪を変に盛ってて、黒縁のメガネかけて。パッとしないな〜って。
沼に出会ったのは、21歳のとき。彼は二つ年上だった。出会いを求めて、一人で飲みに行くようになった頃で、そのうちの一軒が昔からあるカラオケバー。当時の私はロングの髪をかきあげて、ヒール履いて、ネイルもしっかりして、気合い入ってたの。
バーのマスターが、常連だった沼に「最近来始めたMちゃんだよ」って紹介してくれたんだけど、沼は私に興味が無さそうだった。
マスターの采配
私はそのバーのことが気に入って、よく通うようになった。沼も結構一人で来ることが多かったみたい。バーではマスターが席を采配していたから、なんとなくペアにさせられることが多くて少しずつ話すようになったの。
沼はいつもお調子者キャラでみんなにいじられていて、和気藹々とした空気の中心にいた。でも私には素っ気なかったから、私もツンとしてた。マスターに「二人ともLINE交換しとけ!」って言われてしぶしぶLINEを交換はしたけど、連絡したことはなかった。
一人ぽっちの夜道で聴こえてきた歌声
その頃私は他に気になる人がいたの。でもずっと冷たくされていて。ある夜、その人と二人で話して、もう終わりにしようと決めてちゃんとバイバイした。それから、相手が去った後に夜道に一人でぽつんと立ってたら、どこからかQUEENの”WE WILL ROCK YOU”が聴こえてきたの。
歌声のする方に行ってみたら、酔っ払った集団がいたんだけどね、その中で沼が熱唱してたの。”WE WILL WE WEILL ROCK YOU!!”ってノリノリで。なんだあれ、くだらないなーって思ったけど、聴いてるうちにいつのまにかモヤモヤが吹き飛んであかるい気持ちになってた。それで、そういえば沼のLINE知ってたなって思ってLINEしてみたんだ。
「いまQUEEN歌ってたでしょう」
「えっなんで!?」
「近くにいた」
「来いよ」
「他の人たちいるし悪いよ」
「もう解散したしいいよ」
今でも忘れられないあの夜
あーん、ドキドキしてきた!今でもね、忘れられないの!まだ肌寒い初夏の真夜中でね、コンビニで待ち合わせしたんだ。座って待ってて、パッて左側を見たら沼が寒そうに両手をポッケに入れて、赤信号無視して走ってくるのが見えた。
あの頃はマスクもしてなかったからさ、お互いの顔を見て「おお」って声かけあって。大の大人二人がちょこんって横並びして縁石に座ってさ。彼は酔ってるし、わたしは素面。彼のこともぜんぜん知らないし、何話せばいいかわからなかった。
私たちは二人ともバーのマスターが大好きだったから、マスターの話からぽつぽつ話し始めたの。沼、酔っ払うと小さい子みたいになるんだ。「俺ね、俺ね、」っていろんなことを話してくれて、私は全部うんうんって聞いた。
初めて彼の顔を見つめた
沼はね、180cmくらいあって背が高くて細身。一重でサル顔の色白。眉毛は細くて。笑った顔は無邪気な少年みたいだったの。バーでなんとなく顔は認識していたけど、ちゃんと沼の顔を見たのはあの夜が初めてだった。
楽しそうに話す沼を、私はずっと見てた。身体を私に向けて一生懸命話してくれてたの。沼が、自分の尊敬してる人の話をしていたとき、目も無くなるくらいくっしゃーって笑った瞬間があって、恋に落ちる音が聞こえたの。人生で初めて、あ、私いま恋に落ちたんだなって気づいた。その笑顔が忘れられなくて。今まで全然意識してなかったのに、恋の意識が生まれちゃったの。
コンビニで買ったお茶を二人でわけあって、ずーっと喋ってたら、いつの間にか日が昇ってきた。もう朝の四時になってて、「帰るか」って立ち上がった。一緒に横断歩道を渡ってから、それぞれ帰る方向が違って分かれ道で立ち尽くしたの。二人の間に、帰りたくない空気が流れた。でも、ホテルに行きたいとかではなかったんだよ。お互い向き合って、距離は1メートルくらい。
「ハグしなくていいの?」
なんだったっけ、わたしがなんか言ったんだよ。そう、「ハグしなくていいの?」って言ったの。そしたらギュッて抱きしめてくれて、それから二人で抱きしめあった。私の頭が沼のの肩くらいにあって、ふと沼を見上げたら目と目が合った。それで、自然とキスしたの。
キスしてすぐ「ごめん!!!!」って沼が私を抱きしめてきた。「そういうつもりじゃないから!!ごめん!!」って謝られて、私は軽く「はいよー」って沼の背中をポンポン叩いて。そしたらまたキスする流れになって。今度は止められなくなった。気づいたら、周りは通勤する人たち。「私たちいい大人なのにね」って笑ったら、沼は照れた風に「おう」ってだけ答えて、それでやっと解散したんだ。
(中編に続く)