料理番に罪は無し
老中の酒井忠世は、徳川創業の功臣です。
その忠世が、江戸城から下城しようとした時のことです。
下城する場合、御台所口の前を通るのですが、そこでバッタリと料理番の下役たちと顔を合わせました。
下役たちは、相手が老中だから慌てて平伏しましたが、その拍子に袖口から
何かが飛びだし、それが廊下に落ちました。
見れば魚の切り身です。
下役は顔を真っ赤にして、慌ててそれを後ろに引っ込めましたが、忠世は素知らぬ顔をして通り過ぎました。
それを見て供侍が口を尖らせて言いました。
「誠に怪しからぬこと。後ほど彼らを取り調べた上で処分いたしたいと存じます」
「いや、待て」
忠世はそういって供侍を制して、続けました。
「あの料理番たちが悪いのではない。あれは私の責任でもある」
「?」
「あの料理番の安い給料では、ああするよりなかったのであろう」
「しかし、御老中。魚の切り身といっても公のものでございます。それを役得のようにして持ち出すのは、如何なものでしょう」
「役得か・・・ 役得がなければ食っていけない状態を、 私は問題にしているのだ。それは我々政治を預かる者の責任である。今後、彼らに羽織を支給してやれ」
「羽織をですと? 何故でございますか」
「羽織を支給すれば、役得の魚の切り身も上手に隠し持つことができるだろう。そうすれば、今日のようなヘマをして、恥をかかなくても済む」
「・・・・・・」
「そのうち政治が改まれば、彼らも羽織を必要としなくなるだろう。どのようにするかは、私の課題だな」
この後、政治は次第に良くなり、魚の切り身を持ち出す料理番は居なくなっていました。
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