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【映画評】『オールド・フォックス 11歳の選択』

 試写会で『オールド・フォックス 11歳の選択』を見た。

 一般庶民が株の売買に沸く1990年前後の台湾。タイライとリャオジエの父子は、そんな時流に乗ることなく慎ましい倹約と貯金で家を買おうとしていた。けれど物価上昇の煽りを受けて目標を断念せざるを得ない。そんなとき知り合った事業家のシャに「他人を思いやるな」とアドバイスされ、父と正反対の生き方に触れた11歳のリャオジエは、大いに葛藤する。彼はどちらの生き方を選ぶのか。

 タイライとシャの間でリャオジエが揺れ動く構図は、天使と悪魔に左右から囁かれて戸惑う人間という、キリスト教文化にお馴染みのシチュエーションに似ている。けれどこの場合、天使(父タイライ)が絶対に正しく、悪魔(事業家のシャ)が絶対に悪いわけではない。むしろ前者は正直すぎて愚かに見えるし、後者は生きるためならそれくらい必要だろうと思わせられる。それにタイライも利他に徹するわけではないし、シャも利己に徹するわけではない。それぞれグラデーションを持っていて、利他と利己の単純な二項対立を成しているわけではない。

 終盤に登場する、成長したリャオジエがその二項対立の虚構を暴く。短いシーンだが、利己だけに生きるのでなく、かといって利他だけに生きるのでもない、第三の選択を示すからだ。『踊る大捜査線』シリーズの初期からの命題だった「所轄と本庁の対立」に、小栗旬があっさり解決策を提示したのを思い出した。

 ちなみに中盤、家が買えないと分かったリャオジエが父に激しく抗議する場面がある。11歳の男子がこれほど持ち家に執着するものだろうか? と疑問に思ったが、大人になったリャオジエの職業を知って納得した。彼は家を買いたかったというより、家を建てたかったのではないだろうか。

 本作は当時の台湾の街並みを忠実に再現したそうだ。どことなく昭和後期に似ていて、知らないはずなのに懐かしい。父子が自転車を二人乗りする姿は筆者自身の記憶とも重なった。

 けれど「古き良き時代だった」とは言えない。何故なら日本と変わらず女性が利用され、殴られ、弱い立場に置かれ続けるからだ。リャオジエは結果的に救われるけれど、本作の女性たちは救われない。台湾では2019年にアジアで初めて同性婚が法制化されたが、女性を含むマイノリティは、当時に比べて生きやすくなっているだろうか。

 『オールド・フォックス 11歳の選択』は6月14日公開。

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