羊とヤギをめぐる冒険(八重洲地下街2019)
朝、起きたらヤギになっていた。
これが12月のある朝なら、ちょっとした短編小説のはじまりにもなる。だけどそれは11月の終わりのある朝で、残念なことに12月にはまだ少し早かった。やれやれ。
11月の終わりのヤギは物哀しい。人々はウールのリブ編みセーターなんかを着はじめる。街には少しずつ羊たちが増える。けれどもヤギの姿は見当たらない。
でもまあヤギはそういうのに慣れてる。とくに何も思わず、指定された場所を目指して八重洲地下街の朝の雑踏の中をトコトコと進む。
まだ少し寝ぼけている地下街の中で、どこか昭和と平成を足して割ったような雰囲気(嫌いじゃない)の喫茶店はすでに開いていた。
*羊の国のアイコンを探す
さて。まずはBさんを探す。どこだっていつだって人とヤギはBさんを目指す。まるで聖地を目指すかのように。
ふざけてるのではなく結構真剣にだ。アイコンとしてのBさん。それは我らの目的地が間違っていなかったことを示す。もしBさんが見当たらなかったとしたら、どこかで道を間違えたことになる。
アイコンという言葉は、もともとギリシア語の「イコン(聖像)」から来ている。今さらな話だけど。
4世紀、ローマ帝国分裂後に生まれたビザンツ帝国の支配下で発展したギリシア正教のもとではイエスやマリアなどの聖像崇敬がすごく広まった。聖なる教えや存在がポータブル化したのだ。
イコンのある場所がどこでもいつでも聖地になる。だからBさんが我らのアイコンであり目指すべき場所であるのはまったく間違ってない。何の話だ?
***
羊の国のマリアはもうすでにBさんの隣にいらっしゃっていた。9000kmの彼方から来日(一時帰国)して各地をツアー中のカエデさんだ。
カエデさん曰く=ひとりnote酒場ツアーなのだけど、そのラストを飾る朝食会。
この日のメンバーはBさん、がんもさん、こげちゃ丸さん、そしてヤギの僕。基本的にリアルのカエデさんとはみんな「はじめまして」になる。
のだけど、どう考えても「はじめまして」じゃない。カエデさん本人も言ってたけど、こんなにも「はじめましてじゃない、はじめまして」が人生で存在するんだなと違和感のすごさにおののく。
どう考えてもみんなの空気は完全に「再会」だ。なんなら先月の吉祥寺のライブ以来。あのとき、くるくる回ってるケバブの串両手にみんなでBさんして盛り上がったよねー、というぐらいな感じだ。妄想だけど。
*ネットでカジュアルに会社や店を売買する国
とりあえず朝から、わりとどうでもいい話をたくさんした。
周りからみたら「何?」みたいな話なんだろうけど、それがすごく楽しかった。
ニュージランドにキーウィはそんなカジュアルにいなくて、野良ハリネズミはよく見かける話(がんもさんがマンガにしてた)。野良ハリネズミの扱い方の正解がわからなくて、なんとなくみんなこげ丸さんのほうを見たり(詳しそうなイメージ)。
ニュージランドにみんな大好きAmazonはなくて、trade meというサイトで何でも売り買いするとか。
「何でも」は本当に「何でも」なのだ。日用品から家電、本、車や家、仕事や会社(!)、修理を頼みたいことなど、欲しいものやサービスがたいていこのサイトでなんとかなる。
店や会社(事業)もまあまあカジュアルにここで売買されるらしい。気軽さ。カエデさんたちも実際このサイトでお店を買って育てて売却されてる。
trade meはキーウィがサイトのアイコンになってるのはわかるけど、ときどきタコ(海の生物のほう)を散歩させてるキャラクターが出て来るのはなんだろう。ニュージーランドではタコの散歩が最近わりとポピュラーなのかもしれない。
*ふしぎなニュージーランドのコーヒー事情
がんもさんの「どの国に行っても、コーヒーを注文する言葉が通じない」という話は「日本語で注文してるからじゃない?」という見解でみんな一致。
けど、そもそもニュージランドには「コーヒー(Coffee)」というメニューがないらしい。知らなかった……。
べつにコーヒーを飲まない国ではなく、それなりに飲む。ただ、日本で一般的にイメージされるドリップコーヒーは少なくて、エスプレッソ的にマシンで一気に抽出したものがベースらしい。
「フラットホワイト」と呼ばれるラテみたいなコーヒーが主流で、日本っぽいドリップコーヒーが飲みたければ「ロングブラック」をオーダーするのが吉。エスプレッソを倍ぐらい薄めたタイプ。これはたしかに飲めそう。
「ショートブラック」もあって、じゃあ半分ぐらいのサイズだと思ったら違う。これは、ただのエスプレッソらしい。間違って頼んだら飲めない……。
あと「アイスコーヒー」も様子が変だ。あのアイスコーヒーじゃないらしい。
細長いグラスにエスプレッソが注がれ、そこに牛乳、アイスクリーム、生クリームが投入されチョコパウダーなんかがふりかけられる。ひたすら甘い。それがニュージーランドでの「アイスコーヒー」。
それを聞いたBさんが、めちゃくちゃ飲みたい顔になってておもしろかった。たぶん、現地で「なんかめっちゃ嬉しそうにアイスコーヒー頼む日本人」がいたらBさんだ。
***
この時空、何かに似てるな。あれだ。合宿明けの喫茶店の感じだ。もうやることは終わってるのだけど、なんとなくぐでぐで話してる朝の時間。
いい大人になってこんな時空にすっぽり入るなんて、なかなかない。
カエデさんに「ふみぐらさん(噛まずに言えてる!)って、今年の1月ぐらいまで全然静かでしたよね」って直球で言われたけど、ほんとそうだ。淡々とnote書いてるけど、とくに交流もしてなかった。
それがうっかりnote鮭場とnote酒場に入ったり、noteでつながったみんなと朝から大事じゃないけど大事な話をしてるのだ。そんなの1年前に思いもしなかった。
出会えてよかったなと思う。どうでもいい話をちゃんとできることが楽しいし嬉しい。
どうでもいい話って、簡単に誰とでもできそうに思えるけどほんとは難しい。深い部分で通じるものがないと、どうでもいい話って「ちゃんと」はできないんだ。
もちろん、その深い部分をいちいち言語化もしない。深い部分のかたちもつながりもそれぞれ違う。でも、あるのがわかる。じゃなければ、みんなで話せてよかったなとは思わないから。
「じゃあ、また」
ふつうなら、それは時間の区切りの形式的な句読点になるんだろう。でも、この時空では「またこの続きはnoteで」になる。
こんなにも「じゃあ、また」じゃない「じゃあ、また」が存在するnoteってふしぎだよな。そんなことを思いながらヤギは次の打ち合わせに向かって歩いていった。