美しき本たち
もし、当時「世界で最も美しい本コンクール」があれば、間違いなく受賞争いに食い込んだだろう。
1914年(大正3年)に、泉鏡花の『日本橋』をきっかけに、「装幀」という世界に足を踏み入れた小村雪岱の美しい本の数々が、日比谷図書文化館で展示されている。「装幀と挿画に見る二つの精華」とタイトルにあるように、雪岱は装幀同様に多くの挿画を請け負ったが、装幀ごと手がけた書籍を除けば、そのほとんどは新聞や雑誌の連載小説の挿画だった。日本画家であった雪岱は当時、そうした仕事は避けるよう周囲から助言を受けていたという。だがのちに資生堂のロゴやパッケージデザインも手がけたように、彼は明らかに、「デザイン」という新しい「アート」の担い手だった。
今回はその新聞や雑誌の切り抜きに加え、原画も多く展示されている。新聞小説の小さな挿絵1つのための何倍ものサイズの原画、その中の線の繊細さに息を飲む。大胆に塗りつぶした黒、すうっと一筆で、躊躇いなく引かれた最低限の線とのコントラスト。シンプルで大胆な構図が、紙面でぎゅっと凝縮されると、ますますその魅力が増す。鮮やかで色っぽく、挿絵という小さなコマの中で絶妙なバランスを生み出している。だが、こうした雪岱らしさも、最初からいきなり出来上がっていたわけではなかった。のちの雪岱からするとちょっと野暮ったいような初期の新聞小説挿絵は、意外でもあり、むしろ少しほっとするようでもあった。
丸ノ内線に乗って、その足で向かった印刷博物館で「世界で最も美しい本コンコール」を見た。作品保護のため控えめで落ち着いた照明の中で見た雪岱のレトロモダンから、シャープでクールな光に照らされた、最新のファッショナブルな本たちへ。「最も美しい」と選ばれた本たちのほどんとは、デザインや建築をテーマにしたものが多く、小説のような読み物は極めて少ない。
大型で定形外、立体工作といってもいような豪華本たちに比べると、そういえば日本ではほとんどこういう本は出版されないように思った。ビジュアルに、全面的に見せるための本が世界的な傾向にある中で、日本はついていっていないのはちょっと寂しい気もする。といって私自身も、大型のビジュアル本などはなかなか購入できないけど・・・。一方で中国は大型で豪華な、といって金銀ギラギラではないスマートで魅力的で美しく、ヨーロッパの本と遜色ないという言い方は正しくないだろうか。もちろん漢字だけに内容が想像できたりするのは楽しい。
また、「ドイツの最も美しい本2020」では、「一般書」のほか、「学術書、専門書、教育書」、「実用書」などのカテゴリーがあっておもしろい。どんな本でも「美」の対象になる、本を隅々まで愛おしんでいるようでステキだと思った。
中でも気になったのは、「牡丹灯籠」(”Die Pfingstrosenlaterne”、三遊亭圓朝、Ingo Böhm )。木版の優しくちょっと拙いようなタッチ、浮世絵とはまた違った「日本風」の解釈、そして黄色が印象的な配色がいかにもドイツらしい。いかにも丁寧に作られた本で、これは欲しいなあ〜・・・(読めないけど)。
「ドイツの最も美しい本2020」については、ドイツ ゲーテ・インスティトゥートがこれまたすばらしいサイトで紹介しているので、興味のある方はぜひこちらをどうぞ。
https://goethe798.pageflow.io/jp-die-schonsten-deutschen-bucher-2020#257970
美しい本といえば、たくさんの美しい本や絵本、エッセイを残して、昨年のクリスマスイブに安野光雅さんが亡くなった。いつも新しいアイディアとユーモアにあふれた安野さんの作品には、子供の頃から今までどれだけ楽しませてもらっただろう。安らかな眠りを心からお祈りしたい。
世界のブックデザイン 2019-20
2020年12月12日〜2021年4月18日
印刷博物館
https://www.printing-museum.org/collection/exhibition/g20201212.php
複製芸術家 小村雪岱〜装幀と挿絵に見る二つの精華〜
2021年1月22日〜3月23日
日比谷図書文化館
https://www.library.chiyoda.tokyo.jp/hibiya/museum/exhibition/komurasettai.html
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Fumie M. 02.07.2021