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まるで予言?「密やかな結晶」、小川洋子


 今年の「英国ブッカー国際賞」の最終候補に残っていたこと、朝日新聞の文芸記事で、多和田葉子さんの作品などとともに、最近日本の(特に女性)の作家さんの作品が次々と翻訳されていると紹介されていたのを読んで、これはぜひ読みたいと興味を惹かれて、本屋さんで文庫を取り寄せていただいた。
 小川洋子さんの本も何冊かは読んでいるのだけど、これは覚えがなかった。
 刊行が1994年1月、と見て、なるほどと思った。仕事に明け暮れて、とは言わないけれど、それでも会社とその周辺が精一杯の生活をしていて、ほとんど小説など読んでいなかった頃だ。いや、ゼロではなかったかもしれないけれど、ファンタジー性の強い作品にはあまり、正直のところ惹かれなかった頃だったように思う。

 少しずつ、記憶を消されていく島。
 今ではファンタジーどころかむしろ、なんだか妙にリアリティのあるお話のような、ぞくっとするような気にさせられながら読む。25年経って、ようやく心がこの本に追いついたと言うことなのだろうか。
 そして、記憶狩り。それはそのまま、かつてヨーロッパが経験した悪夢とそのまま重なる。こんなことがあるはずが・・・と否定する気持ちが、じわりと押しつぶされる。身の回りから、あれが消え、これが消え・・・モノが消え、概念が消え、やがて・・・。作家の創造力に、あっと驚かされる。
 四半世紀の本が最近英訳され、話題になったのは、作品の予言性とでも言おうか、このウィルスによる生活の変化と世界中の不穏な空気がまさに今そのものを感じさせるからだろう。予言的であり、普遍的とでも言おうか。そしてそれは、おどろおどろしいようなセンセーショナルな文章ではなく、まるでなんてことのないささやかな日常、といった風に、小川洋子さんらしいスタイルで描かれる。
 四半世紀後にもう一度この本を手にとった時、私たちはこの本をどう読むのだろうか・・・。

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密やかな結晶
小川洋子
講談社
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000198397

#密やかな結晶 #小川洋子 #講談社 #エッセイ #読書 #秋の夜長に
Fumie M. 10.31.2020


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