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「中国*アメリカ謎SF」 柴田元幸・小島敬太 編訳

白水社

まえがき 柴田元幸
マーおばさん 遥控
曖昧機械-試験問題 ヴァンダナ・シン
焼肉プラネット 梁清散
深海巨大症 ブリジェット・チャオ・クラーキン
改良人類 王諾諾
降下物 マデリン・キアリン
猫が夜中に集まる理由 王諾諾
対談 柴田元幸・小島敬太〜〈謎SF〉照らし出すもの〜

これまで翻訳されていない作家のSF作品を、中国編は小島氏が、アメリカ編は柴田氏がチョイスし、翻訳したもの。


「マーおばさん」


最初の「マーおばさん」を読んだ。人工知能機として渡された機械が、実は蟻(「おばさん」と「蟻」は中国語では似ている発音)の群れの反応だった、という最初のネタは知ってたけど、それを作ったのが、ネットワークコンピュータから自然に芽生えた知能だという。これで、脳の神経細胞からなる人間の知能合わせて三種の知能が出てきたわけだ(どの知能もなんだか人間寄りなのは、軽い短編だし、問わないことにしよう)。マーおばさん若返りのオシャレな結末も楽しい。
(2022 01/23)

「曖昧機械-試験問題」

「曖昧機械-試験問題」の「記述1」を昨晩読んだ。変なタイトルと章の名前だが、何かの試験問題らしい。作者のヴァンダナ・シンはインド出身の女性物理学者(柴田氏選定アメリカパートの三人は全て女性)。

 私は自分が創ったものをどうやって壊せばいいのか?
(p46)


SFっぽく考えると、中心人物の技術士の彼(何かに囚われていた)の機械は、周りの原子(粒子)の流動性を高め、緩やかに崩壊させる。だから、囚われた場所を通り抜けることができたし、出会った妻の容姿も徐々に崩壊していくことになった…というものだろう(別に作中でそういう説明や答え合わせがあるわけではない)。
もちろん、この「彼」を「人類全体」だと考えてみることも有意義な時間の一つではあるけれど、それだけではないとも思うし。
(2022 01/28)

「曖昧機械-試験問題」の「記述2」と「記述3」

「記述2」

 だが自分も芸術家であり、何かに憑かれた様子を見ればそれとわかった。かつて彼女も、風が吹き荒れて桃が雹のように草一面に落ちた果樹園を見つけて、昼も夜も数週間描きつづけ、動かないカンバスの上に、刻々変わりつづける眺めを捉えようとしたことがあったのだ。
(p49)


「記述3」

 周囲の巨大なつづれ織りにじっと目を注ぎ、初めて見るかのようにそれを見た。このつづれ織りを言い表しうるいかなる概念も言語も存在せず、それは還元不可能であり、それ自身によってしか記述できなかった。
(p61)


「記述2」はイタリアの小さな教会の中庭で異世界に通じてしまう話、「記述3」はマリの砂漠の村(村人は周りから狂人扱いされている)で個人の境界が揺らいでいく話。特に関連づけて引用したわけでもなかったが、奇しくも常に変容し続けているものをどう固定化するか(できないか)が焦点になっている。
そこに「曖昧機械」が屹立するのだろうけれど、それは結局何だったのか、「試験問題」見るかぎり、言葉にする、固定化するだけでは不十分で、変容の只中に飛び込まなければならない、ということになるのか。
(2022 01/31)

「焼肉プラネット」と「深海巨大症」

「焼肉プラネット」
これは何も言うことはないだろう…ただ、作者は最近清末スティームパンク?なる作風の作品を書いているという。
(2022 02/01)

「深海巨大症」
この作品のテーマは、海を深く潜るように、人間の心の奥底へ、ということなのだが、それの外枠の話とか基底とかが結構気になる。この潜水行の「後援者」は夫と息子を海で亡くした夫人だった。でその目的は「海修道士」を探してくるように、というもの。この作者の空想上の産物か、それともそういう伝説の生き物が実際言い伝わっているのか。

潜水艦は「1033プログラム」という「余剰武器処分計画」というものから、海中クルーズ船として使おうとオークションで競り落としたもの。物語には「元はクルーズ船」というのが絡んでくるのだが、この社会はどういう経緯でできたのか、全く書いてないから気になる…その1ページ先で、「アップルストアのように明るいラボ」という表現が出てくるが、この作品世界にはアップルストアがあるようには思えない。作品世界と現実の作者-読者空間の行き来がかなり自由な独特な(というか今の小説では当たり前なのか)作品。

後は船長始め乗組員はいるのか?という謎も宙吊りのまま終わる。深く潜るにつれ、大きくなっていく主題に存在場所をなくしていくかのように。
では、主題とは。

 深いところに来ると何でも大きくなるのよ。深海巨大症っていうの。寒いからか、食べ物が足りないからか。成熟に達するのに時間がかかるから、ひたすら大きくなり続けるのよ
(p103)


ほんとにこんな概念があるのかは知らないけれど、ひょっとして、深く潜るという縦座標の空間移動は、未来への横方向?時間移動と連関しているのかも、とも思った。時代が進むにつれて「成熟に達するのに時間がかか」り、「ひたすら大きくなり続ける」…人間の身体の細菌の本であったように、生態系または細菌叢の構成が変わると、身体も世界も変化する。現代人は大型化しているとの指摘。
(参考 「失われてゆく、我々の内なる細菌」マーティン・J・ブレイザー著 山本太郎訳 みすず書房)
…横道にずれているような考察

(「焼肉プラネット」を、張を焼肉の材料として殺そうと狙う焼肉屋の主人(の子供とかの設定が面白そう)…とかいう長編変容構想もあるよ)
こういう遊びができるのが、SFの楽しいところ(成立時もこんなものだろう…)
(2022 02/04)

「改良人類」


人類の遺伝子を改良していった結果、遺伝子の多様性がなくなりウィルスの脅威に晒されている未来社会。そこに起こされた600年間人工冬眠していた男。という話。
科学者だった男の双子の弟(既に死んでいて何かのプログラムになっているらしい)にからくりを教えられ、培養液に永遠に入るか、ウィルスをばら撒き逃げ切って同じ境遇の8000人と新たな世界を築くか…ここでこの男の選択は「百パーセントを避ける」というものだったのではあるまいか。何処かに抜け道がある方を人間は選ぶ。

「降下物」



核戦争か何かで生き残った人類、身体も焼けただれ生殖も不可能な人類の世界に、過去から時間トリップしてきた人類学者の女性。彼女もそこでの人間から逃げ切る為にこのトリップに志願した。その人間を避ける気持ちが、この廃れた世界では何故かなくなっていく。

 今日彼らは、傷んだ皮膚を太陽と風から守り、膿を出す傷に包帯を巻き、依然として黒い木の葉のようにゆっくりと音もなく都市一帯に落ちてくる降下物を熊手でかき集める。
(p150-151)


「降下物」とは、作品名でもあるが、何なのだろうか。核の死の灰であるのだろうけど、それだけではないような。様々な人の思念、それを人間が保てなくなって、そして落ちていく。

 考えてみればプロヴィデンスには、つねにどこかファンタジーめいたところがあったのであり、秘教的なものが表面下を激しく流れ、雨風にさらされた煉瓦の下で荒れ狂っていたのだ。
(p157)


この前、p155の箇所では、彼女に一番寄り添うアーネストという男が、廃墟となった大学や町の建物を「昔は何だったか」考えている…という場面がある。彼の答えは見当外れなものだったが(彼女は彼を「考古学者」だと言う)、あとで考えてみると見当外れでもなかったと悟る。それがこのp157の文章。

ところで、作者キアリンも考古学者だという…が、19世紀の精神病院とかが対象なのだそう。訳者柴田氏は、考古学者らしい、物への丁寧な書き方に言及している。確かにそう思う。
ただ、この作品が「救いの無い物語」だけだとは自分は思わなかったけれど…

「猫が夜中に集まる理由」はシュレディンガーの猫をポップに取り入れた小品。

自分的には、アメリカ側の方が印象深かった。あとは「マーおばさん」。
(2022 02/05)

補足
「中国・アメリカ謎SF」で読んだ「焼肉プラネット」の梁清散は、「移動迷宮 中国史SF短篇集」では「広寒生のあるいは短き一生」が取り上げられている。解説では「歴史考証SF」の再開拓者の一人と評されている。
(2023 05/28)

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