野菜がいっぱいのほうとう #思い出ごはん
えっ、今日もまた?
太めに切った麺にとろりととけて形が崩れたかぼちゃ、にんじん、さつまいも、ねぎ、大根、時にはキャベツも入っている。地元の子どもに取って見れば、見慣れ過ぎた冬のごはんの光景。
母の実家は製麺所をしていた。子どもたちの給食にも欠かせない、焼きそばやソフト麺、ラーメン、ほうとう…パスタ以外なら大抵の麺を作って地元の人たちに喜ばれるお店。
月に何度か、おじちゃんが配達の途中、ひやむぎやほうとう、ラーメンを山ほど持ってきてくれては母と何かしら話をして帰っていくのをよく見かけた。「おじちゃーん」と手を振ると、笑顔で「またなー」とすぐに帰ってしまう、そんな恥ずかしがり屋な人でした。
おじちゃんの作る麺はいつだっておいしくて、給食でも食べられる子たちはしあわせだな、と思ってた。だって、私の学校の麺は大手の製麺所が作っていたけど、べたべたして粉臭くて、いつも食べている麺の味とは全然違っていたから。
ただ、冬場はほうとうが届くと、うーん、鍋焼きうどんの方が良かったな なんて、勝手なことを考えたりしてた。
観光で来る人たちは、ほうとうと言えば郷土料理で、大きな鉄なべをお玉で引っ掛けて配膳される、あのイメージを持っていると思う。訪れたら食べたいものの一つにあげられているかもしれない。
当時、地元の子どもにとっては、いつでも食べられる、むしろまたメニューに上がってしまうものとして人気があるとは言えなかった。
私もその一人、一度大鍋で作ったら2,3日は食べ続ける料理、子どもだったらカレーの方がうれしいんじゃないかな。しかも、お味噌汁がわりにもなってしまうものだから、ごはんとおほうとうが並んでいたら、その時点でこんなに食べられないよと満腹中枢が働いてしまう。お願いだからどちらかにしてと言わないと、のどから口の辺りまでがいっぱいになってしまう程怖い思いをしなければならなかった。
えっ、今日もまた、まだ残ってるの?
そう思ってしまうくらい、代り映えのしない、特別感のない、身近すぎてあるのが当たり前の食べ物だった。
***
もしもし
声を聴いたとたん、涙がこぼれ落ちた。これじゃ話せない。話しかけられる前に自分から伝えなければと思ってかけたのに。
今日はね、大事な話があるから黙って聴いてね。
おしゃべりな母が話し始める前に、全てを言いきった。その途端に止まない雨のようにこぼれ落ちていった。
しばらくの無言が続き、母が言った。
また、がんばりすぎたんでしょ、もう体が悲鳴を上げたのよ。それなのに、どうしていつもがんばっちゃうんだろうね。かわいそうにね…
家族は理解してくれてるの?自分たちで何でもさせないとだめよ
分かっていたんだ、きっと言わなくても全て。
そして
お母さんにしてほしいことはある?
そう言われた時、照れくさくて言えなかったの。本当はね、あのおほうとうをまたみんなで食べたいって。
もうおじちゃんもいないし、あの時の味にはならないかもしれないけど、みんなで大きなお鍋を囲んで食べたあのおほうとう、また食べたいな。あの頃は分からなかった。いつもあるのが当たり前すぎて、気づかなかったけど、おほうとうを食べるだけで、体があったまって、栄養も取れて、お腹にも優しくて、たくさん食べられない私のためにいつも作ってくれてたんだって。
年をとって耳が遠くなったお父さん、今日は泣き声を聴かせちゃってごめんね。体を大事にして、長生きしてね、私が帰れる日まで。
いろいろあったけど、いびつな愛情も多かったけど、それでも今はきちんと言える。
愛してくれてありがとう。
だから、待っていてね。私が会いに行ける日まで。そして、その時は恥ずかしがらずに言うの。
おほうとうを作って待っていてね。
ほうとう 山梨の郷土料理
小麦粉を練って太めに切った麺を野菜と一緒に味噌で煮込んだもの。あずきやしょうゆ味のところもあるそうです。専門店では一人前ずつお鍋に入って提供されることが多いのですが、家庭では大鍋にドーンと作って出すのが一般的です。最近では核家族化もあり、家庭でほうとうを作るお家は減少傾向にあります。
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