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【後編】ベンチャー「フルカイテン」在籍12年エントリ。創業社員・妻として見てきた夫CEOの軌跡

この記事は前編/後編に分かれており、これは「後編」となります。前編は下記からどうぞ。↓↓


V3ローンチで長年の重さ解消 2021年7月

ジャフコさんからの投資の半年後、ついにFULL KAITEN V3がローンチしました!嬉しくて、いやホッとして、涙が出たのを覚えています。
ようやく、「FULL KAITEN、データが重くて動かない問題」が解消されたのです!!
CEO瀬川は、ご迷惑をおかけして怒鳴られ、謝罪し、解約されたお客様に、再度契約をお願いするため訪問行脚に行きました。私なら、恐縮してその客先は避けるとか、メールだけで済ませたくなるところです。起業した人間のメンタルはすごいなと思いました。

正面突破。

この言葉は、CEOの性格そのものも表しています。

それだけではありません。
なんとFULL KAITENはかなり値上がりしていました。ご迷惑をおかけした相手なのに、値引き一切なしで売ってきたのです。CEOを、FULL KAITENを信じて再契約をしてくれた企業は3割にものぼりました。

CEOは、FULL KAITENがリリースされた初期から値引きだけはしませんでした。喉から手が出るほど事例が欲しくなるような超大手企業であっても、そこは譲りませんでした。
プロダクトの価値に強い自信があるからこそであり、高い料金を払ってでもFULL KAITENを契約して良かった、と思ってもらいたいからです。

実は、CEOは「スーパー営業」のその上をいく営業マンです。
「今までこんなすごい営業に会った事はない!」フルカイテンではもちろん、前職の社員も、誰もがそう言います。

私はBtoB営業の経験はありませんが、CEOの営業スタイルを見ていて感じることは

・FULL KAITENというプロダクトに深い愛があり、心から良いと確信して勧めている
・だからこそ、値引きしてFULL KAITENの価値を下げるようなことはしない
・その場で値引きすれば商談はスムーズになるかもしれないが、リスクを冒してでも値引きを断り、本当の価値を自分の言葉でアツく伝えることで、むしろ信頼関係を築いている
・どれだけ大手企業であろうと、相手が幹部であろうと、全く萎縮しない。決してお客様の機嫌を取らない。空気が悪くなろうと想いをストレートに伝える、まさに正面突破の営業。
・そもそも踏んできた場数と修羅場経験が圧倒的
・若者に対しても上から目線ではなく、幹部レイヤーの年齢層に対しては若すぎず、そこそこ貫禄がある。そんな風貌がちょうど商談にマッチし、営業としては外見で得している

↓↓ CEOがエンプラセールスについて語っている記事は、セールス担当者必見だと思います。

↓↓ CBDOの宇津木が、CEOの営業スタイルを客観的に書いたnoteがこちら

重さが解消されたFULL KAITENでしたが、まだまだ伸びしろばかり。SaaSの進化に終わりはありません。

お客様にもっともっと価値を届けたい。そのためにFULL KAITENを進化させたい。次々と新たな課題も現れます。

当時のCEOの言葉です。

ジャフコさんからの出資を得てすぐ、FULL KAITEN Ver.3 がリリースされた。
本当に提供したかった価値を届けることができるようになった。
新機能開発などにもっとリソースを割くこともできるようになる。
システムが重くて怒られて解約されたお客様に謝ってまわる。かなりの割合で再契約してくれた。(料金がかなり値上がりしているにも関わらず)
ややこしいことがあっても、逃げたり、その場を切り抜けるような対応をしなかったことが良かった。素直に真摯に、大声で謝る、正面突破しかない。常に仕事はその姿勢でぶつかる、それが大事なのだと理解した。
だから社員にも、「非がこちらにあるなら、認めてデカい声で謝ってこい」と伝えている。
システムが重くて価値を届けられないまま資金がどんどん溶けていく状態からは脱したものの、本来狙っているスピードではMRRは伸びないのが苦しかった。長く続いた重さ改善の開発のせいで、お客様に価値を届けるための機能開発が進められなかったから、契約が増えるスピードに価値提供が追いつかなかった。
おぼれていた海から砂浜に辿りついたが、砂浜がこんなに長いとは。。という別の苦しさを味わった。
大体そういう状態で2年くらいは価値提供に苦しむ砂浜を歩いていた。気持ちも萎えてくる。どうやったら事業が伸びそうかを考えるよりも、目の前で起きた問題にガーゼを充てておくみたいな対処療法的な仕事ばかりになった。
実はそれが問題だった。ということに今年(2024)の春に気が付く。
砂浜時代・自分の無力さに絶望しながらも、社員の士気を下げてはいけないから誰にも話せない。想像以上に苦しくて、本当は人と会うことすら嫌になっていた。

家族で長野に教育移住

そんな忙しい中、2022年、家族で長野県に教育移住をしました。
教育移住と言っても、勉強や受験とは真逆で、子供達をもっとのびのびした環境で育てたいという想いからでした。

大阪にある地元の小学校は、とても教育熱心。タワーマンションがたくさん建てられて子供がどんどん増え、生徒をルールで縛らなくては管理が難しくなってきていました。それに加えて校庭や校舎の狭さ、公園や自宅で遊んでいても「うるさい!」と苦情が来るという都心特有の世知がらさ。
コロナ禍をきっかけに、「都会の窮屈な教育に、うちの娘は合わない」と感じ始めました。

たまたま誰かに聞いて「伊那小学校」という、60年前から通知表がなく、探求型学習に力を入れて課題解決型の授業をしている小学校の存在を知りました。私が求めていたのはこれだ!答が決まっているテストの点数を取ることよりも、大事なことを学べるんじゃないか。

コロナ禍でリモートワークになったからこそ、どこに住んでも働ける。移住してダメなら帰ってきたらいいやん、と主人と決心しました。

小学校から見える南アルプス。自然に囲まれた環境に移住した

↓↓ 移住についての詳細はこちらの記事で

この移住が、後に会社の経営方針にも大きな影響を与えます。

伊那小は「総合学習」をメインに学習を進めます。内容は生徒が決めるのですが、ヤギや馬など動物の飼育・ウッドデッキの建築・ダンスフェスの実行などクラスごとに様々です。評価は成績ではなく、自分が一番頑張って取り組んだ事を保護者の前で発表する時間があります。算数の発表をする子もいれば、縄跳びや料理を発表する子も。自分が自信を持っている好きなことなら、何でも良いのです。「勉強すべき」ではなく、子供が好きな事をそのまま受け入れてくれる環境が、私達の求めていたものでした。

CEOはこれを会社経営にも当てはめました。

これまでの組織運営では、『あなたにしてほしいことはこれです』『あなたにはこんな能力を持っていてほしい』というように、社員に対して非常に画一的な要求をしていた。本当は、子どもたちと同じように、会社で働く一人ひとりにもそれぞれ得意・不得意がある。一人ひとりの得意がジグソーパズルのようにはまって、誰かの苦手を誰かの得意でカバーしていく。そんな組織こそ、ミッションの達成に繋がる強い会社なのではないかと気付いた。

ワークライフバランス

2023年、CEOは自身の移住を機に、こんな考え方をするようになりました。

「人それぞれにライフステージがあり、その変化は避けられない。そのステージに合った働き方ができるといい。」

CEO自身の移住を含め、11年の経営の歴史の中で、社員の出産や療養など、色んなことがありました。みんながそれぞれの環境でベストパフォーマンスを出せる状態でいてほしい。そうすればきっとフルカイテンで長く活躍してくれる。そんな気持ちから生まれた思想です。

実際、今(2024年11月現在)のフルカイテンの組織は最強で最高です。社員はお互いをリスペクトしつつ顧客のために意見を出し合い、仕事への熱意もあり、何より全員が本気でミッション「世界の大量廃棄問題を解決する」に向かっています。このメンバーが、親になろうと、療養が必要になろうと、介護が始まろうと、ずっと働き続けて欲しいです。(この度、ついにフレックス制度を導入しました!)

ただ、この考え方には課題もあるというのがCEOの考え。
これらのメリットは、会社に貢献し、信頼関係を築いてきたメンバーだからこそ与えたいものであって、最初から「ワークライフバランス」目的で入社して欲しくはない。私も賛成です。

私は、人生の中で、誰もが仕事最優先でがむしゃらに働く時期があったほうがいいと思うのです。ただ、ライフステージや大事なものの優先順位は人生の中で変わっていく。ずっと同じ働き方ができる訳ではない。だから、長期に渡って同じ社員に会社に貢献してもらえるよう、環境を整えたい。そのためのワークライフバランスだと思っています。昭和な考えですが、この順番が正しいと思っています。

CEOの考え

「多様性」というのを、社員がおかれたそれぞれの環境の違いも含まれてると捉えている。ワークライフバランス=多様性として、経営原則にも入っているほど、大事な考え方にしていて、働き方の多様性を許容できる会社になりたい。
「仕事に夢中だから長時間働きたい」という社員もいて、それも尊重されるべき。
独身で、若い時代なら長時間働くことはできると思う。でも結婚や療養などで環境が変われば同じ働き方は通用しなくなる。働き方を1つの型にはめてしまったら、若いころ優秀だった人が環境が変わったせいで活躍できなくなってしまう。
移住もそうで、子供の教育環境を変えたい、移住した方が自分のパフォーマンスが上がると思ったから行動した。実際今の方が働きやすい。
自身がそういう動きすることで、社員も「やっていいんだ!」と思える、そういう会社になりたい。
社員には、自分の人生、自分がハンドルをもって生きて欲しい。会社員だから、と縛られてほしくない。そういう意味で日本の労基法には抵抗がある。あれがあるせいで逆に社員にとっては画一的な働き方を強いる必要が出てきて自由度が下がっていると感じている。

組織を大きく舵切り、カスケード型に

2024年4月~10月にかけて、CEOはフルカイテンの組織を大きく変えました。

4月の「社員を中心においたカスケード型の経営組織運営」宣言から、この改革は着々と始まりました。カスケード型の組織運営とは、縦割りではなく部署を超えた横のすり合わせを重視する組織運営です。

フルカイテンは在庫問題という非常に根深い問題を扱う会社であり、お客様はエンタープライズ中心なので、人数の多さや縦割り組織の浸透により各組織が部分最適を追及する傾向があるため、同じ課題に対してでも、組織が異なると思惑が違うといった難しい問題もあります。

このような複雑なお客様に価値を届けるためには、フルカイテン側が多様な視点を持つ必要があります。そのため、例えば「お客様への価値提供=カスタマーサクセスの役割」という考え方ではなく、「カスタマーサクセスもエンジニアもデータサイエンティストも、一緒になって横の連携を取りながら最善の対応を最速で行う必要がある」と考えました。

つまり、フルカイテンの組織を部署ごとの縦割りではなく横の連携を重視したカスケード型の組織に変革することができれば、社員が顧客への価値提供に対してもっと主体的になりスピードも上がると考えたのです。

そしてそのカスケード型の組織運営を加速させるために、瀬川の判断基準を言語化した経営原則を提示し、「この道幅の範囲内なら社員が勝手に判断して良い」というラインを明確にしました。具体的には…

・「経営と執行を分ける」と明確に宣言し、カスケードによる横の連携でどんどん決めて動いて良いということを伝えた

・「少し早いかな?という段階で抜擢する」と宣言し、社員の成長を促しながら主体性を引き出した

・「役職は地位ではなく役割だ」と宣言し、ポジションの役割を果たせないなら配置転換を厭わない姿勢で組織を変えた

・「失敗を恐れるな」としつこく伝え、失敗しても気づきがあれば次の成長につながること、失敗を避けるようでは気づきがないから成長もないこと、成長は螺旋階段を上るようなものだから成長実感がなくても気づいた時にはすごいところまで来ているものだということを何度も話し、チャレンジする心を引き出した

・「村人Aになるな!」という言葉を使って、事業成長のために必要なことを言えないでいる人に対して背中を押した

などです。このような工夫でおよそ半年間、社員をまとめ引っ張っていきました。

これらにより起きた組織の変化はとても大きく、うまく言えませんが、今フルカイテンの組織状態は過去最高に良いという事は確かです。

MRRの伸び率も、プロダクト数もこの半年で一気に向上したので、組織の変化が業績をこれだけ変えるのかと驚きました。

さらに今年の10月には、30代前半の若手/岸良が執行役員CMOに、入社2年半の田中が執行役員CPOに抜擢。2人の連携でよりカスケードに拍車がかかり、過去最高にフルカイテンが活気づいています!!

↓↓ 2人の新CXOインタビューはこちら

CEOからここ半年の改革について:

2024年4月からの半年間は自分としては勝負に出た半年だった。
長い砂浜を歩いた2年で、明らかに瀬川(CEO自身)が出来ることの限界がフルカイテンの限界になっていると感じていたので、それを打破しなければならないと思ったから。
この2年間でファイナンス環境は想像以上に悪化していたので、ファイナンスでランウェイを伸ばすのではなく当たり前だが自力でランウェイを伸ばす必要も感じていた。
瀬川の限界がフルカイテンの限界、という状況を壊すために考えたのは「責任感の総和を増やす」ということだった。
自分で言うのも変だが、瀬川は真面目すぎるため全て自分で責任を取ろうとする。
だから任せることが下手な面があると思った。
それはすなわち、責任感の総和が瀬川が抱えている責任の総和に過ぎないということになる。
これでは組織が本来のポテンシャルを発揮するようにならない。
だから経営と執行を分けるという判断をした。
そして少し早いかなという段階で複数の社員を要職に抜擢した。
また瀬川が物事を決める判断基準を言語化し経営原則として全社員に説明し、経営原則に記載された範囲内であれば自由に意思決定して主体的に仕事に取り組んで欲しいと伝えた。
個人個人のメンタルにも訴えたかったので、村人Aになるなという言葉を使って組織に埋没することなく自分を出せと言い続けた。
これらは実は、どんな社員でも小さな責任を持てるようにしたいという思いからだった。
小さな責任でも責任を持っていれば主体性や勢いは生まれるはずで、それを瀬川がきちんと見て評価すればきっと本物になるはずだと思ったから。
小さな責任を全社員が持つようになれば、組織の責任感の総和は大きくなる。
そういう組織を作ることができれば、きっとこの2年もの長い砂浜を走破して成長曲線がまた急成長に戻るはずだ。
そんなことを考えていた。
これを何としても形にして結果に変えるため、取締役たちにもほとんど相談をせずに断行することにした。
それは取締役を信頼していないという意味ではなく、取締役たちにも責任感に対するスタンスを変えて欲しかったからだ。
どうしてもスタンスを変えられない取締役が一名退任することになったが、絶対に引かない覚悟でこの大変革を進めてきた。
自分の中では大勝負だったが、組織はこの半年で手前味噌だが過去最高の状態になっている。
今のリソースで作ることができる最善の体制を作ることもでき、MRRの成長カーブの勾配が上がったり、プロダクト数が一気に増えたり、定量的な面でも確実に良い変化を起こすことができた。
今思えば、この勝負に出る前の自分は経営者というよりも事業部長レベルの仕事しかできていなかったのだろうと思う。
やっと自分も成長できた、螺旋階段を何段か上ることができた、そう感じた半年だった。

あとがき

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
2024年10月31日、マネージャー以上の役職者15名が長野パノラマオフィスに集結し、「ALL STAR HANDS」と名付けた、経営に関わる大切なミーティングの時間を持ちました。

普段は映画館として使われている、古民家の蔵でミーティング。

いつもと違う環境で心を開放し、全員が積極的に発言しました。職種を横断してカスケードしまくる姿を目の当たりにしました。

数年前に「何もなかった」FULL KAITENというプロダクトが、多くの人を巻き込み、お客様に、メディアの方々に、そして社員や社員の家族に応援され続けて、ここまでの成長を遂げてきました。そしてまだまだFULL KAITENのポテンシャルは計り知れません。

その日は、夜中まで「これからのFULL KAITENをどうするか?」そんな話が止まらなかったそうです!

ALL STAR HANDS参加メンバー

どうか、これからのフルカイテンにご期待ください!
ミッション「世界の大量廃棄問題を解決する」に向かってこれからも走ります!



↓↓ 2024年note創作大賞でプレジデントオンライン賞を受賞した、起業ストーリーはこちら


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