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[書評]田中みずき「わたしは銭湯ペンキ絵師」

銭湯ペンキ絵師の田中みずきさんが初の著書を上梓されました。その名も『わたしは銭湯ペンキ絵師』。タイトルと同じく、きわめて実直な文体で、田中さん自身の半生と仕事について、ていねいに綴った一冊です。

田中さんは日本に3人しかいない銭湯ペンキ絵師のひとり。卒論の研究テーマに銭湯のペンキ絵を選び、現場に通い詰めるうちに弟子入り、やがて独り立ちして今にいたります。幼少期の思い出から木炭デッサンに明け暮れた美術予備校、ご両親による教育など、銭湯ペンキ絵師になる前の半生のディテールが語られているのですが、おもしろいのはその過程で田中さんのたくましい「根性」がありありと浮き彫りになっているところ。数多くの失敗を経験しながらも、田中さんは自分で問いを立て、自分で答えを模索するという方法を一貫させてきました。銭湯ペンキ絵師という過酷な仕事で独り立ちできたのも、その「根性」あってこそなのでしょう。

「根性」というと時代錯誤な印象を抱かれるかもしれません。けれども、そのようなある種の「古さ」こそ、じつは銭湯ペンキ絵の醍醐味だったはずです。「美術」からは蔑まれることも少なくありませんが、凝視する「鑑賞」とは対照的に、銭湯ペンキ絵には「眺める」という独特の見方がある。日々の暮らしの中で眺めていると、同じ富士山であっても、見守ってくれているようでもあり、怒られているようでもあり、その時々で違った絵に見えてくる。つまり、銭湯ペンキ絵の富士山はとても古いようで、つねに「新しい」のです。

「誰が描いたかわからない、誰の絵でもないものを私は描きたい」という田中さんの言葉は最高にクールで、有名性に拘泥する現代美術のアーティストが青臭く見えるほど。大御所による通説にさりげなく異を唱えたり、妊娠と出産の経験から女性職人の生きづらさという問題を提起したり、田中さんの文体は穏やかではあるけれど、ひじょうに鋭い。思わず「パンク」という言葉を使いたくなりましたが、やはりここは「根性」の方がふさわしいのでしょう。田中さんのしなやかで力強い生き方は、とくに職人という生き方を志す若い女性たちのモデルになるような気がしました。ぜひとも読んでほしい一冊です。

田中みずき『わたしは銭湯ペンキ絵師』
発行:秀明大学出版会
定価:1200円+税

本棚雑誌 銭湯ペンキ絵 田中みずき



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