『牡蠣殴って、書きなぐった、夏季』#短編小説
「当たりますように」
人生をイージーモードで過ごすためにはお金が必要。お金があれば高望みしない限り、それなりに楽な人生を送れるだろう。みんなで祈れば怖くない。神様もきっと聞き飽きた願いを胸に、宝くじを買った。バラで30枚。
「9000円ってことは飲み会3回分だな」
「3回我慢して一生暮らせるお金を手にできるなら安いよ」
「夢あるね〜。300円が3枚だけ当たる未来が俺には見えてるけど」
「大金を手にしてる未来しか僕には見えてない」
「それは何より。万が一外れたら、飲み会3回分のお金を使ってマクドナルドで900円相当のハンバーガーでも食べような」
「そこは当たったら旅行しようとかにしてよ」
「ま、そうだな。当たったら宇宙旅行にでも行こうか!」
「バカにしやがって」
◆
猛暑日の連続更新日数が過去最高を連発。24時間冷房を稼働させ続けなければ倒れてしまう。当たる気がしまくる宝くじの結果を見るまでは、倒れるわけにはいかない。抽選まであと1日。
「明日だよな?」
「宝くじの発表?うん」
「高額当選の前祝いでもしようぜ!」
「当たってからで良くない?」
「求めよ、さらば与えられん。でしょ!当たりを願って飲みに行こうぜ!」
我ながら自分はチョロい男だ。誘いに乗せられ宝くじ当選の前祝い飲み会にそそくさと向かう。
「よっしゃ!始めるか!好きなもん食べようぜ!」
「いや、だからまだ当たってなくて」
「でもさ、当たると思ってるんでしょ?」
「え、うん。当たるよ。今回はいつもと違う。絶対に当たる」
「じゃあいいじゃん!普段食べないようなものを食べよっと!」
「手持ちで払えなくなるほどはやめてね?」
「もち!」
彼が手当たり次第に料理とお酒を注文する。
「当店は、刺身、蟹、鮑、牡蠣がオススメですので!」
店員を気取る彼。
「おまたせいたしました!」
「キタキタ!生牡蠣、最高!」
牡蠣を食べる機会なんてこれまでなかった。初めての牡蠣。どんな味がするのだろう。
「初めて食べる」
「牡蠣?まじか!ポン酢をつけてあとはすすればいいよ!」
彼に言われるがままに牡蠣を食す。初めての牡蠣。プリプリの食感。ポン酢とマッチする。
「お、美味しい!」
「でしょ?やっぱり牡蠣は最高だわ!記念に貝殻持って帰りなよ!」
「記念に持ち帰る!?バカにしやがって!」
◆
「痛っ」
見慣れた天井。自宅だ。激しい頭痛に襲われ目が覚めた。無事帰ってきていたか。初めて牡蠣を食べたところから、その後何があったか思い出せない。あれから相当飲んだようだ。外が暗い。最悪だ。丸1日布団と友だちになっていたらしい。
「う……」
気持ちが悪すぎて思わず声が出る。冷蔵庫から水を取り出し応急処置を図った。
「あ!」
わずかに冷静さを取り戻して思い出した。宝くじの当選番号が発表される日。スマホを手に取り当選番号を調べる。
ハズレ、ハズレ、ハズレ……。当たりが出てこない。10枚調べた結果、安定の300円が当選。
ハズレ、ハズレ、ハズレ……。20枚目で再び300円。計600円の当選。残り10枚。大丈夫。きっと大丈夫だ。
「いざ」
プルルルル。
「うわ!」
タイミングが良いのか悪いのか、彼から電話がかかってきた。
「よ!元気?」
「元気?じゃないよ!」
「あー、元気そうだね!沢山飲んでたから心配になって」
「今の話聞いてた?」
「それより宝くじはどうだった?」
「今のところ600円当選」
「おっ!今のところってことは結果見てたとこか!600円!これはマクドナルドの会にリーチかな」
「いや、残り10枚で当てる」
「おー!楽しみにしてるわー」
「調べるから待って」
ハズレ、ハズレ、ハズレ。むむ。マズい。ハズレ、ハズレ、ハズレ。
「どう?」
「6枚ハズレ。あと4枚」
「マクドナルド!マクドナルド!」
「やめろぉ!」
ハズレ。お。
「300円」
「300円?おめでとう!合計900円か!」
「いや、あと2枚あるから」
「当たる?」
ハズレ。ラスト1枚。
「当たった」
「マジ!?900円超えた?」
「1000円当選」
「おぉ!やったじゃん!合計1900円!」
「やっぱり当たらないか……」
「俺は最初からそう言ってたけどね」
「当たる気がしたのは何だったのか」
「牡蠣に当たってお腹下したりは?」
「それすらもない。当たらない」
「あ、そういえば!カバンに牡蠣の貝殻入れてたね!」
「え」
カバンを調べる。たしかに牡蠣の貝殻が入っていた。
「記念品だね!」
「いらないよ!」
「それから昨日はごちそうさま!」
「ごちそうさま?」
「会計が所持金オーバーしちゃったけど、絶対当たるから全額カードで払うって意気揚々と」
「は?」
財布を確認する。折り畳まれた長いレシートが現れた。
「じゅ、10万!?」
「ごちそうさま!」
「ふざけるなぁ!!!!」
理性を飛ばすのは怖いもので。近くに置いていた牡蠣の貝殻を思わず殴った。
「痛っっっ!」
自滅。牡蠣に拳がやられた。
「どうした?」
「感情に任せて牡蠣を殴って自滅した」
「はっはっは!やばっ。牡蠣に当たるなって!」
「くっそ!」
「マクドナルドじゃなくてハンバーグ屋にでも行こうか!1900円もあるなら」
「バカにしやがって!!!!」
◆
10万円を容易く払う余裕はない。せめてもの、起きたことを綴って誰かの人生のアクセントにでもなれたらいい。投げ銭の1つや2つでももらえたら嬉しい。
続く暑さも相まって、追い込まれると人は、冷静なときに考えもしないことを思いつくようだ。
一連の出来事を書きなぐってネットで公開した。
「当たりますように」
今度は書きなぐった文章が注目されて、大当たりすることを願っている。
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