ハーバード見聞録(24)

「ハーバード見聞録」のいわれ
 本稿は、自衛隊退官直後の2005年から07年までの間のハーバード大学アジアセンター上級客員研究員時代に書いたものである。


ハーバードにおける韓国の対日情報戦――日本外交・情報戦の無力(6月27日の稿)

 ハーバード大学の中で私が籍を置くアジアセンターでは、日本、中国、韓国に関する研究が行われており、それぞれの国の研究者及び学生などが在籍し、このための研究室、図書・資料などが整えられている。

アジアセンターは、現在地下鉄のセントラル駅(ハーバードスクェアから1.5kmほどの距離)のすぐ傍にあるが、ハーバード大学当局は、私の寓居のボーゲル邸から100メートルほどの所にアジアセンター用の建物を新築し、今年(2005年)8月末にはその建物に引っ越す予定である。

アジアセンターに通って最も私の目を引いたのは、韓国研究事務所の入り口に掛かった看板だった。事務所の入り口に横20センチ、縦1.5メートルくらいの立派な木の板に「韓国学研究所」とハングル文字で大書している。勿論、日本や中国の事務所にはこのような看板は無い。

韓国人は肩書きや、職責にこだわり、会社のオフィスなどでは、これらを書いたり彫ったりした卓上名札を自分の机の上に〝デーン〟と置くのが普通だ。私が韓国の日本大使館で防衛駐在官として勤務した折(1990~93年)、韓国国防部を訪問する機会が頻繁にあったが、高官(陸海空軍・海兵隊将官)の卓上名札は豪華な螺鈿製のものだった。韓国研究事務所の看板もそのような習慣の類なのだろうか。いやそれ以上に、一種の国威発揚を狙ったものだろう。

看板を挟んだ両脇には古地図と新しい地図が立派な額に入れて飾ってある。この新しい地図を良く見たら驚くべき事実を見付けた。

「Korean Vicinity 」というタイトルの付いた縮尺三百万分の一の地図上には、次のような韓国政府の独善的な「自己主張」が印刷されていた。

  • 日本との境界は青い海上に赤い線で「竹島」の南に引かれ、同島は韓国領となっており、「Tok-do」と表記されている。因みに「Tok-do」とは漢字に直せば「独島」となる。

  • 対馬正面の境界は問題無いが、対馬海峡のことを「Korea Strait」と表記している。

  • 日本海のことを「East Sea」と表記している。彼らの言う東海(トンヘ)のことだ。

  • 朝鮮半島には非武装地帯(DMZ)が記入されておらず、南北朝鮮が統一された一国として「Korea」表記されている。

私が一見して気が付いたのはこれだけであった。地図は全て英語で書かれており(漢字やハングル文字は一切無い)、明らかに外国人(アメリカ人)に対するプロパガンダ用として作られたものだと思われる。

韓国は、アメリカの「智の殿堂」ハーバード大学の研究機関であるアジアセンターの2階のほぼ中央に2枚の地図を架け、一生懸命に自己の領土に関する主張をしているわけである。「韓国政府(通商外交部)は、こんな研究所においてさえも自己主張・PR(情報戦)しているのか!!」と、その厚かましさ-----いや執念というべきか-----にいささか呆れる感じだった。

ある学者が私にこう言った。

「福山さん、韓国はご指摘の地図の表記については、国家総力を挙げて取り組んでいる印象があります。政府(国防部や通商外交部など全行政機関)も地方自治体も企業なども国家総力であらゆる機会を捉えてPRに努めているようです。一方日本は、外務省だけで細々やっているという印象です。」

「日本は『竹島』という小さな島の帰属や海の名前が『東海』であろうと『日本海』であろうと大した問題じゃない」という向きがいるのかもしれない。しかし、そんな安易な考えでこの問題に取り組んでいると、そのうち「琉球は日本の領有ではない」とか「対馬は日本のものではない」などと次々に言い出す国が出てくるかもしれない。

国家はナショナリズムに傾きすぎると周辺国家との摩擦が強くなり緊張が高まるが、逆に愛国心やナショナリズムが過度に希薄になるとその国や民族の将来は危ういのではないのだろうか。

外務省は、「外交の一元化」を理由に、官民を挙げた「オールジャパン」による外交・情報戦やプロパガンダを拒否・阻止してきた。外務省だけによる外交や情報戦は無力・無能に等しい。

今後は「オールジャパン」の外交・情報戦体制に改めなければ日本は「外交弱体国家」のままで、国益を損なうのは目に見えている。外務省・外交・情報戦体制の改革・強化が喫緊の課題であろう。


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