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[小説] 僕鴨 第1話 カルガモと僕と登録者100人の壁
20代ちょい過ぎのコンビニアルバイトをしながらYouTuberを目指す青年の元、喋る鴨が現れて……?
カルガモってどんなの?って思う方向けに画像載せます。
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「今日もご視聴、お疲れ様でした!」
コンビニでのバイトを終え、自宅のパソコンに向かって挨拶する僕の表情は、いつもよりぎこちなかった。
毎日の投稿を始めて2ヶ月。ゲーム実況から始めて、最近は商品レビューやちょっとしたライフハック系の動画も加えてみたけど、なかなか思うようには伸びない。編集の仕方を研究して、サムネイルも工夫して、タイトルも考えて、それなりに頑張ってきたつもりなのに。
「チャンネル登録、よろしく……」
声が尻すぼみになる。撮影を終えて画面を確認すると、やっぱり元気がない。疲れているのが画面越しでも分かるはずだ。
スマホでチャンネルの登録者数を確認する。「98人」という数字が、今日も変わらず表示されている。最新動画のコメント欄には、また例の人からの投稿が。
『編集が素人っぽい。企画も面白くない。これじゃ登録者増えないのも当然。違う道を考えた方がいいんじゃない?』
気分転換に、いつもの川沿いを歩くことにした。夕暮れの河川敷は、仕事帰りのジョギング組を除けば人影も少なく、ゆったりと流れる川面がオレンジ色に染まっていた。
手すりに肘をつきながら、また画面を覗き込む。確かに、コンビニのバイトをしながらYouTuberを目指すなんて、周りから見たら中途半端なのかもしれない。でも——。
「はぁ……」
スマホを握る手に力が入る。画面が明るく光って、また登録者数の「98」という数字が目に飛び込んでくる。
「あんさん、その数字に囚われすぎやで」
「え?」
突然聞こえてきた関西弁に振り返ると、そこには一羽のカルガモが立っていた。体長30センチほどの、ごく普通のカルガモ。いや、待て。今、このカルガモが……。
「驚かんでええで。ワシはな、あんたの心の声が聞こえるんや」
「は……はぁ……」
疲れているのかな。それとも、もしかして寝てる? 手の平を目の前にかざして、何度かパチパチと瞬きをする。でも、目の前のカルガモは消えない。むしろ、こちらをじっと見つめて首を傾げている。
「あんさん、今の動画見せてもらったで」
「え? 見た……って、カルガモがYouTube?」
「ワシは普通のカルガモやない。水の上も下も見えるんや」
その言葉に、どこか深い意味を感じた。カルガモは、僕の困惑した表情を見て、クスッと笑ったように見えた。
「まずはあんさんの心の器を大きくせなあかんな。ほな、明日からの課題や」
「課題?」
「あんさんのバイト先のコンビニ、募金箱あるやろ。あれ、全然目立ってへんで」
「あぁ...確かに。ただ置いてあるだけですよね」
「そうそう。ほな、一週間、あの募金箱のPOPを作ってみい。人の心を動かす言葉を考えるんや」
「は? それがYouTubeと何の関係が……」
「水面に映るもんは、水面下から作られていくんや。分からんかてかまへん。やってみた感想、また明日この時間に聞かせてな」
そう言うと、カルガモはよたよたと歩き出し、程なく川縁の茂みに消えていった。残されたのは、困惑する僕と、スマートフォンの画面に映る「98」という数字。そして、なぜだか少し軽くなったような気がする心持ちだった。
「人の心を動かす言葉、か……」
明日からの一週間。この意味不明な課題が、どんな変化をもたらすのか——。そんなことを考えながら、僕は帰路についた。
家に帰ってから、ずっとPOPのデザインについて考えていた。
「困っている人たちのために……いや、これじゃありきたりすぎるか」
メモ帳を広げ、何度も書いては消す。動画の企画を考えるときのように、視聴者の立場になって考えてみる。でも、なかなかいい案が浮かばない。
ふと、自分のチャンネルを見返してみた。再生回数が一番多かったのは、「小銭を効率的に使い切る方法」という動画だ。
「そうか……小銭って、たまると重くて邪魔になるんだよな」
その夜は、POPのアイデアを練りながら眠りについた。
翌朝、早めに出勤した僕は、A4の紙を募金箱の前に立てかけた。
『小銭が優しさに変わる魔法の箱』
シンプルな言葉だけど、昨晩考えに考えた末にたどり着いた一文。その下には小さく追記した。
『あなたの「重荷」が、誰かの「希望」に』
「これ、手作りですか?」
いつもは無言で支払いを済ませる常連のサラリーマンが、POPを見て声をかけてきた。
「あ、はい。募金箱が目立たないなと思って……」
「なるほど。確かに小銭って邪魔になりますよね」
そう言って、財布の小銭を募金箱に入れてくれた。
「ありがとうございます!」
その日を境に、募金箱に小銭を入れてくれる人が少しずつ増えていった。中には「この言葉、いいね」と言ってくれる人もいる。
一週間後。
「このPOP、結構効果あったみたいですね」
店長が募金箱を確認しながら言った。前の週より明らかに募金額が増えているという。
その夜、いつものように川辺に向かう。案の定、カルガモが待っていた。
「どうや、何か気づいたことあるか?」
「はい。視聴者さんのことを、もっと考えないといけないなって」
「ほう?」
「募金箱のPOPも、YouTubeの動画も、結局は見る人の気持ちに寄り添わないと響かないんですよね。相手が何を求めているのか、何を感じているのか……」
話しながらスマホを取り出す。この一週間、新しい気持ちで作った動画のコメント欄には、いつもより温かい言葉が増えていた。
『初めてコメントします。いつも見てます』 『説明が丁寧で分かりやすい!』 『次回も楽しみにしてます』
そして、登録者数は——。
「おっ、103人やないか」
「え?」
確かに、「103」という数字が表示されている。でも不思議と、先週までのような焦りは感じなかった。
「これ、まだ始まりですよね」
「そうや」カルガモが頷く。「ところで、明日は何時に起きる?」
「え?いつもどおり9時……ですけど」
「それやとあかんで。朝7時の投稿がようけ見られとるって知っとる?」
「はぁ!?朝型に、ですか?」
「明日からは新しい課題や。早起き、始めてみよか」
カルガモは夕陽に照らされた川面を見つめながら、意味ありげな表情を浮かべた。その横顔に、また新しい気づきの予感を感じた。
「朝型って……無理っす」
「なんで無理やと決めつけるねん」
「いや、だって僕、夜型なんですよ。それに動画の編集だって夜にやることが多くて……」
カルガモが僕の言葉を遮る。
「あんさん、予約投稿って知っとる?」
「え? ああ、やってますよ。でも、タイミングとか適当で……」
「データ分析したことあるんか? どの時間帯が一番再生数が伸びるか」
「それは……ないです」
「ほな、一週間試してみよ。朝7時、昼12時、夜9時。それぞれの時間に同じような系統の動画を上げて、どれが一番反応ええか調べてみい」
「でも、僕のチャンネル、まだ登録者100人もいないんですよ? そんな少ない数字じゃ……」
「むしろええやないか。今なら実験のリスクも少ない。それに視聴者層が見えてくるかもしれんで」
確かに、その通りだ。今の登録者数なら、失敗しても大きな影響はない。むしろ、これからの方向性を決めるためのヒントになるかもしれない。
「分かりました。やってみます」
「ほな、まずは一週間分の動画を作って、時間帯を変えて予約投稿や。その間に、朝活で何ができるか考えてみい」
「朝活?」
「そやで。編集に使う時間が減ったぶん、新しいことを始める余裕ができるやろ?」
カルガモは夕陽に照らされた川面を見つめながら、意味ありげな表情を浮かべた。
その夜、僕は一週間分の動画制作計画を立てた。似たような内容で時間帯だけを変える。今までバラバラだった投稿時間を、きちんと管理してみる。
スプレッドシートを開いて、簡単な分析表も作ってみた。再生数、高評価数、コメント数(たとえ1つでも)、それに平均視聴時間。小さな数字かもしれないけど、これが今の自分の財産だ。
「水面下の努力か……」
カルガモの言葉を思い出す。表面的な数字を追うんじゃなく、その下にある意味を探る。今までの自分に足りなかったのは、もしかしたらそういう視点なのかもしれない。
明日からは、新しい実験の始まりだ。
「よーし、頑張るぞ」
強がってる自分に少し笑ってしまう。でも、その笑顔は以前より少しだけ、確かな手応えを感じるものになっていた。
-2話に続く-
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