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ソーシャルVR(メタバース)と建築
大学・大学院まで建築学を学び、建築系出版社・新建築社で建築雑誌『新建築』の編集をした後、VR・メタバース業界に来て3年ほど経ちました。
いまだに建築業界の人に「何してるの?」と聞かれた時に、うまく答えられない感じがあります。自分としては建築の領域を拡張できる分野だと感じてこちらに来たので、軸足としては建築にあるつもりなのですが、それが何なのかはまだ言語化できていません。
数年も経ったことだし、自分の頭の中を整理する意味でも、自分がこっちの業界に興味を持った観点の触りをつらつら書いてみようと思います。自分がいるのがソーシャルVR(メタバース)関連なので、その立ち位置から見た観点になります。
つらつらなので、雑なところもあるかもしれません。この記事で考えている内容は、今後アップデートしていければと思っています。
「3D」という媒体が世の中に浸透していく
自分がVR・メタバース業界に興味を持つ最初のきっかけは、ゲームエンジン・Unityで3Dコンテンツをつくったことでした。
この「3D」という媒体の可能性を改めて感じたのが、大きなきっかけです。
人類は、情報の伝達媒体を時代を経るにつれて、発展させています。最初は洞窟に刻んでいたような壁画から石板、紙の書物、蓄音機、ラジオ、テレビ……とある情報を伝達するものは変化を遂げています。それにつれて、文字から音声、映像と、よりリッチに情報を届けることができるよう媒体自体が変化しています。しかし、これらの媒体の多くはあくまで2次元で構成されています。当然のことながら、現実世界は3次元で構成されています。2次元の媒体を扱うということは次元を落とす必要があるということです。つまり、これらの媒体では伝達される情報に欠損が発生する可能性があります。
そう考えると、情報伝達媒体としては3Dに進化していくことは必然のように思えます。現にGoogle Earthなどを始めとして、色々なサービスで3Dを扱われるようになってきています。
インタラクションデザインの研究者の渡邊恵太氏の『超軽工業へ インタラクションデザインを超えて』でも、3Dは20世紀から続く「豊かさの追求」「効率的な人工化」の最先端の「超軽工業」を構成する要素として扱われています。
サーフェイスの原理から考えれば、3Dでつくることの利点は、多数視点のサーフェイスを容易に提供できることである。かつてより奥行きや空間表現は手描きのアニメーションでも表現可能であった。しかしそれはコストが高く、たとえばあるキャラクターの正面と斜め、横からの顔や身体を表現しようとすれば、その都度描く必要があった。しかし、3Dモデルをつくればインタラクティブに視点を変えることで、そのモデルにおける多数の視点を容易に得られるようんある。つまり、一度3Dモデルを制作すれば、キャラクターのさまざまな多視点(二次元画像)が容易に得られる。
渡邊氏が述べるように、3Dからは2Dを取り出すこともできます。2Dと3Dは対比されるものではなく、包含関係にあるものということです。この後に、渡邊氏が「人間の視覚の原理上の3D感覚」と「3Dモデルであること」が必ずしも結びつくわけではない、と指摘をしている点は興味深いです。
渡邊氏は知覚的な側面で3D的体験の提供ができることの重要性を語っていますが、建築の世界ではBIMを3Dモデルというよりは「建築のDB」として捉えることが重要だと語られます。
つまり、3Dとは、色々な視点でさまざまなものを包含することができる媒体だと考えることができそうです。
以下で記述するのも、そうした3Dの幅広さを感じるポイントです。
建築を伝える「メディア」として
自分が建築メディアにいたこともあって特に感じているのが「メディア」としての3D活用です。ここで言う3DはCGパースなどではなく、インタラクティブに動かすことのできる3D空間を指します。ゲームはポピュラーなものだと思いますし、そうしたゲームの文脈を引き継いでいるのがソーシャルVR(メタバース)という世界です。
建築はこれまで「図面」「写真」を媒介に発展してきたと言われています。ルネサンス期に建築家レオン・バッティスタ・アルベルティが意志伝達ツールとして「図面」を発明し、その後、建築において設計者と施工者は分離していきました。建築史家のマリオ・カルポは『アルファベット そして アルゴリズム』において、3D(デジタル技術)を活用する建築デザインのあり方をアルベルティ以来の大変革と位置付けています。
また、建築史家・建築理論家のビアトリス・コロミーナの『マスメディアとしての近代建築』では、近代建築の巨匠ル・コルビュジエは「写真(モンタージュ)」を活用することで近代建築の意義を発し、それが世界中に伝搬していくことで、近代建築が普及していったと解説されます。
そもそも建築は基本的には動かせないものなので、伝達のためには「メディア」を媒介とする必要があります。そこで図面や写真は表現手段として発展してきましたが、一方で実在の建築の経験を伝えきれてきたとは言い難いと考えられます。だからこそ、コルビュジエは旅をしたし、安藤忠雄も旅をしたのでしょう。
とはいえ、あらゆる建築に物理的に足を運ぶのは難しいです。だからこそ、図面や写真などの伝達媒体は絶大な影響力を持ってきました。しかし、実際には建築とは切り取られた「シーン」ではなく「空間の連続体」です。ある部屋だけを見るのではなく、ある部屋からある部屋へ行く過程、ひいてはその建物に向かう道程が重要になります。
3Dという媒体は、現状では視覚しか表現できないものの、「空間の連続体である」という体験を提供することはできます。こうした体験をライトに提供できるようになり、多くの人が経験する状況が生まれれば建築への視座も変わる可能性があるかもしれません。
図面やドローイングなど、これまで存在してきた表現媒体が廃れることはないと思いますが、それらは読み取るのに一定の能力を要します。3Dはどちらかというと、建築を専門としない一般の人たちに普及することで、それらの人たちの建築への視座に影響を与えるものとなるかもしれません。
建築の見えない要素を可視化して体験させる
建築では風や構造の力の流れなど見えない要素が大きく関係してきます。そうした要素は建築が実際に建てられたとしても視認することができないものですが、3Dではそれらを可視化できるという点も建築の伝達媒体としては興味深いものがあります。
こうしたシミュレーションは設計の検討過程で利用されていますが、そのシミュレーションを気軽に見ることができるようになれば、建築への目線も変わるのかもしれません。
ex. CFD(風解析のシミュレーションをVRChat上で扱えるようにしたもの)
【Air Flow Cyclone】
— じゃき@邪気眼GPGPUptr (@konchannyan) March 22, 2020
三次元の流体シミュレーションで遊べるワールドをアップロードしたよ!!
VRでベクトル場の中に!
「Cyclone」で検索!
[BGM by ayato sound create]#VRC #VRChat #MadeWithVRChat#Unity #shader #CustomRenderTexture#CFD #LBM #AirFlowhttps://t.co/mQv4MbgxsW pic.twitter.com/N2yBLyhs3R
ex. 構造解析(構造解析結果のシミュレーションをVRChat上で扱えるようにしたもの)
製作途中ですがワールド公開しました
— ArchiveData (@pipi80085) March 16, 2023
FreeCADの構造解析結果をVRChatで体験できます
ジョークでAudioLinkも入れてあります😋
Quest対応!
構造解析 with AudioLink(WIP)https://t.co/wlKBFSMYjr#VRChat_world紹介 #VRChat_quest_world #FreeCAD pic.twitter.com/JLjeg9w4Bs
はたまた、壁が貼られる前の下地や構造躯体、設備に……と建築には表からは見ることが難しい場所が無数に存在しています。そうした要素を可視化する媒体として3Dは扱うことができそうです。
3Dデータの展開可能性
3Dはデータの記述形式さえ揃えば、実際に設計したものからバーチャル空間へと水平展開できる可能性もあります。
物理的な建築は、当たり前ですが、簡単に建てたり壊したりすることができません。だからこそ、様々なパターンを実験して、最適な状態を模索しつつ、設計を進めていきます。その過程には無数の案が存在しています。しかしながら、完成すると実際の建築に目が向くので、それらの案は日の目を浴びなくなります。そうした、実現しなかった様々な案のデータを3Dで体験できるようにすることで、実際の建築への見え方に影響を与える、みたいなこともできるかもしれません。
「もし建物が話せたら、私たちにどのような言葉を語り掛けるのだろうか。」というコンセプトのオムニバス映画『もしも建物が話せたら』。こういう視点での3Dコンテンツも考えられるのかもしれない。
データの展開可能性とは異なりますが、アーティストの原田裕規氏によって制作された「光庭」という作品は、黒川紀章が設計した広島市現代美術館の風景をCGI表現の潮流「ドリームスケープ」と融合させた世界観をCGで描いた室内画です。これは絵画作品のため、3D的な体験ができる訳ではないですが、現実にある建築に対し、表現を付加することで、作品としても成立させつつ、現実の建築への見え方にも影響を与えるようなものになっています。
単に現実を再現するのではなく、現実の建築との関わりを持つ別のあり方を示すことで、現実の建築への視座を変容させていく、そんな3Dのあり方もあり得るかもしれません。
「広義のメイカームーブメント」として
『ファンダムエコノミー入門』では、メタバースは「広義のメイカームーブメント」として語られています。
少なくともEpic Games、Roblox、Decentralandといった現状メタバースに近いといわれている企業がイメージしているのは、プラットフォーム上で消費されるコンテンツを参加者がつくっていくというモデルのはずでして、プラットフォームサイドにとっては、参加者がそのなかで「生産者」になるための機能やツールをどれだけ提供しうるかというところがキモになってくるのだと思います。
メタバースビジネスの本丸は、コンテンツ制作を可能にするレンダリングエンジンなどのデファクトの争いですもんね。こんなものをつくりたい、という欲求をどう叶えていくかという生産手段の民主化の意味では、ファンダムエコノミーは「広義のメイカームーブメント」ともいえそうです。それまでただのDIYとして趣味的な文脈で回収されてきたものが、ユニークなプロダクトをつくる製造業者として立ち現れた流れとも重なります。
メタバースではユーザー自身が「空間」をつくって見せあい、過ごすことが当たり前に行われています。
MineCraftやDecentraland、Robloxのような空間は、企業によって隅々まで構築された空間というより、ユーザーに対して開かれた空間となっています。そこでは消費者と生産者の境界が曖昧で、個々のクリエイターが、自分が面白いと思うものをつくり、消費者はそれを消費します。これはメタバースのなかでも起こることです。わたしたちはメタバースの単なる消費者ではなく、生産者・クリエイターになることができる可能性を秘めています。実際、わたしたち自身が最近消費しているほとんどのエンタテイメントはYoutube上のものです。
わたしはクリエイター・エコノミーの大ファンです。そしてメタバースはその延長線上にさまざまな可能性を秘めています。現在、Youtubeでコンテンツを制作している人たちは、スクリーンに隔てられ明確に視聴者から切り離されています。仮にエンゲージメントのあるライブストリーミングの場合でも、視聴者とは物理的に離れていますが、メタバース上では、10万人のフォロワーがスタジアムに集まって、YouTuberと仮想世界で出会い、その人の話や歌、ギター演奏を聴くことができるようになります。
また、ある人とバーチャルアパレルの話をしているなかで、これはデザインの民主化をもたらすだろうという話が出ました。いまや世界中の誰もがファッションデザイナーになれるのです。これは素晴らしいことです。もし、世界のどこにいようと、ある若者が新しいアパレルのビジョンを抱いたら、彼/彼女は、メタバースのなかでそれをつくり、販売し、世界に知らしめることができるのです。
メイカームーブメント自体は、FabLabなどの活動を始めとして、世の中に普及した雰囲気はあります。
かつてのメイカームーブメントは「3Dプリンター」など現実の「もの」づくりが主な対象でした。それに対して、メタバースでは「空間」をそのまま共有(見せる)することができます。そして、そのままその空間で交流しコミュニティを育むこともできます。
こうした「つくる」と「交流する場」がセットになって、存在していることは、かつてのメイカームーブメントと違う在りようであり、これが生み出す世界観がどのようになっていくのかは興味深いものがあります。
ツールの共通性
メタバースでの創作はUnityやUnreal Engine、Blenderなど無料で使えるツールが出てきていることも強く影響しています。ソーシャルVR(メタバース)の代表的なプラットフォームであるVRChatやclusterなどはUnityを使って空間やアバターを制作します。また、Fortniteを運営するEpicGamesはUnreal Engineを買収し、Unreal Editor for FortniteというFortniteのコンテンツがつくれるツールを提供しています。
UnityやUnreal Engineはもともとは普通に売られているようなゲームを制作するための「ゲームエンジン」と呼ばれるツールです。「ゲームエンジン」というツールが共通の制作基盤になるということは、これまで分断されてきたさまざまな業界がクロスする可能性も高めるのではないかと思います(二分しているとも言えますが)。先述したように3Dの記述形式が共通することで、モノと情報が重なる共通基盤として東京大学生産技術研究所 特任教授の豊田啓介氏が提唱する「コモングラウンド」のような存在の現実的な可能性が増していくのではないかと思います。
ソーシャルVR(メタバース)の創作は関わりしろが大きい
ソーシャルVR(メタバース)では「ワールド」と呼ばれる3DCG空間によって構成されており、その空間はCGモデリングやサウンド、レベルデザイン、体験設計、シェーダー、エフェクト……といった様々な技術が統合されることで実現するものとなっています。いわば3Dの総合格闘技的な様相を呈しています。
ワールドのこうした性質は、まったく異なるスキルを持つクリエイター同士にある種強制的に共通言語をもたらすものとなっています。そのため、ソーシャルVR(メタバース)では技術の分かち合いが積極的に行われている印象があります(建築の世界ではあまり見かけなかったのですが、エンジニアや3DCGの世界で行われている知見共有の文化が影響しているのかもしれません)。
そのように関わりしろが大きく、様々なスキルの人が健全に協力し合っている状況に、建築の世界からも関わるようになれば、面白いことが起きそうです。実際に建築の世界からソーシャルVR(メタバース)の世界で活動し、色々なクリエイターと協働する人も出てきています。
「インディー空間」の誕生
Pixivではイラスト、SoundCloudでは音楽、Steamではゲームのように、プラットフォームの登場によって特定のジャンルに対してインディー的な空間が発生しています。
こうしたインディー的な立ち位置がそのジャンル全体の熱量を上げることに貢献しているのではないかと思います。それに対して、直接的に人命にかかわる建築(空間)は、必然的に未経験者や無資格者がラフに空間をつくることができませんでした(DIYなどの分野はありますが)。
ですが、ソーシャルVR(メタバース)に存在するワールドの数々は、ある意味では「インディー空間」とでも呼べるものになっているのではないかと思います。現実の建築はどうしても物理的・法的・環境的、様々な側面からの制約があります。その中で考えるからこそ生まれる創造性もありますが、そうではない前提から考えられた空間に別の可能性があることは想像できます。ワールドには、そのような可能性が秘められており、それが現実の建築の考え方に影響を及ぼすことももしかしたらあるかもしれません。
コミュニティ・場の運営の実践の蓄積
昨今の街づくりではトップダウンの計画ではなく、「タクティカル・アーバニズム」のような個々人の活動からボトムアップ的に構築していくプロセスが注目されています。パブリックスペースや不動産・営みの文脈でも、個人が小さく始めることが奨励されています。
https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761527693/
一方で、リアルの場の運営はどれだけ小さく始めたとしても何らかのコストは伴います。それに対してソーシャルVR(メタバース)でコミュニティ・場の運営を行うことはリスクを限りなく低く始めることができると言えます(もちろん色々な苦労はあると思いますが)。
オンライン上でのコミュニティの運営という観点では、mixiやDiscordなど様々に行われてきましたが、ソーシャルVR(メタバース)上で行われるそれは、「場(=3次元の空間)」がセットであることが大きなポイントになると思います。実際のパブリックスペースでも、建築家などではなく運営者が室内の家具のレイアウト変えたり……など小さな実践を積み重ねていくことで、場のあり方をチューニングしていくと思います。ある意味では、運営者は「空間をつくる存在」と言えます。
ソーシャルVR(メタバース)もバーチャル「空間」が伴うことで、近いことができると言えるのではないかと思います。そして、そこで得た経験を、リアルの場の運営に生かすこともできるかもしれません。
とりあえずざーっと書いてみました。ここで書かれていることをベースに考えを深化させていきたいですね。
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