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越前酒乃店はやし/林 宏憲さん(酒販店4代目)

飲食店開業のキーマンとなる方にインタビューする「つなぐ人」。福井県での開業準備で心がけることや土地ならではの魅力について、さまざまな分野の方に教わります。今回ご紹介する林 宏憲さんは、明治時代創業『越前酒乃店はやし』の4代目。全国各地の酒造りの現場に足を運び、その様子を肌で感じることで「瓶の奥に見える風景」を伝えることを大切にしています。自身も料理人の経歴を持ち、飲食店との関係性も深い林さんに、福井の食についての思いを伺いました。

林 宏憲さん(福井県福井市)/越前酒乃店はやし
明治創業『越前酒乃店はやし』の4代目。高校卒業後は日本料理店等で料理人として働き、25歳で家業へ。ただ酒類を流通させるのではなく、全国各地の生産者を訪ね、酒に込められたストーリーを発信するため、さまざまな試みを形にしていく。2021年11月に移転オープンした『越前酒乃店はやし本店』では、厳選に厳選を重ねたこだわりの酒類を扱い、日本酒やワインなどに合う惣菜も販売するなど、新たな酒との出会いを生み出している。
https://sakenomise.com/

プロフィール

1.「瓶の奥に見える風景」を伝える酒屋を目指して

『越前酒乃店はやし』は曽祖父が越前市に創業した4代続く酒屋です。もともと家業は兄が継ぐ予定でしたが、当時は酒類を扱うコンビニエンスストアやスーパーが増え始めた頃で、先行き不透明な酒販業界を憂いて新たな事業を始めることになったのです。私は高校卒業後、料理の世界に入っていましたが、日本酒が好きだったこともあり、酒と料理を通してその魅力を伝えられたら面白い仕事になるのではないかと、家業を立て直すことを決めました。

この業界に飛び込んでみて感じたのは、仕入れルートを開拓する難しさ。美味しい日本酒であればあるほどその傾向が顕著でした。そのため、時間を見つけては造り手に直接会いに行こうと、全国の蔵元を訪ねるようになりました。実際に酒造りの現場に足を運ぶと、造り手のこだわりや想い、苦労を目の当たりにすることも。酒販店としてただ日本酒を流通させるのではなく、私自身が肌で感じた「瓶の奥に見える風景」を伝えることが使命だと思い、今でも越前酒乃店はやしの大切なポリシーになっています。

厳寒のなかで行われる酒造りの風景(越前酒乃店はやしHPより)

2021年11月には『越前酒乃店はやし本店』としてリニューアルオープンし、今まで以上に酒の魅力を発信できる場所へと生まれ変わりました。日本酒だけでなく焼酎やワインなど全国各地から厳選した酒類を取り揃えており、お客様に愉しんでいただく「その一瞬」のために尽力しています。

リニューアルオープンした『越前酒乃店はやし本店』(越前酒乃店はやしHPより)


2.「語る」ことで新たな食体験を生む

うちでは飲食店向けに酒のセレクトもお手伝いしており、実際に料理を食べ、料理の考え方や方向性を詳しく聞きながらペアリングをご提案しています。全国各地には素晴らしい酒がありますが、北陸では扱いがないため、まだ知られていないものも数多くあるんです。そのため、料理人と一緒に蔵元を回ったり、県外の造り手に来てもらってセミナーを開いたりなど、ともに学ぶ機会も積極的に作るようにしていますね。最適な保管方法や提供温度など、酒の知識が深められますし、料理人のみなさんにも「瓶の奥に見える風景」を感じていただくことで、新たな料理のヒントにつながればと思っています。

100蔵ほどの選び抜かれた日本酒や焼酎、ワインなどがラインナップ(越前酒乃店はやしHPより)

私自身も全国各地の店に食べに行きますが、「美味しい」以上の感動を与えるには、良い食材や酒を扱うだけではなく、その背景を語れることが大変重要だと思っています。例えば、永平寺町にある黒龍酒造の大吟醸「しずく」は、福井の冬の味覚「越前がに」に合わせるために造られた日本酒なのですが、ただ「越前がにに合うお酒です」と出すだけではもったいない。

実は永平寺町を流れる九頭竜川は、昔雨が降ると黒く濁る暴れ川だったことから「黒龍(クツレウ)川」と呼ばれ、黒龍酒造の由来となっています。九頭竜川の河口は越前がにが獲れる三国港につながっており、越前がにも九頭竜川の源流の水によって育まれてきました。黒龍の酒と越前がにが「九頭竜川」というキーワードを通してつながっている。そう聞くと、より食事が印象深くなり、味わいが増すと思いませんか? 料理の説明だけでなく風土や歴史を織りまぜた物語を語れる店が福井にも増えると、県外の人たちを魅了する食体験を提供できるのではないかと思っています。


3.飲食店でしか生まれない価値とは

人はなぜお店に足を運んで食事をするのか。それは空腹を満たすだけではなく、お店でだけでしか生まれない価値がたくさんあるからだと思っています。福井県は全国的にも外食率が低いといわれていますが、普段は家で食事することが多くても、例えば記念日や県外からの来訪者など、人が動けば外食する頻度が上がっていくはず。そういう意味では交通の弁が良くなる北陸新幹線の延伸は大きなチャンスだと思っています。

福井を「食のまち」にするには、ここでしか食べられない料理を出すことが大切。居酒屋は数多くあれど、専門性を突き詰めて尖った店は福井にはまだまだ少ないので、「この料理が食べたいから、この酒が飲みたいからこのレストランに行きたい!」と思わせるコンセプトを持った店こそ、開業の大きなヒントになるのではないでしょうか。個人的には福井に根付いてきた発酵食など興味がありますね。「へしこ」などは有名ですが、一部の地域でしか作られていない「なれずし」など、まだまだ知られていない料理もあるんですよ。

開業はゴールではなく、そこからがスタート。私も料理人として歩んできた期間があったので、食の世界に身を置く大変さはよくわかります。働く時間は長いし体力的にもキツい。しかし、それを上回る料理を作る喜びがあるからこそ、続けられるのだと思います。福井の食のこれからのためにも、我々がこれまで培ってきたネットワークを活かして、志の高い料理人を全力で応援したいですね。(取材日:2022年6月/石原藍)

つなぐ人ーアーカイブ
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