配偶者控除で優遇されているのは主婦ではありません
配偶者控除という制度をざっくり表現すると「妻の年収が低いと夫が税金をまけてもらえる」&「妻の年収が低いと妻の所得税や社会保険料がかからない」制度と言えるかと思います。
(妻が夫を扶養している世帯もあることは承知していますが、説明を簡単にするため、この文章では納税者=夫、被扶養者=妻と表現することをご容赦ください)
この「年収が低い」認定のボーダーラインが103万とか130万とかなので、「103万の壁」「130万の壁」と言ったりしています。
この制度の廃止をめぐる議論で、よく「主婦」対「共働き」の対立構造で語られていますが、はたして優遇されているのは本当に主婦なのでしょうか?
「人妻募集」の怪
昔、通っていた大学の近所にあった飲食店に「人妻募集」と書かれた求人の貼り紙が出ていたことがあります。
べつにいかがわしいお店などではなく、ごく普通の定食屋さんだったので、仲間内では「どれだけ淫靡な定食出すんだよ?」などと笑い話になっていましたが。
もちろんお店の意図していた「人妻募集」はこんな意味でしょう。
・食べていけるだけの賃金を払うつもりはない
・社会保険に加入させない
・昇進も昇給もない
・必要な時だけ来てほしい、要らなくなったら辞めてほしい
これほどあからさまに表現しないだけで、事実上「人妻募集」の求人は現在でもたくさんあります。
私の属する図書館業界でも「人妻募集」だらけです。
たいてい「10時から16時、週3日勤務」とか「土曜のみ」とか「夜間のみ」の求人で、時給は最低賃金程度です。
業務上の必然性とはまったく関係がなく(だって図書館は週6日終日開館しているわけですから)、ひたすら「人件費削減」「社会保険料逃れ」が目的です。
そう都合よく「人妻」が集まるわけもないので、実際はぜんぜん「人妻」ではない(誰からも扶養されていない)人も多く、食べていけないので他の仕事を掛け持ちしています。
何が問題なのか
企業間の不公平
大量の扶養内パートを低賃金で働かせ、社会保険料負担を免れている企業がある一方で、真面目に従業員全員を社会保険に加入させ、自活できるだけの賃金を支払っている企業は負担が重くなってしまいます。
本来、雇用主は従業員を社会保険に加入させる義務があります。
主婦であろうがなかろうが、ケガや病気のリスク・老後働けなくなるリスクは平等に発生するわけで、従業員数だの所定労働時間だのと抜け道を作って社会保険非加入雇用を認める現在の制度がそもそもおかしいです。
たとえば車を買ったら、自賠責保険加入と車検が義務付けられていますよね。「うちは中小企業だから」とか「週に18時間しか乗らないから」などという言い訳は効きません。事故を起こすリスクがあるからです。
食べていけない賃金で、社会保険に加入させず人を雇うことは、従業員のメンテナンス費用を他人様に負担させているのと同じです。
求職者間の不公平
配偶者控除は、とくに非正規の現場で問題になります。
生活のかかっている人とかかっていない人が同じ労働市場で仕事を奪い合うことになり、その結果、扶養内主婦前提の賃金水準に引きずられて、生活のかかっている人が命に関わる困窮に陥るおそれがあるからです。
試しに年収100万円・社会保険非加入での一人暮らしを想像してみましょう。月当たり8万3千円程度となり、生活保護の基準となる最低生活費を下回るので、どう考えても無理です。保険証がないので病気になったら終わりで、それが嫌なら国民健康保険料を自腹で支払わなければなりません。
「そんな仕事しなきゃいいだろ」と思うかもしれません。
ただ企業の立場からしたら「最低賃金で年収100万円・社会保険加入しなくてかまいません!」というパートさん2人が確保できるお得な状況で「生活がかかっているのでフルタイム勤務で社会保険に加入したい。時給ももっと上げてほしい」という人を雇うでしょうか。
そもそも求人条件が「人妻募集」状態である時点で、応募はあきらめるしかありません。
実際、私が図書館スタッフの求人情報を見ていても「1日6時間?週3日?どうやって食べていけと?」というようなものばかりで、たまにフルタイムで長期の求人があると司書資格のある人が殺到するのでとても狭き門になります。
男性間の不公平
さらに、所得税が安くなる夫の立場で考えてみましょう。
A夫さんとB夫さんは同じ会社で同じ仕事、年収も同じです。
結婚後、A夫さんは「家事育児はきっちり半分やるから!」と妻A子さんにフルタイムで仕事を続けてもらい、一方B夫さんは「家事育児は任せるから!」と妻B子さんにパートになってもらいました。
その結果、A子さんは年収200万円、B子さんは年収100万円となり、B夫さん一家だけが配偶者控除の対象となります。
家事育児をがんばるA夫さんは税金が安くならず、家事育児は丸投げのB夫さんは税金が安くなります。
世帯年収としてはA夫さん一家が100万円多くなりますが、夫婦ともに税金と社会保険料が容赦なく引かれるので手取りの差額は100万円より大幅に小さくなるでしょう。
また、仕事と家事育児の両立に苦労するA夫さんより、仕事だけに専念できるB夫さんのほうが出世していくかもしれません。
この状況で「よし家事育児をがんばって、妻がフルタイム働けるようにサポートしよう!」と思う男性がどれだけいるでしょうか。
もしA子さんが看護師などのエッセンシャルワーカーだとしたら、A夫さんは貴重な人材の確保に貢献したことになりますが、そうした「内助の功」もまったく評価されません。
優遇されているのは誰なのか
扶養内パートというハードモード
前項で登場したB子さんがこの制度の鍵となる「扶養内パート主婦」に該当しますが、優遇されているのは本当にB子さんでしょうか。
「育児や介護をしながら年収100万円のパート主婦」という立場は、労働者としても主婦としてもかなり不利なものです。
最低賃金を時給1000円として、100万円稼ぐためには年間1000時間働かねばなりません。月当たりで83時間くらいで、たぶん「10時から16時まで、週3日」みたいなシフトになると思いますが、けっこうな拘束時間です。しかも6時間以下の勤務では休憩を与える義務はないので昼休みもなく立ちっぱなしで6時間働いたり、場合によっては交通費も支給されなかったり、フルタイムが受けている研修も受けさせてもらえなかったり、短期の雇用で有給もつかなかったり、雇用保険に入れないので雇い止めに遭っても失業給付も出なかったり、ということが少なくありません。
そこまでして働いても「どうせパートだろ」ということで、家では家事育児の大半を負わされ、そのことで夫に不満を抱いても年収100万円では離婚もままなりません。
(うがった見方をすれば、配偶者控除の目的は「サラリーマンに『逃げられない妻』を確保する」ことだという仮説も成り立ちます。育児支援だとしたら、子どものいない世帯にまで適用されることの説明がつかないからです)
中小企業の問題なのか
パートの社会保険拡大だとか、最低賃金引き上げだとか言うとすぐ困った顔の町工場の社長さんが出てきて「うちみたいな中小企業ではとてもとても…」と嘆くイメージがありますが、だまされてはいけません。
現実には従業員500人以上の大企業も大量の扶養内パートを雇用し、社会保険料負担を免れています。さらに見逃せないのが図書館を含む官公庁や自治体といった官製ワーキングプア製造元と、大学などの教育機関です。
中小企業の経営者がたいへんだとしても、それは主婦パートを無保険で買いたたくことで救済する筋合いではありません。
大企業にきちんと社会保険料を負担させたうえで、中小企業の社会保険加入コストを助成すれば済むことです。
結局、優遇されているのは誰なのか
優遇の対象は、
・フルタイム働けない人の弱みに付けこみ、無保険で買いたたく雇用主
・家事育児の負担を主婦に集中させる配偶者
ではないでしょうか。
一方で不利益をうけるのは、
・独身で自活する非正規労働者
・従業員全員を社会保険に加入させる雇用主
・家事育児を分担して妻の仕事を応援する男性
といったところでしょうか。
育児や介護をする人に報いるために
もちろん、扶養内パート主婦自身からも配偶者控除を望む声があることはわかっています。実際育児や介護をしながら働くのはたいへんなことです。
ただ、それならむしろ「扶養する配偶者の税金を安くする」などという回りくどい方法ではなく、育児や介護する本人にお金をあげるのはどうでしょうか。
前に挙げた例のA・B家なら、育児をしているB子さんに育児手当が支給されます。そのかわりB夫さんの税金は安くなりません。年収にかかわらず子ども一人当たり同額が支給されるので、A夫さんとA子さんには半額ずつ支給されます。
(子どもや要介護者には「育児者」「介護者」を登録することになります)
育児をすれば育児手当。
介護をすれば介護手当。
病気になれば傷病手当。
仕事を失えば失業手当。
といった具合に配偶者ではなく本人にお金をあげるほうがシンプルで平等です。年収に関係なくもらえるので働き損にもなりません。
育児や介護は終わった後も年収が低くなりがちなことを考えると、退役軍人の軍人恩給みたいな要領で「育児者年金」「介護者年金」として将来の年金額に上乗せしてもいいかもしれません。
「何の理由もないけど働かない」のはもちろん自由ですが、とくに優遇はしなくていいでしょう。
配偶者控除は廃止。扶養する配偶者の税金は控除しない。
働く人は誰もが一人前の職業人として、無条件で社会保険に加入し、収入に応じて税金も払ってもらう。
そのかわり育児手当や介護手当として、本人にお金をあげる。
これが一番公平で、育児や介護をする人の支援にもなると思うのです。
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