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"仕事のできるエンジニアしかいらない"という怖い世界
ぼくはAmazonのシアトル本社でセールの機能を開発している。Amazonでお買い物をしていると「30%引き」や「20%オフ」のようなディスカウントを発見して喜んでくださっている方もいると思うけれど、あのディスカウントを提供する仕組み自体が一つの大きなプロダクト(システムと言ってもいいかな)になっている。そしてそれを支えるためにシアトル、バンクーバー、ベルリン、バンガロールにまたがるグローバルなチームによって開発・管理している。
そんなわけでぼくはPM (プロダクト・マネージャー) として日々セール機能に関するプロジェクトを回している。たくさんの刺激的で興味深いプロジェクトに恵まれてきたわけだけど、その中で一つとても記憶に残るプロジェクトがあった。
それは「定期おトク便」に関するものだ。定期おトク便というのは、平たくいうと日頃からリピートして買う商品(例えば飲料水や洗剤のような日用品)について定期購読をしていただければ最初の購入時に割引しますよというものだ。お客さんからすればディスカウントをもらえるからお得なわけだし、商品を提供している側からすると定期的に買ってもらえるようになるので嬉しいというわけだ。
プロジェクトの趣旨はこの定期おトク便をほぼすべてのメーカーさん・セラーさんが提供できるようにするというものだった。というのもそれまではAmazonと直接取引のある一部のお取引先様しか使えない機能だったからだ。こう書くと簡単そうなプロジェクトに聞こえるかもしれないけれど、裏側ではいろんな理由で一から新しいシステムを作ることになったので、それはまあ巨大なプロジェクトだったというわけだ。
まさかこのタイミングで!
ぼくは途中からこのプロジェクトにアサインされた。目標のリリース日まではあと3ヶ月しかない。ぜんぜん時間がない。どうしよう。
「どうやって今いるメンバーでやりくりするか」ということがが喫緊の課題だった。
これまでの記事でも折に触れて書いてきたけれど、一緒に働いている6人のエンジニアはとても若い。大学や大学院を卒業したばかりのフレッシュなエンジニアがほとんどで、最年長でも「最近30歳になりましたー」と言ってる輩がひとりいるというくらいのものだ。プロダクトが全世界にもたらすとんでもないビジネスインパクトを考えると、まあよくもこんな若い子達で開発しているよなとつくづく思う。
ぼくが一緒に働いているエンジニアチームに、ゴボウくんというエンジニアがいた。もちろんゴボウくんというのは仮名だけど、その仮名で話を進めることにしよう(ちなみにぼくのNoteでは仮名を使いたいときに野菜の名前を使うようにしているだけなので特段深い意味はありません)。
まだ大学を卒業して半年も経たないゴボウくん。背丈が低くこじんまりとした出立ちの彼は大学からアメリカに留学してきたインド人。くりくりの天然パーマにまんまるのフレームの黒メガネがトレードマークだ。
ゴボウくんは気のいいやつなんだけど、ちょっと抜けているところがあった。大事な話をちゃんと聞いていなかったり、一度説明されたことを周りのエンジニアに度々質問したりするクセがあった。そういった振る舞いは他のキレキレのエンジニアからすると目がつくようだったし、ぼくから見ても「若干足を引っ張ってるよな」と認めざるをえないところがあった。それでも大学を出てまだ半年も経っていないわけで「成長段階」とぼくなんかは思っていたわけだ。
でもそんなある日のこと。毎日やっている進捗確認ミーティングに参加するとあることに気づいた。
ゴボウくんがいない。あれっと思って、ぼくは彼の直接のマネジャーを務めるニシャに聞いてみた。どうでもいいけど彼女もゴボウくんと同じインド人で経験豊富な女性のエンジニアリング・マネージャー。
ゴボウくん、風邪でも引いた?大丈夫かな?
すると返ってきたのは衝撃の一言だった。
実は…ゴボウくんはパフォーマンスが低いからプロジェクトから外れることになったの。
そんなバカな!
確かにゴボウくんは周りに迷惑をかけている節はあった。それでも直近で大事な機能をリリースすることに大きく貢献していた。時間はかかったけどちゃんと成果を出した姿をこの目で見ていた。
彼はまだ大学を卒業したばかりの新人だぞ?若手って仕事が一人前に出来るようになるまで時間がかかるものでしょ?
そしてなによりも彼が抜けてもらっては困る。プロダクトのリリース日まであと3ヶ月しかない。6人しかエンジニアがいないのに、そのうちの1人が抜けるなんてあんまりだ。
ぼくはプロジェクトに責任を持つPMとして「ここは立ち上がらなければ」と奮起した。そしてぼくのマネジャーのリサの元へと駆け寄ったのだ。
リサからの回答
テクノロジー業界で20年以上もエンジニア、そしてそのマネージャーとして活躍してきたリサはいつも通り落ち着いている。シルバー色の髪は肩までかかっていて、品のいい黒縁メガネがきらりと光っている。
ぼくはリサとの1対1のミーティングでまくしたてるように言った。
ゴボウくんが今プロジェクトから抜けられるのは困るよ!なんとかしてよ!
ただでさえ人がいなくてカツカツなのにこんな無茶だよ。確かにゴボウくんは周りのエンジニアに比べたらちょっと足を引っ張っていたかもしれないけれど、それでもちゃんとアウトプットは出していたんだから。
いつも通り静かに話を聞きながら、リサはこう言った。
足を引っ張るエンジニアが一人でもいるとチーム全体のパフォーマンスが下がるの。ゴボウくんの周りのエンジニアはもう私にも不満を漏らしているからこれは早めに手を打たないと。
だいじょうぶ、私を信じて。仕事があんまり出来ないエンジニアがいなくなると驚くぐらいチームが機能するから。
ぼくはこれを聞いた時に半信半疑…いや200%疑っていた。そんなわけないだろうと。今は猫の手でも借りたいようなシチュエーションであることはみんな分かっているじゃん?とムキになっていた。
それでもこれ以上この件に時間をかける余裕はぼくにはなかった。
どれどれ、リサが言ってることが本当か見届けようじゃないか。ぼくはそう渋々ながら自分を納得させて仕事に戻った。
"仕事が出来るエンジニアしかいらない"という怖い世界
それから1週間も経たず…
ほんとうに驚くようなことが起こった。ゴボウくんが抜けた後、明らかに一人ひとりのエンジニアがイキイキとし始めたのだ。
まず分かりやすい例で言うとミーティングの時間が減った。今までは毎日の進捗確認ミーティングでもゴボウくんに何度も説明する時間が必要があったがそれがなくなった。またゴボウくんをフォローするためにしていた臨時ミーティングも綺麗さっぱりなくなった。元々いた有能なエンジニアたちは自分の仕事に集中できている様子が手に取るように分かった。しかもゴボウくんが抜けた穴を埋めるべく、一人一人の仕事量は増えたにも関わらずである。不思議なことに"出来るエンジニア"しかいなくなった今、チームには出来るもの同士の強い連帯感のようなものも生まれていた。
結果は火を見るより明らかだった。定期おトク便のプロジェクトは大成功した。あれだけ手こずっていてギリギリ間に合うかという具合だったのに、期日まで鮮やかにプロダクトをリリースする運びとなった。お偉いさんからも称賛の嵐だった。
ぼくはプロジェクトが成功してふーっと一息着くかたわらで、苦虫を潰したようななんとも言えない気分になった。
リサは完全に正しかったのだ。人数が多いことはそんなに大事ではない。「仕事が出来るエンジニアがいる」ということが大事なのであり、「仕事が出来ないエンジニアがいない」ということが大事なのだ。
これはとてもとても厳しい学びだ。「みんな違ってみんないい」では通らないこの厳しい競争社会の現実を見たようだった。
すべてのエンジニアチームがこうあるべき、とはぜんぜん思わない。いろんな形があっていいと思う。
そしてこれはあくまでぼくの個人的な経験に基づく、個人的な考えに過ぎない。だからぼくの職場がぜんぶこうだと言う気もサラサラない。
それでもぼくが今いるような世界でトップのエンジニアチームを作る上で、このような厳しい競争が必要なのかもしれない。そう思わざるを得ない出来事なのでした。
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今日はそんなところですね。ここまで読んでくださりありがとうございました。
旅先のボストンにて。海の近くをテクテクと散歩しながら。
それではどうも。お疲れたまねぎでした!
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