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ブルックリン旅行記 -ジャズクラブあっちこっち巡り-

それはひとつの疑問から始まった。

ブルックリンにも良いジャズクラブはあるんだろうか?

ぼくはジャズが好きで、もっというとジャズクラブを巡るのがとても好きだ。その趣味が高じて、これまでジャズの本場ニューヨークのジャズクラブをいくつもハシゴしてきた。ヴィレッジ・ヴァンガード、ブルーノートなどの伝説的なジャズクラブに足を運んできたわけで、それについては『ニューヨーク旅行記 ジャズクラブあっちこっち巡り その1, 2, 3』に書き連ねてきた。前回の記事を書いたところで大枠はカバー出来たかなとほっと一息ついたところでもあった。

でも好奇心というのはおそろしいもの。ニューヨークにこれだけ素晴らしいジャズの文化があるのなら、お隣のブルックリンにもディープなジャズがあるんじゃないだろうか。そう想像してしまう自分がいた。

その仮説は間違いなく当たっていた。というか想像をはるかに凌ぐディープな世界がここにはあった。それこそぼくがブルックリンのジャズクラブをあっちこっち巡った先にたどり着いた結論だ。

そんなわけで。

今回はブルックリンで訪れた3つのジャズクラブについて書いていきます。Ornithology Jazz Club、St. Mazie Bar & Supper Club、BrownstoneJAZZ --- 思い出しただけであの鳴り止まないジャズ・セッションが頭の中で聴こえてくるよう。

お茶でも飲みながら(もしくはお酒でも飲みながら)読んでいただけたら嬉しい限りです。それでは行ってみましょう。

Ornithology Jazz Club

ブルックリンの街角で異彩を放つヒップな空間。このOrnithology Jazz Club (オーニソロジー・ジャズ・クラブ)は一目見ただけで、いわゆる普通の"ジャズクラブ"とは一線を画するものであることが分かる。お世辞にも治安が良いようには見えないし、綺麗な場所にも見えない。でも店の前でリラックスをしながら談笑しているお客さんたちの様子を見るにどこかフレンドリーで馴染みやすさも感じられる。近づきたいような、近づきたくないような。そんな不思議な魅力がお店に入る前から伝わってくる。

外見からしてなにかが違う

ここはジャズクラブとカフェ (Cafe Ornithology) が隣り合わせにあるという面白い構造になっている。お客さんもこの二つの併設されたお店を行き来しているようだ。どちらも生のジャズ演奏を楽しむことができるが、前者がよりバーっぽくなっていて、後者はご飯も食べられるお洒落なカフェになっている。

ぼくは真っ先にジャズクラブの方へと進む。グリーン色のドアの前ではお客さんが5-6人並んでいる。人気のようだ。なぜかここで既にガットギターを演奏している輩もいる。なんて自由なんだと思いつつ、この時点でもうカッコいいなとニヤニヤしてしまう自分もいる。一体中はどうなっているのだろうか。期待に胸を膨らませながらドアの先へ。

ジャズクラブの入り口

こーーーれは相当ドープな世界だ。店内に足を踏み入れた瞬間にその衝撃にガツンとやられる。

ぼやっと光るオレンジ色の照明。店内は仄暗い。アフリカンテイストな装飾品が部屋のあちこちにあり、ここがジャズの空間ということもあってかマイルス・デイビスの『ビッチズ・ブルー』のアルバムジャケットを思い出す。くたっとしたスピーカーからは(もちろん)ジャズが流れている。温かくてすこし土臭いの音が堪らない。おそらくソニー・スティットのアルバムを流していてそのセレクションも文句の付けようがない。

味わい深い場所だ。とはいえ、どう形容してもここはカチッとしたジャズクラブからは程遠いと言わざるを得ない。というか、目前に広がるのは「だだっ広い場末のバー」といった方がよっぽどしっくり来るように思えるのだけど。

多様な人々が多様なファッションに身を包んでいる
バーカウンターは映画の撮影にも使えそうな雰囲気
演奏前の店内は既に活気で満ちている

店内はまあまあ混んでいた。どこかアットホームな空気で、地元の人が友達を連れて一杯ひっかけに来ているようにも見える。ニューヨークのジャズ・クラブで時折感じた"観光地感"はここにはない。そしてそれがとても心地良かったりする。

ぼーっとここに集まった多様な人々を眺めていると程なくして演奏が始まった。サックス、ピアノ、ベース、ドラムのカルテットによる演奏。どのミュージシャンの名前も知らない。ブルックリンの地元のミュージシャンなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

カルテットによる凄まじい演奏

一体なんだこれは。

めちゃめちゃ音がいい。どうしてこの掘っ建て小屋みたいなところでこんなにソウルフルな音が出るんだ。なんといってもサックスの音。少しリヴァーブがかかってて残響音すら聞こえる。この状態でジョン・コルトレーンを思わせる攻撃的なフレーズをこれでもかと繰り出してくるわけだから堪ったものではない。期待をいい意味で裏切る音圧に思わず体をのけぞってしまう。

ステージというステージはない。バーのど真ん中のスペースにミュージシャンがさっと現れて音を鳴らす。でもそのクールな様からは想像も出来ないほどのホットな演奏。

ぼくは一発でこのジャズ・クラブが大好きになってしまった。一通り演奏を聴き終えて次の店に向かう頃には「また必ず来よう」と固く胸に誓う。

帰り際に隣のお店「Cafe Ornithology」に寄る。長くなるので多くは書かないけれど、このカフェの方もまた一味違った独特の世界観がある。こちらの方がより親しみやすい。こちらのカルテットの演奏も心がじわっとするなかなかのものだった。

なんなんだ、ここは。ニューヨークのジャズクラブとはなにかが違うぞ。

心の底から湧き上がるワクワクを感じながら次の店へと向かう。

ジャズクラブもカフェも両方とても素晴らしい場所だった

St. Mazie Bar & Supper Club

ブルックリンのウィリアムズバーグと言えば若者に人気なトレンディーなエリア。おしゃれなカフェ・レストラン、もしくは服屋さんが連なるこのウィリアムズバーグにあるのがSt. Mazie Bar & Supper Club (セント・メイジー・バー・アンド・スーパー・クラブ)。夜も深まった時間に店内へと足を踏み入れる。

開放的で明るい入り口

縦に細長いちょっと歪(いびつ)なデザインの店だ。室内は極限までに暗く、ランプの光がそれぞれのテーブルで震えるように揺れている。金曜の夜ということもあってか中はたくさんの人で溢れていた。お客さんは襟付きの白いシャツや黒いドレスに身を包んでいる人も多くお洒落でカッコいい。

ワインやカクテルを飲みながらガヤガヤと喋っている様子を見るに、音楽を聴く場所というよりは"社交の場"という印象を受ける。この光景を見ているとウディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』を思い出す。脚本家のギルは深夜のパリの街をほろ酔いで彷徨っているうちに1920年代のパリにタイムスリップする。そして真夜中のパリで開かれるパティーへと誘われ、そこでピカソやヘミングウェイと出会う…。

ぼくはあのシーンが大好きだ。一度映画のことを思い出すと想像が膨らむ。実際こういう薄暗い店内で(理由はともかく)ピカソとばったり会ったとする。そんなとき一体自分なら何の話をするだろうか?

「…あのーーー絵ヤバいっすね!ピカソさんの。むっちゃファンっす!」

そんなことを言ったらきっと怒られるだろう。いくらテンパって言うことが思い浮かばなくても、もう少し気の利いたことを言いたいよな。そんなどうでもいいことをぼやぼやと考えながら待っているうちに演奏が始まった。

ここが1920年代のパリだったらいいのに

この日はジプシージャズっぽい内容。クラシックなヨーロッパを感じさせる独特なリズムにつんざくようなバイオリンの音色が絡み合う。ステージはこぢんまりとしていて小さい。ミュージシャンはしっかりお酒を飲んでいるようで、5人の演者の近くにはウイスキーのロックらしきものがスタンバイしていた。肝心の演奏はと言うと…。

まず顔がカッコいい。ステージに立つミュージシャンの顔がカッコいいのだ。演奏どころじゃない。

イケメンすぎる、特にバイオリニスト

音は迫力があってボリュームも大きい。演奏もタイトで卓越した技術が光る。

ただほぼ誰も聴いてない。観客は大きい音の演奏に張り合うかのように大きな声をあげて喋っている。

ジャカジャカ、ガヤガヤ。演者と観客による音の交戦。なんだか聴いているうちに頭がおかしくなりそう。タイムスリップしてしまいそうだ。ピカソに会えたらいいのになと思う。

それはともかくここは雰囲気は抜群だけどジャズを聴くにはちと物足りないかもしれない。こういうこともある。ガッカリしたりはしない。「どの店もハズレなし」とならないところがジャズクラブ巡りのおもしろいところでもあるのだから。気を取り直して次の店へと向かう。

雰囲気はとても素晴らしいが…
みんなすごくカッコいい、顔が

BrownstoneJAZZ

最後に訪れたこのBrownstoneJAZZ (ブラウンストーン・ジャズ)もクセが強い。というか強すぎた。

ひっそりとした住宅街。アパートの一室。少なくとも外観から判断するにここがジャズクラブと思う人がいるとは到底考えられない。

訝しげにアパートの外で開場を待つ。すると木造のドアがギギギと音を立てて開き、黒いドレスがよく似合う豊満な黒人女性がちょっとだけ体を外に出した。ゴスペルシンガーにいそうな感じ。そんな彼女が「こっちに来い」と人差し指をくいくいとさせている。

どうやら「入ってきな」という合図らしい。なんだか怪しいけれど従うがままに部屋へと踏み入れる。

ここが本当にジャズ演奏を聴くところなの?

なんだここは。

アンティーク調の家具。入口にあるのはチクタクと鳴りそうな古時計。シャンデリア。部屋にはバラの造花のようなものまで飾られている。おじいちゃんやおばあちゃんの家に来たような懐かしい気持ちになる。まるでこの部屋にいること自体が誰かの古ぼけた記憶にすっぽりと入ったような気になる。

これが本当にジャズクラブなの?

ノスタルジックな雰囲気の小さい廊下を先まで進む。すると小さな部屋に辿り着く。

なるほど。深く頷く。確かにこれはジャズクラブというものとは少し異なるものになるのかもしれない。でもここでならディープなジャズが聴けそうだなと納得する自分がいる。

それにしてもこの郷愁を誘う不思議な空間。ちょっと言葉では尽くせない。

古いし、クセも強いけど、不思議な説得力のある空間

会場に入ろうすると「あんた、その格好で入る気?」と意地悪な面持ちを浮かべて先程の黒人女性がぼくに言うではないか。そんなに汚い格好をしていたわけではないけれど、なんとドレスコードがあったようだ。こんなおばあちゃんちみたいな場所にも関わらず、きちんとしたジャケットやドレスを着ている人が優先されるという。まあ、でもそんなところも粋で良いじゃないか。

半分以上のお客さんがドレスコードを知らなかったようで入り口付近でウロウロしていた。カジュアルな格好だと入れないわけではないけれど、前の方には座れないみたい。ぼくは「後ろの方でぜんぜんいいよ」とその女性に伝えて席に深く腰掛ける。

ちなみに隣の男性客がワインを片手に持っている。明らかに持参したものだ。席に着くなりお店の黒人女性が「カップいる」と聞く?「カップいる」と男性は短く返事をする。そして持参したワインのコルクを抜き、もらった紙カップにコクコクと注ぎ出した。

なるほど、そういうシステムなのか。ここはお酒は買えない。飲みたかったら自分で酒ぐらい持ってこいということらしい。なんだかジャズクラブというかホームパーティーにでも来たような気持ちになった。

なにからなにまで不思議な空間だ。

ドレスコードなんてあんの〜?とぼやいている人たちが入り口に見える

会場がお客さんで埋まると古き良きジャズメンの格好をしたミュージシャンが部屋の奥のステージに立つ。

Speak Lowから始まった。ジャズの定番曲の一つだ。

でも音を聴くなり「え?」となった。演奏は渋くてカッコいい。でもどこかスカスカしていて音圧が足りない感じがする。

どうしようもない"部屋鳴り"だった。壁伝いに音がどんどん漏れているのだ。普通のジャズクラブならちゃんと音が室内で反響するようになっていて外に音が漏れないように設計されている。でもここはそんな設計がされているはずもなく、音が部屋の外に逃げてしまっている。マンションの一室で子どもがピアノの練習をしていてその音が隣の部屋まで漏れている、あの感じだ。

でもこれこそがブルックリンで聴きたかったジャズじゃないだろうか、という気もする。「おばあちゃんの家が空いたからそこを改造してジャズやっちゃおうぜ」みたいなDYIなノリ。アーティスティックでクリエイティビティーに満ちている。堅苦しくなく気取ったところが一つもない。これはマンハッタンのジャズクラブにはないものだ。

ミュージシャンはそんなことお構いなしにご機嫌な演奏を続ける。サックスの人がピアノの横の小さな椅子にちょこんと座りながらクールにソロを取る。これがまあカッコいい。こういうおじさんになりたいよ。

演奏はファンキーであり少々過激でもあり、見ていても聴いていても飽きることがない。なんだか心臓を手のひらでギュッと掴まれているような直接的で濃厚な味わい。

部屋の中でジャズはどこまでもスウィングする

2-3曲を終えたところでバンドリーダーとおぼしき黒人のベーシストが『ストレート・ノー・チェイサー』をやると言った。この曲は天才(かつ変人)ピアニストのセロニアス・モンクが作ったブルース曲だ。

白いハットが格好よく決まっているこのベーシストはケラケラと笑いながら「観客に曲名の意味を教えてやってよ〜?」とサックスの男に言う。「へへへ、そんなの分かりきったことじゃね〜か」とこれまたヘラヘラしながら返す。

ご存知の人もいると思うが『ストレート・ノー・チェイサー』とはバーボンやウイスキーなどの強い酒を飲むときに「ストレートでくれ、チェイサー(水)はいらねーよ」ということを意味する言葉だ。そしてこの言葉がここのジャズのすべてを表している。

ここにあるのは、スタバで力なく流れている"おしゃれなBGM"としてのジャズではない。ここにあるのは原液のままのドロドロとしたジャズだ。一口喉に放り込めば、くらっとなってそのままぶっ倒れてしまうような代物だ。まさに「ストレートでくれ、チェイサー(水)はいらねーよ」なジャズがここで鳴っているのだ。

真夜中まで続くジャズセッション

途中からは白人女性のシンガーが入って歌もので盛り上がる。『イパネマの娘』、『枯葉』、『A列車で行こう』といったどストレートなジャズの定番曲が続く。もう何百回と演奏しているような曲だろうけれど、彼らはまるで客前で初めて演奏するかのような新鮮な面持ちをしている。そして心底楽しんでいるようにも見える。

新しいことを試そうというのではなく、ジャズという井戸の深い深いところまで降りていこうとする。そんなふうに見える。

そして誰かの古ぼけた記憶の中のような不思議なこの場所が、そんな試みにピッタリとハマっていることは言うまでもないことだった。



今日はそんなところですね。ここまで読んでくださりありがとうございました。今回の記事が少しでも気に入っていただけたらスキしていただけると嬉しいです。

ブルックリンのジャズクラブを巡る旅、いかがだったでしょうか?独特の「暗さ」と「深さ」のあるジャズが病みつきになるし、マンハッタンのそれと大きく異なるところがとっても興味深いところでした。さて、次はどの街のジャズクラブへと行こうか。そんな想像を巡らす日々でございまする。

それではどうも。お疲れたまねぎでした!

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福原たまねぎ
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