長期経営計画のすすめ Ⅳ 企業戦略_一次長期計画 9.長期要員計画をつくる
1. ケーススタディ
明智「本日の会議のアジェンダは長期要員計画です。先日の長期業績計画にて2030年までの売上計画を策定しましたが、その売上を達成するために何人必要になるか?を、計画していくことになると思います。どのような方法で試算すべきなのか、前山さんより説明をお願いできますか?」
前山「はい、長期経営計画とは、わが社が長期的に実現したい未来、およびその時の事業ポートフォリオを明らかにし、それを実現するための計画です。その計画を達成するには従業員の協力は不可欠です。以前の検討テーマであった「Ⅱ 企業戦略 _ 現状分析 7. 人的資本を分析する」にて議論しましたが、国内生産年齢人口の減少により人材の確保がどんどん厳しくなってきています。」
社長「わが社は人材紹介事業を営んでいるので実感してますね。これから成長性のある新規事業を立ち上げても、人材が確保できずに売上が伸びないという事態も想定できるね。」
専務「その通りだと思います。これから立ち上げる新規事業もそうですが、既存事業でもテクノロジーを活用し、より生産性を高める必要がありますね。」
前山「そこで要員計画をつくる上では、" 一人当たりの限界利益額" に着目して計画策定していきます。現在の水準から長期計画の中で順次増加させていく金額を試算して、全社の限界利益額から必要な人数を割り出します。」
明智「既存事業は試算できそうですが、新規事業の場合はどうすればいいですか?」
前山「新規事業は類似事業を営んでいる上場企業の決算報告書や有価証券報告書を調査してみてください。業種別審査辞典も参考になります。大型図書館に置いてあるケースがあるので確認してみてください。」
社長「人数が試算できると、労務費も試算できるね。これからはますます人材確保が難しくなるから、年収を上げて行かないとね。」
前山「はい、その通りです。" 一人当たりの労務費 " が基準になります。先ほどの一人当たりの限界利益の増加分の中で、一人当たりの労務費を上げていく考え方になります。」
専務「なるほど、単に " 従業員の年収を上げる " ではなく、限界利益と労務費をセットで考えるのですね。」
前山「また長期要員計画をつくる上では、管理職の人数とバックオフィスの人数にも注意が必要です。わが社は2030年に売上100億円を目指します。それには適切なマネジメントが必要であり、最適な人数を配置する必要があります。またバックオフィスは業務の自動化・外注化を推進すると同時に、採用・定着には一定数配置していきましょう!」
(この後も活発な議論が行われ、専務中心に2030年までの全社、事業部およびバックオフィスの要員計画を決定した)
2. 長期要員計画のポイント
長期要員計画の一つ目のポイントは、一人当たりの限界利益額から適正な要員を算出することです。「Ⅳ 企業戦略_一次長期計画 7. 長期業績計画をつくる」において、全社ならびに事業別の売上ならびに限界利益額の計画を策定しています。その金額に対して、従業員一人当たりの限界利益から要員を割り出します。
「 Ⅱ.企業戦略_6. 企業会計を分析する 」において、過去3ヵ年の一人当たりの限界利益額を分析しています。その分析を踏まえて、長期経営計画の期間の中でどのくらい向上させていくかについて計画していきます。本来は事業ごとに、どのような対策を講じてどのくらい向上させるのか、実践的な計画を立てるのですが、このフェーズでは企業戦略として経営陣から「このくらい向上させて欲しい」という意志を示していきます。その上で、今後の事業戦略の構築で検証していく流れになります。
長期要員計画の二つ目のポイントは、一人当たりの労務費を増加させていくことを折り込んで人数を算出することです。近年の国内生産年齢人口の減少が、いよいよ企業にとって重大なリスクとして顕在化してきており、人材の確保がどんどん厳しくなってきています。物価も上昇、最低賃金も上昇する中、一人当たりの労務費を増加させていくことは、人材確保のためには不可欠となっています。しかしながら企業経営において、闇雲に労務費を上げると業績の悪化により企業存続が危ぶまれます。そこで、意識すべきは先ほど紹介した従業員一人当たりの限界利益額です。限界利益額の上昇の範囲内に労務費の上昇を抑えることで、業績のコントロールが可能になります。このコントロールの中で最適な人数を計画していきます。
一人当たりの労務費をどのくらい増加させるかについては、「Ⅱ 企業戦略 _ 現状分析 7. 人的資本を分析する」において分析した自社の賃金水準を踏まえて、長期経営計画の最終年度に実現したい一人当たりの労務費を設計します。最近、離職率の増加や採用困難により早期に労務費を上げる必要がある企業においては、長期経営計画のメリットである長期間で計画できることを活かして計画を立てましょう。直近2年間で大きく上昇させて、その後は少し上昇度合いを落とした計画をつくる、それにより直近2年間では一人当たりの限界利益額の増加以上に労務費が増加するが、それは人への投資と位置付け、業績の一時的な悪化を受け入れ、その後に着実に改善していく計画をつくっていきます。
長期要員計画の三つ目のポイントは、マネジメント要員とバックオフィス要員の最適化です。職種別や階層別の詳細な要員計画の設計は事業戦略の段階で行いますので、企業戦略としては全体要員と事業部・バックオフィス要員の大枠を計画します。
その上で、マネジメント要員は企業戦略として計画することをお勧めします。スパン・オブ・コントロールと言われる管理者1人が直接管理できる部下の人数については企業戦略として設計し、健全に継続的に成長できる基盤を作っていきます。組織を率いて部下を育成し、業績責任を負う管理職になりたくないという人が増えてきています。しかしながら企業成長には管理職は不可欠です。それぞれの企業に応じた最適なスパン・オブ・コントロールを行うことが重要です。
経理や人事などバックオフィス要員についても企業戦略として長期計画を策定していきます。バックオフィス人数の基準となる指標は一般化していません。よってノンコア業務の自動化や外注化には積極的に取り組んでいき、この人しかできないという属人化している業務は無くしていきながら人数は抑えていきましょう。
しかしながら、採用および定着促進の業務については自社の従業員にて、少し多めの人数を配置し、取り組んでいくことをお勧めします。採用コストは増加しており、退職や休職に伴う労力も無視できません。試行錯誤しながら、自社でできることにどんどん挑戦し、その知見を蓄積していくことが長期的な人材確保につながっていきます。
今回は以上となります。次回は「Ⅳ 企業戦略 _ 一次長期計画 10. 長期組織計画をつくる 」について書くつもりです。
【目次(案)】
Ⅰ 方針
1. 目的を決める
2. 期間・更新を決める
3. アウトラインを決める
4. スケジュールを決める
5. 体制を決める
Column 事例を調査する
Ⅱ 企業戦略 _ 現状分析
1. MVVを振り返る
2. 事業構成を分析する
3. コア能力を再認識する
4. メガトレンドを調査する
5. 成長市場を調査する
6. 企業会計を分析する
7. 人的資本を分析する
8. 現状分析のまとめ
Column 長期経営計画は企業戦略でつくる
Ⅲ 事業戦略_ 現状分析
1. 事業業績を分析する
2. 内部環境を分析する
3. 外部環境を分析する
4. 現状分析のまとめ
Column 経営計画の先行研究
Ⅳ 企業戦略 _ 一次長期計画
1. 長期ビジョンを決める
2. 企業ドメインを決める
3. 事業ポートフォリオを決める
4. 成長戦略を構想する
5. 新規事業戦略を決める
6. M&A戦略を決める
7. 長期業績計画をつくる
8. 長期投資計画をつくる
9. 長期要員計画をつくる ←今回
10.長期組織計画をつくる ←次回
11.企業戦略を事業戦略に展開する
12.一次長期計画のまとめ
Column 事業承継に向けた長期経営計画
Ⅴ 事業戦略 _ 中期計画
1. 企業戦略を理解する
2. ミッション・バリューの見直しを検討する
3. 事業ドメインを決める
4. 目指す製品ポートフォリオを決める
5. 成長戦略を決める
6. 売上計画を精緻化する
7. 要員計画を精緻化する
8. 投資計画を精緻化する
9. 損益計画を精緻化する
10. ロードマップ・KPIを決める
11. 事業戦略を企業戦略へフィードバックする
12. 中期計画のまとめ
Ⅵ 企業戦略 _ 長期経営計画
1. 売上計画を確定させる
2. 投資計画を確定させる
3. 要員計画を確定させる
4. 採用計画を確定させる
5. 組織計画を確定させる
6. 人材育成計画を決める
7. 新規事業・M&A計画を決める
8. リスク管理計画を決める
9. IT投資計画を決める
10. 財務三表計画を決める
11. ロードマップ・KPIを決める
12. モニタリング計画を決める
13. コミュニケーションを開始する
14. 長期経営計画のまとめ
Column 社員がワクワクする長期経営計画
最後に私の著書を紹介させてください。(Kindle Unlimited の対象です。)
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