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1 【モンブランのYAMAGUCHI】

今日は顧問先、「モンブランのYAMAGUCHI」で相談の日。
地元では「モンヤマ」と呼ばれる、老舗ケーキ店だ。

オーナー店長1名、正社員3名、パート・アルバイト4名
全部で8名の個人事業。

ここの一押しのケーキは、
もちろん、冠にもなっている「モンブラン」。

いわゆる昔ながらのモンブランだ。
巻かれたマロンクリームは黄金色。

てっぺんに大きな栗がのっている。
これが、180円という今どき奇跡の価格。

よく考えたら、僕が子どもの頃、
ケーキはそのぐらいでも贅沢に思えた。

今では平気で500円、600円、
もう以前なら「ランチかっ!」と思うようなケーキが普通だ。

原材料価格の高騰、最低賃金のアップなどを考えれば、
価格転嫁は当然のことだが、
この時世に、モンヤマの180円モンブランは
本当にありがたい。

相談で訪問するときは、
店長が時間がとりやすい店休日の月曜日だけど、

お土産用にいつもケーキを用意してくれるのが、
ひそかな楽しみだったりする。

月曜日の午後2時、モンヤマを訪問すると、
店長の山口かずみ(やまぐち・かずみ)さんが迎えてくれた。

地元のお店といった感じで、
顔なじみの常連客からは
「かずちゃん」「かずさん」と呼ばれている。

僕も「かず店長」と呼ばせていただいている。
最近、古希を迎えたばかり。

とてもそうは見えない。
いつもパワフルで、まだまだ現役だ。

女性に対して失礼を承知の上で言うと
(かず店長、ごめんなさい)、

ちょっと太めの体形で、
いわゆる昭和の「肝っ玉母さん」と言った感じだ。

まるいお顔が笑ったときは、周囲を一気にあかるくしてくれる。

かず店長の周りには、いつも笑い声がある。

そんな明るいかず店長だが、10年ほど前に、
それまで一緒にお店を経営してきたご主人を亡くされている。

ご主人は、かず店長とは、
まるで正反対の細身の寡黙な方だったらしく、
ひたすらケーキ作りに向き合う人だったらしい。

不慮の交通事故にあってしまい、この世を去った。
地元の新聞にも大きく取り上げられたのを、僕も覚えている。

かず店長は、その時、だいぶ憔悴したらしく、
店を続けようかどうか大分迷ったようだ。

悩みに悩んで、近所の方々からの希望や
息子さんたちの後押しもあって続けることにした。

でも、それから10年経ち、
かず店長自身も、見た目は元気とはいえ70歳。

少しずつ体力の限界も感じつつあることを、
時々、僕にも話して下さる。

後継者がいないことを心配もしていた。

今、店にいらっしゃる、
ベテランのパティシエさんに、
店を譲ることを、それとなく話をしたこともあったらしい。

でも、店舗経営などには興味がないらしく、
そして、「親族が引き継ぐのがよい」と考えているとのこと。

かず店長には、ご子息が2名おられるが、
以前聞いたとき、
長男さんが新聞記者、次男さんがトラックドライバーとのことだった。

ご主人が亡くなった時に、息子たちが一念発起して転職、
彼らが「一からケーキを学んで店を引き継いだ」なんて話であれば
美談だが、そんなに甘い世界ではない。

ドラマのような話は、そうそうあるものではない。

息子さんたちも、すでに定職をもち
安定的な収入により生活基盤があれば、
今の仕事を投げうってまで、家業を継ぐというのはリスクが大きい。

「あやみ先生、いつもすみませんね。
実はね、スタッフの有給休暇の取り方に困っているのよ」

「退職時のまとめ取りとかですか?」

「いや、そうじゃないの。ここ半年ぐらい前から、
ベテランの川南絵美(かわみなみ・えみ)が書き入れ時の日曜日に
有休を取るようになったの。ひと月に2回は必ず取るのよね。」

「他社さんだと、5月や10月、運動会の時期に、
同じ日に、有休を複数名が取得されて困る、なんて話はあります。
モンヤマさんでは、川南さん、お一人が日曜日に有休をとって
困るという話ですね。」

「そうなの。(川南)絵美ちゃんだけなんだけどね。」

「なにか理由はありそうですか?」

「それが分からないの。ケーキ屋にとって日曜日は書き入れ時だから、正直困るのよ。」

「川南さんは、確か10年以上勤めていますよね」

「そう。主人が亡くなってさ、
私が引き継ぐときに入店してくれたの。
もうベテランのパティシエだし、
あたしもさ、気心しれているから、
絵美ちゃんには全幅の信頼を置いているの。
でも絵美ちゃんが日曜日のシフトに入らないとかなり大変。
私と新人のケーキ職人の1名と
二人で全てケーキを作らないといけないのね。
出来なくはないけど、かなり厳しいかな。
現に品切れを起こす商品もちらほらあるの。」

「有休の取得時期を変えてもらう(時季変更)ことを
川南さんに言うことは可能です。
でも一応仕事は回るということなら、
時季変更権の強制力までは難しいです。」

「そうなのね。昨年の今頃、もう1年になるけど、
全国展開のシャレテルーゼさんがウチの近くに出店してきたでしょ。
今はさ、ケーキ屋はどこも、大型店やコンビニスイーツに
お客様を取られて大変なのよ。」

「シャレテルーゼさんが来てからの、モンヤマさんの経営状況は、
社員さんには話しているんですか?」

「お客様は減っているのよね。でも、そこまで深い話はしていないのよ。
社員に変な不安は与えたくなくて。でも、気づくよね」

「僕もなんとなく、シャレテルーゼさんが出店してから、
地元のケーキ屋さんは大変だろうなと思っていましたが、
実際そうなんですね。」

「そうなのよ。本当大変よ。
別にシャレテルーゼさんが悪いとかそんなことではないんだけどね。」

「確かに商売ですからねえ」

「でもさ、やっぱり大型店が近所にくると、
ウチみたいな小さなところは大影響があるのよ。
土日とか、イベントのある日でどうにか
売上を確保しているのが実際のところ。
あと常連さんのおかげかな。」

「川南さんが、有給の時季変更に納得してもらえるかどうかはともかく、
お店の事情と、かず店長の思いを伝えるのが先ですね。
時季変更権云々を言って、上から押さえつけると、
余計に頑なになってしまいますから。
お二人の信頼関係からすると、それは余計な心配かもしれませんが。」

「いやいや、言ってくれてありがとうね。
確かに、頭ごなしに言わないようにしないとね。
こんど絵美ちゃんに言ってみるわ。結果、また知らせるわね」


2【3日後 モンヤマ訪問】

「どうでしたか?反応はいかがでしたか?」

「ダメだったわ。でもお店の事情は分かってもらったわ。
娘さんが、今年から入部した吹奏楽の練習が忙しんだって。
練習会場の送迎なんかも親御さんは大変みたい。」

「そうですか。でも、その理由だったら、
前もって言ってくれてもよさそうな気もしますね。ところで、モンブランを買ってもいいですか?」

「あっ、ありがとうね。
でも、あやみ先生にはお世話になっているから、あげるわよ」

「いやいや、いつも頂いていて申し訳ないので、今日は買わせて下さい。
ケースのこれとこれの2つ。」

「すぐ事務所に戻る?」

「あっ、はい。30分ぐらいです」

「それじゃ、多めの45分ぐらいのドライアイス入れとくわね。
ドライアイスくらいはサービスさせてね」

「ありがとうございます」


3【事務所への帰り、運転中】

運転しながら、僕は考えていた。

「川南さんは、やっぱり日曜日は休まないといけないのかな。」

そもそもの話だが有給休暇は、労働者側の強い権利だ。

休む理由は問わないし、本来会社の許可を要するものではない。

そのため、会社側からの時季変更権の行使は、実際のところ、相当ハードルが高い。

僕も正直なところ知識として知っている程度だ。

会社業務を停滞させることを目的に集団で不当に有給を使うとか、常識的にも「それなら時季変更権は使われて当然だよね」と思えるぐらい従業員の行為が悪質でないと難しいだろう

中小企業で「有給を使う、使わない」の争いが、裁判までなるかと言ったら、それはない。

おそらく、会社側はしぶしぶ了承するだろうし、一個人の有給取得が、会社経営を揺るがすような事態になることはない。

とはいっても、今回の場合、仕事はなんとか回っているとはいえ、職場に影響が出ている。実際の労働問題とは、職場のいざこざ以上、裁判未満みたいなものがほとんどなのだ。今回もそうだ。

川南さんが書き入れ時の日曜日に有休を使う。それは権利としては有効だが、職場としては確かに困る事態ではあるのだ。

本当に、娘さんの吹奏楽の送迎なら、他の親とか、或いはご家族の協力とか得られないものだろうか。


4【あやみ社労士事務所】

事務所に到着。
早速モンブランを食べてみる。

「あっ、やっぱりおいしい。
モンヤマさんのモンブランは、懐かしさがあるんだよね。
味も素朴というか、無駄な味がないというか。
頂きに栗が乗っているのもうれしい。」

僕は、モンブランを食べる以外に、ひそかな楽しみがあった。

モンブランを食べるときに、水をためた器に、
保冷用のドライアイスを入れるのだ。

するとドライアイスが気化して「雲」が発生する。

そこにモンブランがあると、
まるで雲海から頂上が見える山のようなのだ。

これがなんとも幻想的なのだ。

インスタに動画が挙げられていた。
ちょっとミーハーにも試してみたが、いい感じだ。

それはともかく川南さんに、日曜日の有給取得を
少し減らしてもらうような、よい方法はないものだろうか。


5【日曜日出張 隣県へ】

「ふー、日曜日に仕事か。この間の市の無料相談会といい、
日曜日でさえ、なかなか休めないな」

と言いながら、今日は隣県に出かける。

社労士も年数を重ねると、県外の会社からの仕事も出てくる。

僕はまだ1件だけど、
大きい事務所の先生などは県外の顧問先も多くあるようだ。

オンラインを使えば、だいたいの仕事は出来るけど、
時々訪問することにしている。

僕は、土日は休みにしているが、
業種によっては、土日アポイントだって、時にはある。

今日訪問する会社は半年ぶりの訪問。
15時のアポイントだけど、念のため1時間早めについておく。

「さて、どこで時間をつぶしておこうか。」

と思っていたら、昭和からやっていそうな風情のある喫茶店がある。

僕は、結構、カフェで一人、時間を過ごすのが好きだ。
隙間時間にいい店を見かけると、吸い込まれるように入ってしまう。

「よし、ここにしよう」

ふと立ち寄ったお店、「都(みやこ)珈琲」。

ちょっと小腹がすいたから、軽くケーキセット頂こうかな。
今日のセットケーキは「モンブラン」か。ちょっと楽しみだ。

しばらくしたらケーキセットがやってきた。

「ん、この味、どこかで食べたような・・・。
そうだ。モンヤマさんの味だ。」

外側の雰囲気はちょっと違うが、味は同じ。間違いない。

「でも、なんで。同じ味が。よく分からない」

モンヤマを退職された方が開いたお店なのか?
単なる偶然なのか?まさか、それともレシピが出回っている?

疑問を自らに問いつつ、僕は、都珈琲を後にした。

そして、その日は顧問先では滞りなく仕事を行い、家路についた。


6【モンヤマへ報告】

月曜日は、モンヤマは店休日。

なので翌日の火曜日の夕方、アポなしだったけど、
日曜日あったことを、かず店長に話してみた。

「そうなんだね。でもウチのモンブランが、
なんで隣の県のお店で出ているの?」

「分からないです。僕が聞きたいくらいです。」

「ウチのモンブランを誰かが真似したのかね。ちょっとひっかかるわね。」

「そうですよね。お気持ち分かります。
とりあえず、今日はこの事実だけをお伝えしたかったので。」

「そうね、ありがとうね。あやみ先生」

「ところで、今日も、このケースのモンブランを2つ買っていいですか。
これとこれをお願いできますか」

「いいですよ。ちょっと私は作りかけのケーキがあるから、厨房に戻るね。今日のとこは、ここで。」

「また連絡します」

僕は、販売の方からモンブランを受け取った。
一旦店を出て駐車場にいった。

車の中でモンブランの入った箱を開ける。

「うん、やっぱり間違いない」

僕は確信した。箱を閉じて、店に戻り販売の方に声をかけた。

「すみません、かず店長を呼んでもらえませんか。手が空いた時でよいので」

すると5分ほどしてから、かず店長が現われた。

「あらっ、あやみ先生、どうしたの。まだいたの?」

「店長、今から申し訳ないんですけど、
川南さんを呼んでもらえませんか?今、いらっしゃいますよね。
有休の件もお話できると思います。」

しばらくすると、コックコートの川南さんがやってきた。

「初対面なのに申し訳ありません。社労士の佐々木と申します。
お忙しいと思うので、単刀直入に申し上げますね。
川南さん、隣県の都珈琲で、モンヤマさんのモンブランを作っていましたね?」

「何を突然言われるのですか?」

「僕の勘違いでしょうか?」

さっき買ったばかりのモンブランを川南さんに見せる。

「この二つのモンブラン、こちらが川南さんが作ったもの、こちらは別の方が作ったものですよね、作った本人は分かりますよね。」

「はい。そうです。なんで分かるんですか?」

「マロンクリームの巻き方です。川南さんが作られたモンブランは、クリームが左巻き、反時計回りなんです。都珈琲のモンブランも左巻でした。
僕も左利きなんで、直感的に左利きのパティシエさんが作ったものだと思いました。」

「えっ、何で私が左利きだって分かるんですか。初対面なのに。」

「僕は川南さんに直接会うのは初めてだけど、川南さんの有給休暇簿は見ていました。その時、川南さんは『左利き』だと気づきました。
モンヤマさんの有給休暇簿は手書きですよね。有給休暇簿に、事前届け出、事後届け出の有無に「〇」をする欄があります。
川南さんは、〇をするとき、左巻きに〇をしているんです。
右利きの方は、右巻きで〇をします。」

しばしの沈黙となったのち、川南さんが重い口を開いた。

「そこまで分かっているのなら、本当のことを話さないといけないですね。白状しますね。でも、もしよかったら店長、この件については、ご子息も同席の上、一緒に話をさせて下さいませんか。」

「太郎と次郎が。どういうこと?」

いつも温厚な、かず店長が、どことなく怒りと戸惑いが入れ混じったような、不思議そうな顔をしている。

結局、この件は、日を改めて後日、説明を聞くことになった。


7【タロー、ジロー 登場】

1週間後、川南さん、長男の山口太郎さん、次男の山口次郎さんが揃った。

太郎&次郎・・・。

南極物語のワンちゃんかと思った。

これほど続柄を説明しやすい名前もない。
山口家のネーミングセンスにあっぱれである。

それは、ともかく、口火を切ったのは太郎さんだ。

「おふくろ、まずは俺から話すわ。おふくろも70歳になっただろう。
親父が死んでから、おふくろは頑張ってきたよな。
でも、仕事がきついのもなんとなく、俺らも分かっているよ。」

「まあ、70にもなると、朝から晩までの立ち仕事だし楽じゃないよ」

「そうだろう。おふくろが店の経営や後継ぎを気にしているのは、俺ら知っている。でもさ、俺が新聞記者で、次郎が運転手だろ。ケーキを作る腕もない。でもよ、おふくろを何とか助けたいと思っていたわけさ」

「・・・・・」

かず店長が黙って聞いている。

「それでさ、俺ら兄弟が考えていること、あとさ、シャレテルーゼにお客が流れているのは分かっているから、そのあたりもふくめてさ、
おふくろがいない時に、川南さんに相談してみたんだ。
俺たちでも何かできることはないかって?」

川南さんが、静かに口を開く

「最初、ご子息から相談があったときびっくりしました。
でも、なんだか嬉しかったですね。私も、モンヤマをどうにかしたいなと思っていたので。
結局、3人で役割分担をして、,まずは店の売上を上げるために3人で協力することにしました。先に店長に話すと期待をさせてしまうから、何が出来るか分からないけど、まずは自分たちで試しに動いてみようと思って」

かず店長は、じわりと目に光るものを蓄えながら、時折天井を見上げ黙って聞いている。川南さんが続ける。

「いろいろ話し合って、私は、実家が隣県で喫茶店だから、本当に申し訳ないと思いつつ、半年ぐらいまえから、テストで、モンヤマのモンブランをケーキセットで出してみることにしました。
実家の喫茶店で人気が出れば、他の喫茶店、カフェでも、その実績をもとに仕入れてもらえるんじゃないかと思って。
ウチのケーキは全体的に値段が低いから、ケーキセットにすれば利益率も高いでしょうし」

新聞記者の長男、太郎さんが話し出す。

「モンブランのケーキセットの人気がでてきたら、俺が新聞の地方面で取り上げることした。『地方で頑張る小さなケーキ店と喫茶店のコラボ』みたいな企画でさ。編集長には大体OKがでている。」

「今は、私が行ってモンブランを作らないといけないので、日曜日だけの提供です。だから有休を取らせてもらっていました。
店長には内緒で進めていたので、有休の取得理由も、娘の吹奏楽の練習でとウソをついていました。」

「絵美ちゃん、そこまで考えていたんだね。」

「でも店長が認めてもらえば、平日も個数限定で、20個ぐらいかな、次郎さんが届けることで話を進めていました。」

次郎さんが話し出す。

「俺のところの社長は、切符がいい人でさ、この話をしたら『いいじゃねえか。実家の小さい店を守る。息子たちってよ。もともとの配送ルートから、まったく外れないから、構わねえよっ。今度俺にも、そのモンブランとやらを食わせてくれよ』っ快諾してくれたんだ。」

次郎さんの会社の社長は義理人情に厚い人のようだ。

川南さんが話し出す。

「そして、さらには、私は実家の喫茶店でノウハウを学ぶことができれば、モンヤマの近くにカフェを開こうとも思っていました。」

「みんな、私に内緒にして、驚かそうとしていたんだね。」

「はい。そうです。まずは半年と決めて、この動きをしてきました。
ご迷惑をかけてすみませんでした。あと勝手にモンブランを作って、販売していたこともお詫びします。」

かず店長がしばらく黙っている。そして隣にいた僕に尋ねる。

「あやみ先生は、この話、どう思う」

「そうですね。僕なら処分します。
モンブランはモンヤマさんの看板商品です。企業秘密、ここの「魂」です。それを店長の許可なく勝手に持ち出すのは、やっぱりよくないです」

川南さん、太郎さん、次郎さんの3人がひきつった表情で顔を見合わす。

「そうよねぇ。嬉しさもあるけど、ひっかかりもあってね。私も店長として、同じことを思っていたわ・・・。」

しばらく沈黙が続きのち、再度、かず店長が口を開く

「絵美ちゃん、理由はどうあれ、あなたは、日曜日に有給休暇を取得し、店の業務を停滞させた面はあるのよ。
それに、ウチの看板商品のモンブランを勝手に販売していたことは、企業秘密を勝手に持ち出したのと一緒じゃないかしら。
それは、反省すべきことよね」

川南さんへの風向きの悪さを感じたのか、
太郎さんが、声を大きくして、慌てて話し出す。

「おふくろ、何言っているんだよ。
川南さんは、ウチのために、自分の時間まで削って、有給休暇を使ってくれたんだぞ。モンヤマのために働いてくれたんだぞ。」

また沈黙が続く。1分ぐらいたっただろうか、僕が口を挟む。

「かず店長の言葉、続きを聞いてくださいよ」

僕は、かず店長の思いは分かっていた。

モンブランのYAMAGUCHIさんと顧問契約を頂き、
かず店長の考え方も分かっているつもりだ。
だから、かず店長に、そのまま話を続けてもらう。

「絵美ちゃん、有休ってさ、自らの体を休めるためでしょ。
リフレッシュして、また仕事頑張るってことだよね。
それとね、有休を取得することで、会社の業務を停滞させてもいけないと思う。要するに、絵美ちゃんの有休の使用目的自体が不当だと思うの。
不当な使い方だから、有休の使用自体を却下するね。有休日数は元に戻すわね。」

「えっ・・。それは許してくれるってことですか?」

びっくりした川南さんの声を遮るように、そのまま、かず店長が話続ける。

「絵美ちゃんは、有休を使ってウチの仕事をしていたのだから、この日は勤務日。仕事していたんだから、労働なんとか法だっけ。
法律上も有休にしちゃ、まずいでしょ。あやみ先生?」

「そうですね。川南さんは、日曜日に有休をとって、通常業務をしていました。この日に有休をお店が当て込んだら、不当です」

かず店長と僕は笑顔で顔を見合わせた。

「店長・・・・」

川南さんが、目を潤ませている。

「まず、私の想いを言うわ。
絵美ちゃん、息子たちがモンヤマのために色々と考えて動いていたこと、
本当に、感謝している。
シャレテルーゼさんの出店で、ウチも厳しい状況が続いているのも事実。
私も、今後どうしたらいいのか正直一人で悩んで悶々としていたのも事実。だから嬉しかったわ。」

後継ぎ云々は、もうしばらくは私も頑張れそうだから、また考えるわ。

まずは、このモンブランを守っていなないとね。

そこにいる全員が、黙ったままお互いの顔を見合わせ、両手で握りこぶしを作った。

後継ぎ問題は片付いていないが、少なくとも売上アップは望めそうだ。


8【モンヤマにて 意外な展開】

「えっ、そうなんですか。それはよかったじゃないですか。」

その後、どうなったかと思ってモンヤマを訪問。
かず店長と話をする。
なんと、今回、後回しにしていた、後継ぎ候補が出来たとのこと。

なんのことはない。
太郎さんの長女、詩音(しおん)さんが、高校卒業後にパティシエの専門学校に進路希望を出すとのことだった。

「ホント驚いたわ。太郎もびっくりしたんだって。
詩音ちゃんは、体育科で、柔道でインターハイにも出た子なの。
結構有望株なのよ。高校卒業したら、体育大にいって柔道を続けるか、体育の先生にでもなるのかなと思っていたみたい。
これまでケーキの「ケ」の字も言ったことないのよ。」

「へぇー、おもしろい展開ですね」

「それでさ、この間、太郎の家で進路の話になったときに、詩音ちゃんから、『私、おばあちゃんみたいに、おいしいケーキを沢山作って、子どもからお年寄りまで笑顔にしたい。おばあちゃんのところで仕事したい』って言ったんだって。
もう、その話を太郎から聞いた時、私、涙がでちゃってさ。こんな嬉しいことはないよね。詩音ちゃんが専門学校でしっかり勉強して、その間にちょっと時間でもいいのでアルバイトも大歓迎だわ。詩音ちゃんが、一人前になるまで、あと10年は頑張らないとね。ほんと寿命がのびたわ。」

かず店長の目がキラキラと輝いていた。

「詩音ちゃん、私のことも知っていたみたいです。なんだか嬉しくて。」

近くにいた、川南さんが話し出す。

「詩音ちゃんも、あやみ先生と一緒で、私が作ったモンブランのマロンクリームが左巻きだって気づいていたみたいです。
詩音ちゃんも左利きなので、親近感がわいたそうです。
結構、左利き同士って、日常生活で小さな不自由感じていたりするから、話が弾むんですよね。
私なんか、ちょっと歳いっているけど、詩音ちゃんと女子トークもできるからしら」

モンヤマの店内に笑い声が響いた。

「まだまだ、かず店長も引退はできないし、シャレテルーゼさんにも負けられないですね」

「そうね、せっかく絵美ちゃん、息子たちもいろいろ考えてくれたから、しっかりお店を盛り上げていかないとね」


9【1か月後・・・ 詩音ちゃん】

今日も顧問先訪問の最中、モンヤマに立ち寄る。

川南さんの実家の喫茶店「都珈琲」には、火、木の二日、モンヤマのモンブランが、トラックドライバーの次郎さんによって届けられている。

火、木は、このモンブランのついたケーキセットを求めて、開店を待つお客も出ているとのこと。もっと「増やしてもいいのでは」の声もあるようだけど・・・

「希少価値が大事」と、かず店長と川南さんの考えで、しばらくは限定で提供するそう。

かず店長、川南さん、声を合わせて

「やっぱり大元はここだからね、ここに来る楽しみみたいなものも作っていきたいね。。そうそう、あやみ先生、今日はちょっと会わせたい人がいるのよ。」

「しおんちゃーん」

お店の奥から現れたのは小柄なかわいらしい女性。
身長は150センチぐらい。
グレーのブレザー、チェックのスカート、高校の制服が、僕にはまぶしい(いかんいかん)

「詩音ちゃんですね。いやいや高校生の女性に『ちゃん』はいけないですね」

今日は学校でテストがあったらしく、早帰りだったので、モンヤマさんに寄っていたらしい。

かず店長がにっこり笑う。

「わたしが詩音ちゃんって、最近言っていたからねー。」

「詩音ちゃん、いや詩音さんって、小柄な方だったんですね」

よく言われるらしく、詩音さんも微笑んでいる。

僕は驚いてしまった。思い込みと言うのはよくない。
柔道をやっているとのことだったから、女性とはいえ、強そうな感じの方を予想していた。

その予想に反して、小学校の高学年でも通じそうなぐらいい小柄。
最軽量の48キログラム級とのこと。
「リカちゃん」かと思うほど、清楚でかわいいという言葉がぴったりの女性だ。

「詩音ちゃん、この方は、社労士のあやみ先生、いつもお店の相談に乗ってくれる方よ」

「こんにちは。詩音です。よろしくお願いします」

「先生、ちょっと相談があるのよ。」

「何ですか?」

「詩音ちゃん、今、こんな細身でしょ。ウチでパティシエの修業をしたら、味見とかもしないといけないから、太ったりするかもしれないでしょ。
私がこんなかんじだからさー。」

笑いながら、かず店長が、自らのお腹をを2cmほどつまみながら、続ける。

「詩音ちゃんが太ってさ、今持っている服が着れなくなったら、労災にならないかしら?」

「まぁ、確かに、ケーキの味見で太ったら、『味見をした』という業務起因性(ぎょうむきいんせい)と、それが仕事中のことであるという、業務遂行性(ぎょうむすいこうせい)はありますけど、そもそも『太る』って災害なんですかね?」

業務起因性とは、仕事が原因で事故がおこったこと、業務遂行性とは、仕事をしている最中にその事故が起こったことをいう。
労災が認定されるには、この2つは必須の要素である。

僕が、空気も読まず、真面目に答えてしまったので、周りから笑いがでた。

「もー、おばあちゃん、大丈夫よ。私、パティシエになるけど、柔道も頑張るの。いっぱい練習するから大丈夫。
それとね柔道みたいに、階級のあるスポーツでは、厳しい減量をしている人も多いんだけど、アスリートでも食べやすいケーキも作ってみたいな」

詩音さんの隣にいた、川南さんが、拍手しながら言う。

「それ、素敵。体重コントロールが必要な、カロリー低めのアスリート向けのケーキとかいいわね。もちろん、おいしさはそのままにね。」

「絵美さん、ありがとうございます。とっても嬉しいです。」

詩音さんは、おばあちゃんのかず店長もそうだけど、川南さんにも憧れているようだ。もう川南さんではなく、名前の「絵美さん」で呼ぶあたり、すっかり馴染んている。

そのあと、しばらくの間、ケーキ職人たちの女子トークが続いた。
僕は、その様子を微笑ましくながめていた。

やっぱり職場に若い人がいるというのは、それだけで活気が出ていい。

確かに町のケーキ屋さんは原材料の高騰、
大型店の出店、コンビニスイーツなどで苦戦しているかもしれないけど、
そこに志があれば、この難局も乗り切っていく強さを、モンヤマで感じた。

きっと、モンヤマ自体もそうだし、喫茶店とのタイアップも、地域を盛り上げていくのだろうと思った。

社労士として、この先、僕の個人事務所が大きくなったとき、顧問料の多い大きい顧問先をありがたく思うかもしれない。

でも僕は、こういった小さなお店も守っていきたい。
それが使命だと思う。そして、それが社労士の仕事の魅力。

それぞれの会社に人間模様のドラマがあるのだから。

そう思いながら、今日も2つのモンブラン買って、事務所への帰路についた。

「さて、ドライアイスで雲海を作って食べるとするか」

しばらくしたら、水の入った容器からドライアイスが気化して周りを覆う。いつもどおり、頂上に黄色い栗のモンブランが出てきた。

なんだか、その様子を見ていると、モンヤマが雲を抜けて、光明が差し込んでいる姿に見えた。

<#5 マロンクリーム 終>


この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。



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