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こんなにしてあげてるのに!と思う人へ

今日は「こんなにしてあげてるのに!」という気持ちについてです。ついつい見返りを求めてしまう人、そしてこれは全く僕自身の話です。

僕の働き方改革

僕は普段は医者をやっているんですが、しっかりきっちり病院で働くという働き方に少ししんどさを感じまして。このままだと自分の人生立ち行かなくなると。もちろん前線ですごく頑張っている人には、もう拍手と感謝しかないんです。でも僕自身子供が3人いて、共働きで、残業、土日出勤当たり前の生活をずっとしていたら子供を育てていくのはなかなか難しいんじゃないかと思いました。
働き方を見直して3年、少しずつ変えて、今はフリーランスに近い形で働いていたりします。(フリーランスって聞こえはいいですけど…)

最近の僕の気持ち

まあそんなような働き方をしていて、自分で言うのもなんですけど、かなり家事育児コミットしてる方だと思います。そんな中で段々と「こんなに家事を一生懸命やっているのに!」という怒りみたいなものが湧き起こってくることがあって。
僕は料理全般をやるんです。(僕が掃除洗濯が好きじゃないから、お料理係やりますと手を挙げたんですけど。)
例えば醤油とか、誰でも片付けられるでしょっていうものがテーブルとかカウンターとかに残っている。「定位置までもう少しでしょ!」みたいなことが起こる。一人で洗い物とか醤油を冷蔵庫に片付けるみたいなことをしていると、「なんで自分だけこんなことやっているんだ!」というふうに、イライラするし虚しくなるし、なんかひとりぼっちでやってるなみたいな気持ちになるんです。(ちっちゃい男だなー)

見返りが欲しい僕

本来、家族の時間を大事にしようと自分が望んで、覚悟を持って仕事を減らして、家事育児の時間を作ったはずです。なのに、自分が望んだことをやることで消耗したりイライラする、なんてことが起こるわけです。 最初のモチベーションっていうのは、家族が喜ぶのが見たいとか、家族と一緒の時間を過ごして楽しいとか、そういうところからスタートしている。
でも、やっぱり見返りがあるわけです。最初は感謝されるし、もちろん今でも感謝してもらえるし、妻だって感謝の言葉をくれます。 子供たちも僕の料理を食べて喜んでくれるし、ヒット作には「もう、パパの料理はおいしいっ!」てすごく喜んでくれる。いい反応も返ってくる。 最初はそれが嬉しくてたまらない。望んでやっていることとポジティブな反応によっていい状態が続いているんですけど、だんだんとその反応はあって当たり前になって、なんとなく慣れが生じてくる。感謝の気持ちを伝えてもらっても、僕の中で充分、それを受け取りきれていない。
本来は僕が望んでやったはずなのに、いつの間にかそれによる見返りを期待して。見返りがあるにもかかわらず、それでは足りなくなってきちゃって。
自分が望んで仕事を減らして、家族の時間を増やして家事育児をするって決めたはずなのに、「自分はキャリアを積むための仕事の時間を削ってこんなにやってんのに!」「こんなにしてあげてるのに!」と考えてしまう。

僕の裏側の気持ち

「こんなにしてあげてるのに!」という気持ちの裏側には、仕事で成功するとか、もっと仕事のスキルを伸ばしていきたいとか、より多くの人に関わりたいとか、もちろんお金も稼ぎたいっていう気持ちもあって。お金とか肩書きを求めている自分がいること自体を否定できない。
奥に隠れているから、欲求に蓋をしているから、怒りみたいなものが合わさって、見返りが足りなくなってしまう。 肩書き、能力、お金、僕の外側にあるものを求める、小さい承認欲求みたいなものかもしれません。そういうものが適切に使われるんじゃなくて、ごっちゃになって満たされない気持ちのところに隠れてしまって。 こんな気持ちで孤独になっていると、本来は僕が楽しめるはずの料理もやらされているように感じてしまうし、やらされている感覚でやっていることはすごくエネルギーを消耗する。

ふと気づいたこと 原点に戻ろう

今日これを書く気になったのは、そんな中で、ようやく自分に少し気がつくことができて。ふと、違うぞと。家族の時間をつくっているのは、僕自身が家族と一緒に過ごしたいと思っているからだ。
仕事は仕事で大切にしたい。いい仕事をしたい、人のサポートをしたい、役に立ちたいという気持ちも大切にしたい。お金とか地位とか能力を求めている承認欲求も僕の中にはあるし、役に立ちたいという承認欲求もある。
そういう気持ちも大事にしつつ、家族と過ごして、家族を大切にして、家族の関係性をより豊かにしたい気持ちが僕の中にあるから、今の働き方に変えて、家族との時間を増やしているんだよなっていう。
いわば原点に気がついただけというか、気がついてしまえばどうってことないんですけど、悪循環にはまっていて、やらされているモードになる時って、家族のためにしている家事を全く喜べないんですよ。それにようやく気が付いて、そうだったと。僕の中の大事にしたい価値観って、家族と共にいることとか、家族と穏やかな時間を過ごすととか、そこを目指してやっていることのはずだったんだって。

子供に育てられています

もし、「こんなにしてあげてるのに!」と思ったり、いつの間に、反応とか見返りを求めている方がいるとしたら。そりゃそうなんです。誰だって役に立ちたいし認められたい。だけどそれだけじゃなくて、その行動をする根っこにある自分の気持ち、その行動を望んでやっている気落ちに気付くことがとても大事なんですよね。
まぁここから僕がどれくらい前向きに、イライラが消化されていくか、まだこれからなんですけど。僕もそんなふうに揺れ動きながら家事育児をやっております。子育てを通して僕自身の学びになっていて、糧になっていて、自分が子どもに育てられてるなぁと思うわけです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。

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ファミリードクター福田幸寛
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