【観劇メモ】『元禄バロックロック』を観る
2021年11月19日と26日に宝塚大劇場で花組公演を観る。1回目・2回目ともに秋晴れの宝塚。行きの阪急電車の窓から色づいた山々を観ることができた。
さて、久しぶりの花組公演。柚香光と星風まどかのトップコンビによる大劇場お披露目公演である。脚本・演出の谷貴矢にとっても大劇場での演出家デビュー作である。今回、ポスターの出来が素晴らしく、初日の幕が開く前から、ネット上などで評判になっていたが、舞台そのものも期待を裏切ることのない出来だった。
物語の舞台は架空の時間軸に存在する大都市・エドである。海外との交流もあり、科学技術も進んでいるという設定である。主人公のクロノスケ(柚香光)は、元赤穂藩士の時計技師である。藩主であったタクミノカミ(聖乃あすか)が江戸城内でコウズケノスケ(水美舞斗)に切りかかった事件のために、赤穂藩はお家取り潰しとなり、クロノスケは現在浪人の身である。
クロノスケは、科学者でもあったタクミノカミの技術を受け継ぎ、時を戻すことのできる不思議な時計を発明する。しかし、その時計はわずかな時間しか戻すことができず、今のところはスリを捕まえて謝礼をもらったり、賭場で金を儲けたりすることくらいにしか役に立たない。
クロノスケは出入りしている賭場の主でキラと名乗る美しい女(星風まどか)と出会う。キラはクロノスケに対して思わせぶりな態度をとり、クロノスケもその気になるのだが、すんでのところで煙に巻かれてしまう。クロノスケは前にもキラと同じようなやり取りをしたような気がして、不思議に思う。
やはり賭場でクロノスケは、元赤穂藩家老のクラノスケ(永久輝せあ)と再会する。クラノスケは仇であるコウズケノスケを討つことを密かに計画していることを語り、クロノスケにも参加を促す。さらに、キラがコウズケノスケの隠し子であることを知らせる。キラが仇の娘であると知って動揺するクロノスケ。
一方、コウズケノスケは、タクミノカミから奪った設計図をもとに時間を戻す時計を完成させようとしていた(が、設計図を解読する知識がないために難航していた)。表向きは将軍ツナヨシ(音くり寿)からの命で、死んでしまった犬のペスを蘇らせるために時間を戻すということであったが、腹のなかでは、時計を使って私欲を満たし、ゆくゆくは国を支配しようとしていた。
キラがコウズケノスケの娘であると知ったクロノスケは、キラの部屋を訪れ、なぜ自分に近づくのかと問い詰めるが、笑顔で答えをはぐらかされるばかり。クラノスケは、その不思議な笑顔にいつの間にか引き込まれていき、ついには敵討ちに参加することを思いとどまり、キラとの愛に生きることを選ぶ……。
さて、ここから先物語は急展開していくのだが、これ以上書くと長くなりすぎ、物語の核心に触れることにもなるため、あらすじの紹介をやめて感想を記していきたい。
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今回の舞台、主役の二人(柚香と星風)をはじめとした主要な人物たちの芝居がとにかく魅力的である。柚香は、どこまでが脚本通りの演技でどこからがアドリブなのかわからないくらいの自然体でクロノスケを演じている。以前から自然体の演技に定評はあったが、今回の舞台ではさらに磨きがかかったように思う。当て書きが上手くいっているせいもあると思う。が、何もしていないようでいて、役を舞台に息づかせるというのはすごいことだと思う。
リアルに感じられる自然な演技ということでは、先日退団された轟悠の芝居に比肩するものがあると思う。轟の場合、事前に役を緻密に作り込んだうえで、舞台上で役を生きることによって、”自然に”演じているように感じさせてくれていたと思う。柚香の場合、もちろん練習で作り込んでいるとは思うが、舞台上でのやり取りから生まれる即興的な感覚をより重視しているように感じる。そうした違いはあれど、柚香の演技は、舞台上の人物をリアルに感じさせることについては、轟と比べても劣らないものがあると思う。そういえば、セリフの発声の仕方もどことなく似ているところがある。たとえば、”ああ…”といった感嘆詞の発声からも、私は轟さんの声を思い出してしまう。もちろん、まったく違うと感じる人もいるだろうけれど。
対する星風も、しっとりした大人の演技で魅せてくれる。クロノスケを誘惑するときの遊女のような艶っぽさと、花火の場面(クロノスケとの念願のデートの場面)で少女のようにはしゃぐ姿とが、自然に同居していて蠱惑的である。セリフの発音・発声も、聞き取りやすいだけでなく、クロノスケへの深い情を感じさせる。正直にいうと、宙組時代に見たいくつかの舞台での星風は、暗く思い悩む(思い詰める)役が多かったためかもしれないが、技術的には申し分ないのだけれど、そこまで魅力的に感じられなかった。しかし、今回の舞台では、弾けるような笑顔が印象に残る場面も多く、また柚香との即興的とも見えるやり取りも楽しげで、彼女の多彩な魅力が開花しているように感じる。
コウズケノスケの水美は、クロノスケらと正面から敵対する悪役を好演している。横になり、お抱えのくノ一の一人(星空美咲)に膝枕されながらせり上がってくる登場シーンが粋でカッコよい。このコウズケノスケ、自らの野望のためには卑怯も辞さない悪者なのだが、女性からは深く愛されているという一面がある。冷酷なコウズケノスケはその愛さえ利用しようとするのだが、結局はその愛によって野望を挫かれ、自らのあずかり知らぬところで命を救われもする。己の力で支配できると思っている対象(女性、そして愛)によって逆に翻弄されてしまう様が実に面白い。水美はこの悪いけれど愛さずにいられない男を体現できていたと思う。
永久輝せあ演じるクラノスケ(元来『忠臣蔵』の物語ではこのクラノスケ=内蔵助が主役である)は、クロノスケの元上司にして同胞であるのだが、仇討ちを思いとどまらせようとするクロノスケと最終的に対立する役どころである。セリフ回しや和服を着た所作が上手く、芝居を引き締める役目を果たしている。クロノスケの柚香とのやり取りには思わず引き込まれてしまう。殺陣のシーンでも、雪組仕込みの?本格的な刀さばきを見せてくれる。
今回、なんといってもツナヨシの音くり寿の活躍が目を引く。少年らしい純真さと表裏をなす残酷さとを、愛嬌とユーモアたっぷりに演じている。史実がどうであったかはおくとして、ツナヨシを少年将軍とし、娘役の音が演じたのは大正解だったと思う。
タクミノカミを演じる聖乃は、最初から幽霊として登場する。一種の狂言回し役であり、観客を物語に引き込む重要な役どころである。劇中に何度も登場し、自らの行為がもとでクロノスケらが大変な思いをしていることを悔やんだり、心配そうに見つめていたりする。セリフがなく、表情だけで語る必要のある場面も多く難しそうである。が、ビジュアルが美しく、出てくるだけで存在感を放つことができているので心配いらない。
今回の舞台、主要な役者の演技も素晴らしいが、衣装と装置がそれを引き立てる以上の役目を果たしている。
衣装の加藤真美は、以前の『桜乱記』の時から、和物のすぐれた衣装に感嘆させられたが、今回の衣装も素晴らしかった。細やかな装飾と大胆な色彩・デザインが、作品の世界観を作り出すことに大いに貢献している。とくに主役の二人は、なんども着替えて登場するので、その都度目を引かれる。賭場で最初に登場するときのキラの羽織る打掛(ポスターでも着ている)は、ほとんど美術品のようである。細かく見ると、ブーツにまで装飾が入っていたりして、こだわりを感じる。装置(國包洋子)では、とくにキラの部屋が印象的である。背後に遊郭のような格子窓があり、お仕えの娘たちが舞いながらクロノスケとキラのやり取りを伺う様子はとても耽美的である。
最後に作品について。谷貴矢のオリジナル作品を見るのは今回がはじめてである。『忠臣蔵』の物語に着想を得たファンタジーであり、この有名な物語をもとに時代や設定を大きく変え、自由な創作劇に仕立ててある。すぐれた作劇であると感じた。タイムトリップを扱う作品は、どうしても細かい部分に矛盾が出てきてしまう。今回もよくわからない部分があったことは確かである。が、それを補って余りある楽しさと説得力があった。
物語は、忠義に生きることが必ずしも正義ではないのではないか(仇討ちを果たしても憎しみの連鎖を生むだけではないか)という、『忠臣蔵』をはじめとする忠義や義理をテーマにした古典劇に対して、現代の私たちがどうしても感じてしまう疑問を正面から扱っている(もっとも浄瑠璃の『仮名手本忠臣蔵』も、ただ忠義を称賛するだけの話ではなく、それに翻弄される周囲の人物たちの悲喜劇を描いているのであるが)。憎しみの連鎖を断ち切りたい、失くしたもの(金)を取り戻したい、愛する人(ペット)を蘇らせたい……。こうした誰もが抱くだろう願望が、時間というテーマへと結実していく。
時間をテーマにしていることはタイトルからもわかる。『元禄バロックロック』というタイトルは、庶民文化が花開いた元禄時代の文化の特徴を指していると思われる”バロック”(もともとは装飾過多な表現を特徴とする16〜18世紀のヨーロッパで流行った文化・芸術様式を指す)と、音楽やファッションにおける表現様式である”ロック”を組み合わせ、そこに時計を意味する”クロック”をかけ合わせていると思われる。主人公のクロノスケという名も、大石内蔵助とギリシア神話における時間の神クロノスをかけているのだろう。他にも人物の名前以外にも言葉遊びのような部分が随所にあって、こういう意味かなと想像してみるのも楽しい。もしかすると、ゲンロク・バロック・ロック、ゲンロク・バロッ”クロック”という言葉遊びが先にあって、今回の物語が出来たのではないかとさえ考えてしまう(私はこうした言葉遊びや語呂合わせは好きな方である)。
そして今回、花組生たちへの当て書きがたいへん上手くいっていたと思う。主役二人の魅力を引き出せていたことはもちろんであるが、ツナヨシに音くり寿を当てたことには「そうきたか!」と唸らされた。今後の作品にも注目したい。
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