【発信者側】発信者情報開示請求に対して非開示にできた事例
※最終更新日:令和5年4月2日
ここでは,実際に私が発信者側で発信者情報開示請求に係る意見照会書の回答書の作成や、プロバイダ代理で取り扱った案件で,裁判で非開示の結論を得ることのできた事例を紹介します。いずれも裁判になったケースで任意請求は入っていません。任意請求は非開示になることが大多数だからです。また,結果について裏付けのあるものに限っています。
今後も随時更新予定です。
なお,この分野については無料電話法律相談を承っています。
ご希望の方は,「お問い合わせ」または,「i@atlaw.jp」まで,氏名住所電話番号明記の上,よろしくお願いいたします(利益相反や事案により,承れない場合もあり,お返事はお約束できないことご了承ください。)。請求者・投稿者の双方の立場・責任についてまとめた資料は「ネット投稿者の責任についてのまとめQ&A(+ネット上の誤解)」をご覧ください。
1.「ここの店長,『客には動物の餌でも食わせておけ』と言っていた。酷い!」という投稿が,客観証拠なしで非開示になった事例
○問題の投稿
この飲食店Aの店長,「客には動物の餌でも食わせておけ」「うちのペットの方がまだましなもの食っている」「客は底辺ばかりだからエサで充分」と言っていた。酷い!それに,取引先からの評判も悪いので,取引を打ち切られるって話だよ!
○裁判の結論と理由
Aの評価を低下させる投稿であり,名誉毀損ではある。しかし,真実でないとまではいえない。発信者情報開示請求に係る意見照会書への回答と添付資料は,内容からして信用出来ないともいえない。したがって非開示。
○解説
かなり強度の中傷とも評価されかねない投稿なのに,録音等の一切の裏付けがないにもかかわらず,非開示の判決を得られた事件です。
さて,発信者として開示を争う場合は,発信者情報開示請求に係る意見照会書への回答に,説得力のある主張をし,証拠を付ける,ということになります。
そして,この種の投稿においては,その投稿で名誉権が侵害されていないと主張するか,あるいは,侵害しても適法である,と主張することになります。社会の正当な関心事であり,少なくとも相当な根拠があれば適法,ということになります。
通常の名誉毀損では,この相当な根拠の立証責任は発信者にあります。しかし,発信者情報開示請求においては,「嘘である」と原告・請求者が主張立証する責任があります。つまり,発信者からすると,「真実でないとまではいえない。」という程度でよい,ということになります。もちろん,「本当です!」と言い張るだけでは不十分で,開示を阻むことはできません。
本件では,客に対するかなり否定的な言葉を従業員に述べていた,というものです。「動物の餌を出している」という趣旨の発言をオーナーがしていた,というものですから,普通の人だったら,そういう店に行くことは避けたいでしょう。
飲食店でこの発言はかなり重大なことですので,名誉毀損ではない,と主張することは難しく,現に裁判所も名誉権侵害を認めています。
ただ,飲食店オーナーの客に関する言動というのは,社会の正当な関心事です。ですから,これについて,真実か,少なくとも相当な根拠の立証があれば,発信者情報開示請求を阻むことはできます。
問題はその証拠ですが,都合良く録音があるというわけではありません。
この案件は,発言の有無が問題になるのに第三者の証言もなく,もちろん録音もないということで,証拠の確保にかなり苦労しました。ですが,情況証拠も含めて詳細にまとめ,説得的な主張を工夫し,また発信者情報開示請求の類似の裁判例,証明の程度などについて持論を主張することで,無事に不開示の判決が下されました。
2.一般私人であるCについて「B会社のCは最悪な奴」という投稿が非開示になった事例
○問題の投稿と状況
匿名掲示板に特定の会社のスレッドが立てられた。そのスレッド内では,その会社の従業員の悪口が投稿されており,その中に「Cは最悪な奴」という投稿があった。
○裁判の結論と理由
会社名Bもあるし,Cという苗字からも,Cの事についての記載であると特定出来る。そして,この記載は侮辱的な表現である。
しかし,侮辱的な表現であっても,全て違法になるわけではなく,本件程度であれば違法であるとまでは言えない。したがって非開示。
○解説
こういう悪口について,発信者情報開示請求が認められるかは,一つの論点です。
具体的な悪事などを述べないケースでも侮蔑的な表現については,発信者情報開示請求が認められるケースもあります。
ただ,このあたりは,いろいろと判断が揺れている,言葉だけではなくて周辺事情も考慮するので,一刀両断に判断することはできません。
本件では,社名と苗字では特定出来ないと反論しましたが,さすがに,その反論は通りませんでした。
ただ,主戦場は,この程度の記載では違法ではないでしょう,という点です。
この点については,類似の裁判例などを詳しく引用しながら反論しました。その結果,裁判所は,侮辱であることは認めつつも,結論として,発信者情報開示請求を認めない,という結論を得ることができました。
なお,この事件では,Cについては多数の投稿がされていました。それらについても発信者情報開示請求がされており,「馬鹿」等と記載するものもありました。ですが,私が担当したこの投稿1件以外は,いずれも開示されるという結論になっています。
これはどんな民事裁判でもそうですが,双方の主張立証,反論が大事である,裁判所はそれに基づき判断する,という好例ともいえると思います。
悪口系の案件については,究極的には裁判所の価値判断になりますので,有利な事情,裁判例や法律構成で裁判所の考えをこちらに引きつけるのが重要だと痛感した事件でした。
3.「Dは反社会的勢力とつながりがある。顧客の個人情報を使って脅迫か。自分も被害に遭うかもしれない!」等の投稿について非開示となった事例
○問題の投稿と状況
匿名掲示板上で,特定人物Dに対して,反社会的勢力とつながりのある人物であることや,顧客の個人情報を使って脅迫をしている可能性,自分もそういう犯罪の被害に遭うかもしれない(攻撃されるかもしれない。),という趣旨の投稿がされた。更に,危険人物である事を示唆する表現もするなど,それなりの長文の投稿である。
○裁判の結論と理由
全体として,個人的な感想や,疑問を示すようなものであり,事実を摘示したとか,権利侵害が明白であるとまではいえない。
また,請求者自身のこれまでの言動が理由であり,この点からも権利侵害の明白性があるとはいえない。
○解説
個人情報の悪用であるとか,反社会的勢力とのつながりとか,自分も被害を受けるかもしれないという恐怖を記載するなど,かなり強度の表現のケースです。
しかも長文ということで,こういうケースは,比較的開示を争うことは困難です。なぜならば,長文の中に一つでも権利侵害の明白性を満たす表現,記載があると,それだけで全体が開示になってしまうからです。
具体的な犯罪に該当する事実の記載,長文であるという点で,二重の意味で開示を争うのが困難な事例であったといえます。
もっとも,売り言葉に買い言葉,という言葉もあるとおり,根拠無い誹謗中傷がある一方で,投稿される人には,「責任」はなくとも「原因」があることがあります。もちろん,だからといって何を書いてもいいのか,ということではありませんが,請求者の言動を利用できるケースは少なくありません。
そして,長文である点も,少し発想を変えて検討することにしました。長文ということは,論評としてよく検討されているということではないか,ということです。全体として,一定の可能性を示すだけではないか,そういう印象ではないか,ということです。
更に,この事件,他にも複数の投稿について開示請求がされていました。一種の大量開示の案件でした。それらの投稿,そして,請求者自身の投稿も資料として使えないか,検討を重ねました。
要するに,反社会的勢力とつながりがあるとか,脅迫とか,長文とか,そういう不利な事情を逆に有利な事情として使えないだろうか,視点を変えて検討をしたということです。
具体的には,長文である以上は,様々な読み方,可能性として理解することができる。断言していないし,断言していないというだけで免責されないにしても,全体として穏当な論評であるということ,請求者自身の普段の言動からすると,断言はともかく,そのような可能性を論評することについては,正当性があるのではないか,という筋で主張しました。証拠も大量に検討しましたが,安易にネット上の否定的な表現を大量に添付すると,かえって裁判所の心証を損ねかねません。
そこで,資料を集める,提出することよりも,何を出さないべきか,その点を慎重に検討して提出しました。
その結果,概ね,上記の通りに裁判所は判断し,無事に非開示となりました。投稿は複数ありましたが,いずれも非開示となりました。
なお,同じ裁判で,(私が担当していない)別の投稿も開示請求されていました。馬鹿であるとか,脅迫を日常的にするというような趣旨の投稿でしたが,いずれも開示となりました。短文でしたが,かえって,それが発信者に不利に働いた,という例だと思われます。
また,おそらくは同一の請求者と思われる別件で,これも犯罪をしているのではないか?と疑問を呈する投稿について開示請求がされていましたが,これも疑問形であるにも関わらず,開示の結論になりました。
以上からすると,発想の転換や請求者の言動が重要であろうこと,疑問形だからといって結論は決まらないなど,今後の参考にするべき案件であったと思います。
請求者からすると,自らの言動に注意をして,それが開示請求を阻む原因にならないようにする,ということが大事になるといえます。
4.P2Pソフトによるアップロードについて,問題の作品の違法性を主張して,非開示にできた事例
○問題の投稿と状況
P2Pソフトを利用して,他人が著作権を有する作品をアップロードしてしまった。
それに対して,権利者が気がつき,IPアドレスからプロバイダを特定して,著作権侵害を主張して,発信者情報開示請求をした。
○結果
多数の同種案件がありましたが,知る限り,いずれも裁判でも非開示の結論となりました。詳細については,「解説」のとおりです。
○解説
本件については,2つの側面からの反論を試みました。
第一に,それがわいせつ物等,違法であるとか,他人の権利を侵害する場合,それについて発信者情報開示請求はできないのではないか,という問題意識です。
法律上,発信者情報開示請求は,その問題の情報の流通により権利侵害が明白であること,そして,賠償請求のために開示を受ける必要があること,というものです。
ですから,違法である以上は,権利が存在しない,存在しない権利を侵害することもできない,だから,権利侵害の明白性は存在しないのではないか,という切り口です。
一方で,この主張には苦しいところもあります。違法な部分があるとはいえ,権利そのものも存在する,という考え方もあるからです。典型例は,二次創作の同人誌です。あれは,原著作権者の権利を侵害する一方で,二次創作をした者の著作権についても,並列して存在します。ですから,権利そのものが存在しない,という主張は,こういうケースでは,それだけでは不十分です。
わいせつ物についても,同様のことがいえます。
そこで,工夫をして,損害が発生していないのではないか,損害賠償請求をすることはできないのではないか,そうなると,権利侵害の明白性があるといっても,そもそも,することのできない請求のために,発信者情報開示請求は認められないのではないか,という主張を,問題の作品の内容や周辺事情から主張しました。
加えて,この種の事件では,外部業者に委託しているケースもありますが,調査がずさんなことも多いです。その点を指摘して,そもそも,発信していることについて,証明がないのではないか,ということも反論して主張をしました。提出された周子を精査して,綿密に,一つ一つ指摘をしました。
一時期,非常に多数の案件がありましたが,ほとんど全ての事案について,裁判でも非開示の結論になりました。
5.ホストクラブを利用している女性について,ホストの枕営業を受けている,性病にかかっている,風俗嬢,悪質な売春をしている,精神的異常者であるとの複数の投稿についていずれも非開示の結論を得られた事例
○問題の投稿と状況
風俗情報がよく掲載されている匿名掲示板において,特定のホストクラブに通う女性について,名前を記載して,ホストクラブのホストの枕営業を受けている,性病にかかっている,風俗嬢である,悪質な売春行為をしている,精神的な異常者であり他人に嫌がらせをしている,と複数の投稿をした。当初は裁判外請求であり,その後,訴訟を提起されたが,いずれも非開示の結論を得られた事例。
○解説
性的な悪口,精神病,性病,いずれも,これらを摘示すると,真実であるかどうかを問わず,基本的には違法であるということになります。
本件は,1件ではありませんし,しかも,同じような悪口で風俗嬢を攻撃した事例では,開示が認容された先例もあったので,非常に悩ましい事件でした。
直ちに請求者を特定出来ないとか,個人の感想であるとか,そういう反論も行いましたが,先例からすると,そういった主張だけで非開示の結論を得ることは困難です。
そこで,本件でも見方を変えて,こういう下品な悪口の信用性の低さや,投稿場所の特性から,信用性が低いのではないか,というような主張を重ねることにしました。そのために,問題の掲示板の他の投稿,別の人への投稿,請求者の言動なども広く調査しました。
また,単語を一つ一つ分解して反論して行き,読み手に与える印象はそれほど強いものではない,断定もできないなど,とにかく細かく反論して,裁判所の印象に配慮しました。
結果として,本件は(おそらく)かなりきわどかったと思いますが,無事に,全部の投稿について非開示の判決を得ることができました。投稿は全体を通してみるべきであり,全体で評価するべきです。ですが,細かく分解して反論することも効果的であるということを実感出来た案件でした。
なお,本件は,(多くの事案がそうであるように)最初に裁判外で発信者情報開示請求をして,その後,訴訟を提起した事例でした。最初の意見照会からかなり余裕がありましたので,比較的じっくりと反論を練ることができました。そのような時間的猶予がないと,調査も難しかったので,反対の結論であったとしても不思議ではなかったと思います(現に,類似の投稿では開示された先例がありました。そういう裁判例を開示請求する側の弁護士が的確に引用していたら,かなり危うかったかもしません。)。
6.Twitterで特定のアカウントを批判する専用のアカウントを作成し,「詐欺,つきまといで人を自殺に追い込んだ」と投稿をし,仮処分では開示になったが,経由プロバイダ訴訟で非開示になった事例
○問題の投稿と状況
最近,Twitterで増えているケースなのですが,特定人を「ウォッチ」等の名目で監視して,それを批判する専用のアカウントを作成する,というものです。
それ自身は,直ちに違法にはなりません。
もっとも,そのようなアカウントで行う投稿は,違法な投稿に結びつきやすく,事実,法的紛争に発展することも少なくありません。
本件も,もっぱら特定人を批判する目的で作成されたアカウントの投稿が問題になりました。
内容は,かなり強度のものであり,詐欺であるとか,つきまとい行為で人を自殺に追い込んだとか,犯罪者呼ばわりするものです。なお,対象となった人の氏名や所在地,仕事も特定できる程度の投稿がありました。
事実,Twitterに対する発信者情報開示請求の仮処分は認められており,経由プロバイダ(NTTなどの接続に使うプロバイダ)に対する発信者情報開示請求の段階から,私が担当することになりました。
○解説
投稿としてはかなりの強度のものであること,実際問題として,Twitterへの開示請求では,裁判所が権利侵害の明白性を認めて,それで開示の決定をしているわけですから,なかなか開示を阻むのは難しい案件であったといえます。
なお,仮処分は片方の言い分を聞かないから簡単に開示される,というのはデマです。仮処分を担当する東京地方裁判所民事9部の実務では,申立てに対して,よく吟味し,すぐにコンテンツプロバイダ(Twitterなどの投稿を受け付ける業者)を呼び出しません。その上で,見込みがないと,取り下げを勧告されたりします。
ですから,経由プロバイダへの本訴は,仮処分の結果に拘束されないとはいえ,ここでの開示決定は,それなりに重みがあるわけです。
さて,どの事件でもそうですが,難しい,勝ち目が薄い,と思った場合には,その部分に拘泥せずに,いろいろと視点を変えることが大事です。攻めやすいところを攻める,ということです。
といっても,同定可能性はまず争えませんし,言葉としてもかなり強度です。これくらい大したことない,というような主張は難しいでしょう。もちろん,できることは全部やりますので,反論はしますが,それだけでは大変です。
そこで,特殊事情として,Twitterは投稿IPを記録せず,ログインIPだけ記録しているということ,その場合は,投稿とログインとの結びつきは別に証明が必要であるということ,本件については,それについて十分な主張(請求者原告の訴状が転送されてきたので,不十分であると確認できました。)がないということを指摘しました。また,請求者原告の主張の補充に備えて,そもそも「結びつき」が不十分であろう,という反論も重ねました。
以上の結果,本件については,無事に非開示となりました。
本件において,請求者原告は,開示された場合にはその情報を公にするなど,脅迫ともとられかねない言動をしていました。この点も指摘はしましたが,法的にはなかなか開示を拒む理由にはなりにくいものです。ただ,裁判所に与える印象に影響はあった可能性はあります。
こちらとしては,開示された場合,そういう被害を受けるかもしれないので,それも回避できたということで,「ホッと」する解決であったといえます。
7.苗字の一部を示した上で、デブ、ブス、ブタ、最低、ゴミ、キモいなどの投稿に「アンカー」を付けた場合に、同定可能性はあるし、アンカーでも責任は生じうるが、本件では非開示とされた事例
○問題の投稿と状況
特定地方について扱う匿名掲示板に投稿された事件です。
本件においては、請求者や他の人に対して複数の投稿がされており、本件も、そのうちの一つでした。
裁判外で発信者情報開示請求がなされ、意見照会が来た時点で、私が発信者を担当することになりました。
なお、その後、プロバイダは裁判外では非開示の判断をしましたが、更にプロバイダが提訴され、裁判になりました。裁判においては、裁判所も非開示の判決を下しています。
○解説
かなり強度の投稿が多数なされているところに、アンカーを付けて、さらに苗字の一部を示した、というものです。アンカーというのは、例えば「>>123」というように、特定の投稿に対する返信の趣旨を記載することをいいます。また、苗字については、一部伏せ字にしているというもので、例えば、私の場合は「深○」というように書き込む、というものです。
さて、反論の方針ですが、発信者の投稿自体はさほど長くはなかったのですが、強度の悪口が繰り返し記載されており、かつ、それへのアンカーも含む、ということで、なかなか難しいものがありました。
検討の結果、次の様な方針とすることにしました。
①そもそも同定可能性がない。伏せ字であるので、分からない。
②仮に同定可能性があるとしても、悪口本体はアンカー先にあり、こちらは投稿していないので責任はない。
③仮に同定可能性もあるし、アンカー先の責任を負うとしても、そのアンカー先の投稿は、開示請求が認められる程度の違法性はない。具体性がないし、しかも他の裁判例と比較しても開示請求は棄却されるべきである。
なお、率直に言って、①と②は、かなり苦しい反論だと思いました。
なぜなら、名誉毀損の成否は、一般読者を基準として決めます。一般読者というのは、そのメディアを見る一般読者です。となると、この手の掲示板では、複数の投稿を閲覧することが通常でしょう。となると、一部を伏せ字にしても、複数の投稿をかき集めれば同定できてしまいます。
そういうわけで、①について、裁判所も同じような判断をして、同定可能性を肯定しました。
次に、②についてですが、これについても、一般読者は、アンカーがある場合は、アンカー先と併せてその投稿を閲読して検討します。ですから、やはり一般読者基準であれば、アンカー先についても考慮するだろうということになります。
裁判所は、詳細なロジックを示しませんでしたが、結局、アンカー先の内容も前提として権利侵害性を検討しています。
そこで、最後に③についてですが、これについては、悪口関係については、本当に色々な裁判例があります。
これについては、このページの2の投稿が典型ですが、最悪、という投稿については非開示、馬鹿という投稿については開示、というように、こちらの反論など、様々な要素が影響します。
そこで、こちらに有利な裁判例を複数引用し、かつ、アンカー先の投稿も、具体性が低いというところ、悪口であっても、権利侵害の明白性というレベルにまでは達していない、ということを入念に主張しました。なお、勘違いしている人が多いのですが、裁判所は、よっぽど法解釈に関係する重要なものでない限り、当事者が主張していない裁判例をわざわざ探し出して使ってくれません(民訴法のルールからすれば、ある意味当然のことです。)ので、この点の主張が大事です。
その結果、③については、裁判所は概ねこちらの主張を認め、非開示の判断をしました。
なお、相談される方から過去に聞いたことがあるのですが、同定可能性について、氏名がちゃんと一致しないと認められないから安心だとか、裁判外請求の段階では絶対に非開示になるから、非開示に○すれば大丈夫だとか、ネット上にはそういう話があるみたいです。ですが、いずれもデマです。
そもそも、本件は苗字のみ、しかも一部を伏せ字にしています。こういうケースでも周辺事情から同定可能性が判断されます。
また、裁判外請求では確かに非開示になることが大部分ですが、確実ではなく、しかも訴訟になった場合に、再度の意見照会をしてくれるとは限りません。現にこの事件においても、裁判外請求を受けた時点で意見照会を受けましたが、その後に提訴された時点では、改めて意見照会がされませんでした(これは勘ぐりすぎかもしれませんが、請求者が油断を狙ったのかもしれません。)。
となると、本件、ネット上のデマを信じて対応した場合、開示が認められた可能性も十分にあったということがいえます。
法律トラブルというのは不安が強く、偽医療と同じく、デマに引っかかりやすいものです。「ネットde真実」という言葉(ネット上の情報を、メディアが伝えない隠された真実である等と誤信する現象)がありますが、法律情報についても同じ事がいえます。
少なくとも、自分自身の問題については、法律相談を受けるなどして、十分な注意が必要といえるでしょう。
なお、アンカーを付けた投稿の責任が問われた事件でしたが、逆に、アンカー先の責任についてはどう考えるべきでしょうか。これについても重要な裁判例がありますので、機会があったら、解説してみたいと思います。
8.ネットでサービスを提供する会社について、実在の犯罪組織と同レベルである、データの盗用や利用者に被害を与える危険がある、セキュリティに問題がある等と記載したが非開示になった事例
○問題の投稿と状況
インターネット上であるサービスを提供している会社について、実在の犯罪組織の名前を挙げて、それと同レベルである等とブログに投稿をした事例です。他、同記事には、その会社のサービスについて、データの盗用があるとか、サービスの利用者に被害が生じる可能性がある悪質かつ危険である等と記載されています。
○解説
匿名掲示板での投稿と違い、ブログについては、一般に投稿の違法性を争うことが難しくなります。それは、次の2点からです。
①匿名掲示板なので信用性が低い、ある程度の悪口は違法ではない、という反論が難しい。
②匿名掲示板での投稿と比べて長文になるので、全部について違法性を否定できないと、一部でも違法性が認められれば開示されてしまう。
最近、裁判所の問題意識もあるのか、①について、たとえば、バカとかアホとか、あるいは、ここで解説したように「最悪」というものであっても、反論次第で、開示されないケースがあります。決してそういう投稿を裁判所が積極的に肯定をするというものではないですが、違法性が発生する程度ではない、という趣旨です。
ただ、ブログについては、ある程度記事の集積があったりするので、このような反論が通じにくい、という事情があります。匿名掲示板よりは影響力がある、ということになります。なので、開示は認められやすい傾向があります。
そして、②は更に深刻で、匿名掲示板での投稿と比べてブログへの投稿は長文になる傾向があります。
となると、具体性が深まって、やはり違法性があるのではないか、という判断に傾きます。
また、問題は具体性だけではありません。長文になると、複数の文章、テーマについて述べることになります。そうなると、A、B、Cと3つのテーマで投稿をしたところ、AとCについては違法性が認められなくても、Bについてだけでも違法性が認められると開示されて、記事全部について責任追及されてしまう、ということになります。
そういうことで、通常、ブログへの開示請求については、これを阻むのは難しいことも多いです。一方で、請求者からすると、匿名掲示板以上に投稿の影響が大きいこともあるので、どうにかして開示したい、と思うところでもあります。
さて、本件では、かなり詳細に、それも犯罪組織の名前まで出しています。それと同列に扱っている以上は、名誉権侵害つまり請求者の社会的評価が低下しない、と争うことは難しいと思われました。現に裁判所も、その点については、基本的に認める方針の様でした。
一方で、会社のサービスについては、これは正当な論評であれば、社会的評価が低下したとしても、それは適法化されるのが通常です。請求者会社側は、盗用はないということや、利用者に不利益はないはずであること、セキュリティの問題は無いこと、更にそれぞれ証拠を付けて詳細に主張立証をしていました。
その結果、おそらくは、裁判所も開示の方向で考えていたと思われる事案です。
こちらとしては、なかなか難しい案件でしたが、ここは基本が大事ということで、証拠や資料を精査することにしました。データの盗用については、生のデータをそれぞれ取り寄せて解析したところ、盗用と評価できるような結果が出ました。
加えて、セキュリティの件でも、同種システムの標準的な設計を調べて、それとの差異(問題)を細かく指摘しました。利用者に被害が生じる可能性についても、そこから否定はできないのではないか、正当な論評ではないか、10頁を超える分量になりましたが、詳細に主張をしました。
請求者は、更に証拠を追加しましたが、結局、上記の解析結果や、証拠等から、裁判所は開示を認めない判断を示しました。
とりあえず、丁寧に自分も相手の証拠も調べてみる、また、裁判所に出てきたものだけではなくて、広く情報を集める、そういうことの重要性を痛感した事件でした。特に、コンピュータのデータやシステムの設計について、かなり詳細に主張をする必要があり、大変な事件でしたが、成果につなげることができました。
9.Twitterで、障害者に対して、その氏名を摘示して障害と詐欺行為を結びつけ、キチガイであること、嫌がらせで人を自殺に追い込んだ等と投稿したが非開示となった事例
○問題の投稿と状況
ある特定人について、批判する目的で専用のアカウントを作成して投稿をした事例です。複数の投稿があり、その中には、請求者の氏名と大体の住所も含まれていました。加えて、障害に対する言及や犯罪行為の指摘もありました。TwitterへのIP開示の仮処分については認められて、経由プロバイダに開示請求がされたという段階です。なお、投稿との関係は不明ですが、アカウントも凍結されています。
○解説
氏名の摘示、障害と関係しての詐欺等や嫌がらせ行為、それが自殺に追い込んだという趣旨の投稿であり、通常、開示を阻むことは難しいケースです。実際に、Twitterに対する発信者情報開示請求においては、IP開示の仮処分が出ています。
ただ、発信者情報開示請求のハードルは、決して低くありません。「キチガイ」などの投稿であっても非開示になったケースはいくらでもあります。また、投稿された場所や、請求者の属性、言動、痛烈な批判を受けても仕方が無い人では無いか、ということで裁判所が非開示の判断をすることも多いです。
そこで、本件では、定石に従い、それぞれの文言について、過去の裁判例を引用しながら、一つ一つ権利侵害性のないことを反論していきました。ネット上の他人を批判・攻撃する文言、否定的な文言というのは、ある程度、パターン化されている傾向があります。ですから、どんな投稿でも、結構な割合で、類似の先例がみつかったりします(余談ですが、私は、この種のケースのために、3桁の数の裁判例をリスト化して整理して資料にしています。)。
更に、売り言葉に買い言葉、甘受するべきではないか、という話ですが、請求者の言動についても指摘して反論を重ねることにしました。最近は、他人を挑発するような言動を繰り返して、それを指摘されると誹謗中傷だと主張して法的措置を予告する、実行する例も多いので、ちゃんとこの点について反論することは大事です(実際に、過去に、それで何度も非開示の裁判結果を得られたことがあります。)。
もっとも、上記のような投稿ですので、これらだけで権利侵害の明白性を否定することは難しいかもしれません。こういう場合は、これまでも何度か触れてきましたが、丹念に相手方の出してきた書面を読み込む、ということが大事です。
丹念に読んでいったところ、相手方の請求の立て方、理論構成に、すこし問題があるのではないか、という点に気がつきました。専門的で複雑な話ですので、詳細は省略しますが、発信者情報開示請求というのは、通信の秘密(憲法21条2項)の例外です。憲法上の権利(これも争いはありそうですが)への例外ですので、厳格に考えるべきです。単に、「悪そうな投稿だから開示」というわけにはいかないはずです。
そこで、理論的に、法律上請求できるのは「発信者情報」である。しかし、本件の請求は、理論的には発信者情報ではないのではないか、という指摘をしました。
その結果、本件については、こちらの反論が通じまして、無事に非開示の判決を得ることができました。Twitterへの仮処分段階では開示がされていること、内容からして、開示に同意も検討するべき案件だったかもしれません。更に本件は、請求者代理人は著名な弁護士でしたので、間違いがあるわけはないと思いました。ですが、丹念に記録を読んだこと、それが功を奏した例であると思います。
10.「死ね」という発言について状況や請求者の振る舞い等について反論して非開示となった事例
この「死ね」という言葉については、一般に、名誉感情の侵害があるとして、開示を認めるケースが多いようです。
本件も、そういう事例でした。
この言葉の意味合いそのものについて反論することは困難でした。
もっとも、相手方は有名な人物であるものの、その言動については批判を招くことも多く、自ら攻撃的な言動もしていました。
加えて、この投稿がされた状況も、やや特殊なものであり、「死ね」程度の投稿は、他にも複数あったという特殊事情がありました。
そこで、それらの事情、つまり請求者の属性や言動と、投稿のされた状況を詳細に主張し、本件では「死ね」といっても違法性はないはずだ、という骨子で回答書を作成しました。
その結果、無事に、非開示の結論を得ることが出ました。
発信者情報開示請求、特に名誉感情侵害は、キーワード一発勝負なところもあります。ですが、言葉というのは、状況と離れて存在するものではありません。そこで、諦めずにそのような事情を詳細に主張したことが、この結論を導けたポイントであると思います。
備考・参考資料(専門家向け)
事案はぼかし,原意を損ねない限度で改変・再構成していますが,いずれも資料の裏付け・根拠ある実際の案件で,かつ裁判になったものです(裁判外請求は非開示になるケースが通常であり,先例として価値が高いとはいえないため)。
また,私は,発信者側でも8年以上前から弁護をしていますが,ここで取り上げるのは,先例的価値を考慮してできるだけ最近のものに限っています。
なお,発信者情報開示請求を受けて,発信者情報開示に係る意見照会書を受け取った場合の回答書の作成方法などについては,弁護士向けであれば,インターネット権利侵害 削除請求・発信者情報開示請求“後”の法的対応Q&Aを参照してください(一般の方は弁護士への相談をお勧めします。)。