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#284【連載小説】Forget me Blue【画像付き】
結局、ペー太は心行くまで三階を飛び回った後、自分で二階リビングに戻った。そこでもう一度祖父が声を掛けたら大人しく腕に止まったので、ちょっとした冒険は終いになった——矢張り祖父の予想通りで、今まで行ったことがなかった三階を見て回り満足したようだ。
「ふう。ペー太の奴が羽目外したせいで、すっかり腹が空いちまった」
「三階に行きたかったならちゃんと頼めば良いのに、ペー太ったら」
「いや、どうやって頼むんだよ。喋れんのに」
きちんとケージの扉を閉め、華奢な南京錠を掛けた祖父がため息を吐きながらぼやいた。するとキッチンに立ちエプロンを着けた佐村が妙なことを言ったので、イチは眉を寄せて突っ込んだ。相変わらずの発言である。
「あ、つくね串出してくれてたんだ。ご飯は炊けてるし、後は豆腐とワカメと油揚げの味噌汁作ったらOKだね。朝ご飯みたいなメニューだけど」
「偶には良いでしょう。サムさんも疲れてるんだし」
「ううん、少し寝たから充電ゲージ満タンだよ」
「流石やな。俺は少し前から寝ても完全回復はしなくなったな……」
「赤ちゃんが居るから疲れるもんね」
「いや、そうだけど……」
冷蔵庫から豆腐を取り出している佐村とそんな話をしていたら、ポケットのスマホが「ラ◯ン」と鳴った。見ると溝口からのラ◯ンメッセージを受信していて、『イチさんと佐村さんのお誕生日パーティーですけど、今度はウチでやりません?』とあった。
「溝口さんが、俺らの誕生日パーティー、ウチでやりません? って」
「え? 溝口さんのお家で?」
「おう。確か、S町の方だったよな」
「ご実家なんだよね。お父さんとかお母さんとか、ご迷惑じゃないのかな」
「ん、聞いてみるわ……」
首を傾げた佐村がそう言い、イチはこっくり頷くと溝口宛てのメッセージをぽちぽち入力した。すると、彼女から再びメッセージが送られて来た。
『プレゼントは何が欲しいですか? あ、ケーキはまたあかちゃんが買って来てくれます。今度はエカテリーヌの』
「おお……サムさん、プレゼントのリクエスト聞かれた。そんで、ケーキはまたあかちゃんが買って来てくれるって。エカテリーヌの」
「そうなんだ! じゃあ、あかちゃんのお誕生日には俺達が買って行かないと。いつか聞かなきゃ」
「ていうか、溝口さんとあかちゃんはもう付き合ってんのか? すっかり家族ぐるみって感じだけど……」
イチが首を傾げながらそう言うと、豆腐を切っている佐村がにこにこして「そうかも知れないね!」と応えた。ライバル(?)の引き取り手(?)が現れたのが嬉しくて仕方無いようだ。
それから佐村は手早く味噌汁を完成させ、受付の未央を呼んで食卓に着いた。勿論つくね串だけでは足りないから、冷凍の焼売も追加で解凍した。
「塩分多めだけど、だからこそご飯に良く合うね! つくね串」
「これ、母ちゃんが良く弁当に入れてくれてたなー。遠足の味って感じ」
「遠足の弁当と言えば、林檎のうさぎ、ミートボール、唐揚げ、だし巻き卵。ちっちぇーリュックに詰めて行くんだよな。他にパンダのマーチとか、予算内のお菓子も。後は斜め掛けの水筒」
竹串に刺されたつくね串をパクッと口に入れた佐村が満足そうに言うと、同じようにした未央が少し遠い目をして思い出を披露した。イチも遠い昔の記憶(もう二十年ちょっと前の話だ)が呼び覚まされて、微笑みながらそう話した。そうしたら、未央がうんうん頷いて「母ちゃんの粉吹き芋、めっちゃ美味しいよね」と応えた。
「粉吹き芋か……最近食ってねぇな。あれ、急いで食うと噦止まらなくなるんよな」
「ブッ。兄ちゃん早食いし過ぎ」
「イチ、粉吹き芋食べたいの? 今日の晩ご飯に作ってあげよっか?」
「おお! サムさんの粉吹き芋、是非食べたい」
きっと佐村の作る粉吹き芋は、笑美のそれよりもずっと美味しいだろう。そんな風にやや失礼なことを考えながら、イチは笑顔になった。すると、見ていた未央が口を尖らせて尋ねる。
「そんで、二人共溝口さんに何リクエストするん? 誕プレ」
「ああ、忘れてたわ……でもやっぱ、ベビーグッズとかが良いな」
「俺もそれが良いかも! 自分のものはそんなに思い付かないし……」
「まあ納得だけど、何かつまんないな。もっとインパクトあるもの、リクエストしたら良いのに」
「インパクトあるものって何だよ!!」
やや眉を寄せた未央がそんな感想を言って、イチは思い切り突っ込んだ。皆に鯖チョコレート缶詰を配ったばかりの彼らしい発言だが……しかし、所謂ネタ系に走るのも面白いかも知れない、とイチは思い直した(只、自分でリクエストするものではない気がする)。
「あっ、イチ、食べたら一緒に婚姻届のデザイン見ようね。そんで、証人とかも決めないと」
「証人? そういやそんなのあったな」
箸を握った佐村が目をきらきら輝かせながらそう言って、イチは僅かに目を見開いた。自分には一生縁が無いと思っていたから良く知らないが、婚姻届には両方の証人の署名が必要だ。
「イチは誰に頼むの? 俺は、母さんにしようかなって思ってるんだけど……」
「へえ、そうなんだ。俺はまだ決めてない……」
イチは佐村に応え掛けて、ふと未央を見た。証人は誰に頼んでも良いことになっているが、ポピュラーな相手は両親やきょうだい等家族である。ごく親しい友人に頼む場合も多いそうだが……。
「未央、証人になってくれる? 成人年齢が十八歳になったし、なれるやろ」
「えっ」
「ええっ」
イチがそう頼むと、未央と佐村が揃って声を上げた。それにイチはこっくり頷いて、「せっかくだし、お前になって貰いたいなと思って」と付け加えた。
「う、うん……良いけど」
「ええ、未央さんが証人か……何か複雑」
眉を寄せてそうぼやいた佐村よりも、余程複雑そうな表情で未央が頷いた。それにイチは苦笑した——自分のことを好きな彼に頼むなんて残酷かも知れないが、だからこそそうした。この先三人の関係がどうなったとしても、イチは未央を切るつもりが無いし、譬え彼が離れて行ったとしても、たった一人の弟として愛しているから……。
「おっ、イン◯タライブのこと、すっかり忘れてたや」
暫しの間落ちていた沈黙を破って、ソファに掛け「密林 Water TV Stick」で往年の人気時代劇「おにぎり犯科帳」を観ていた祖父がそう言った。それにハッとした表情になった未央が、「じーちゃん、いつライブやるん? 良かったらグループラ◯ンで召集掛けてあげるよ」と申し出た。
「召集って!」
「凄いですよね、未央さんの動員力。この調子だと、お祖父様はトップインフルエンサーへの階段を一気に駆け上りますね!」
「八十七歳トップインフルエンサーとか、テレビの取材とか来そうだよね! 有名ようつーばーとコラボしたりして!」
「イン◯タなのにようつーばーとコラボするんか?」
今度は逃がさないように気を付けないとな、等と呟いている祖父を余所に三人は盛り上がったが、イチは本当は少し悲しかった……。
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【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村と出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。
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