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#10【1記事¥100】Forget me Blue 【連載小説】

【会社員×両性具有の管理人】寂れた商店街の一角にある駐車場の管理人であるイチは、ある日訪れた時間貸しの客、佐村さむらと出会いすぐに惹かれていく。しかしどこか陰のある彼には悲しい過去があって——。

 明くる日の朝食は相変わらず全粥だったが、昼から普通食に切り替わるのでイチは楽しみにしていた。貰った献立表によると、メインは「鶏肉と野菜のソテー」だ。いきなり肉で嬉しくなったが、ちゃんと食べられるか不安だった——全粥でも食べ終わるのに結構時間が掛かるのである。
 イチのベッドは廊下側なので窓から一番遠い。朝の歯磨きの時窓辺まで行ったら、青いY川が見えたので胸がスッとした。病院は十一階建てで、イチの病室は十階にあるから遥か下に地面が見えた。そばのバイパス道路を車が引っ切り無しに行き交うのも見えていて、中中良い眺めだな、と思ったからスマホで一枚写真を撮った。それに『良い眺め!』と一言添えたラ◯ンメッセージを佐村に送信した。
 それから点滴を一本投与されたから、しばらくベッドに座ってスマホを弄っていた。術後二日目になり、じっとしているときはそこまで痛くなくなった。けれども歩くと痛いので、トイレの度に憂鬱になった。
 昼間の病院は常にざわざわしていて、そんな中ベッドに入っていると少し不思議な気持ちになった。けれどもたくさんの人が居るのは安心する——本当は、佐村の隣が一番落ち着くのだけれど。
 そんなことを考えて、スマホを持ったままぼんやりしていたら、カーテンの外から「奥さん」と声を掛けられたのでびくっとした。
「はい?」
「ちょっと開けても良い? お話したいの」
「え、ああ、良いですよ」
 昨夜は断りなく開けたのに、と思ったがイチは快諾した。時時頭がはっきりしていないことのある山本だが、何度も話をしたし初めほどの苦手意識は無くなっていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
 シャッとカーテンを開けた山本は、イチを見るなり深深と頭を下げて挨拶したから何だかおかしかった。けれども顔には出さないようにして挨拶を返す。
「今日は良い天気ね。でも、鱗雲うろこぐもが出ているから雨が降るかもね」
「そうですね。俺、鱗雲好きなんだけど、雨は嫌だな」
「でも、夏の雨は良いね。草花が喜んで、良い香りがするでしょ」
「そうですね」
 定番の天気の話題だが、山本は酷く楽しそうに話すからイチは微笑んだ。どのくらい入院しているのか知らないが、おそらく長期なので話し相手が欲しいのだろう。イチは後数日で退院してしまうのだが。
「今日も旦那さんは来るの?」
「あ、はい。仕事が終わったら」
「そうなの。優しい旦那さんで良かったね」
「はい」
「私の旦那は早くに死んじゃったからね。女手一つで二人育てたの。両方男」
「そうだったんですか」
「でも、二人とも嫁に取られちゃった。見舞いにも来やしない」
「ええ……」
 そう聞いて、イチは山本が少し気の毒になった。確かに、息子は嫁に取られるというのはよく聞く。お腹に聡一の居るイチだって他人事ではないが、例えそうなったとしても仕方無いな、と思った。元気で居てくれればそれで十分である——と言っても、その時になってみなければ自分がどう感じるかなんて分からないのだけれど。
「男の子? 女の子?」
 一瞬何を聞かれたのか分からなかったが、山本が腹の膨らみを見ているのに気付き、「男の子です」と答えた。すると彼女は微笑んで言う。
「嫁に取られるけど、男の子は良いよ。小さい頃は女の子より手が掛かっても、その分可愛い」
「そうなんですね。一人目だから上手く育てられるか……」
「心配しなくても大丈夫。手抜きしても案外子どもはちゃんと育つから」
「はは。それ聞いて、少し気が楽になりました」
 イチはそう応えて微笑むと、大先輩﹅﹅﹅の話を聞くのも良いものだな、と思った……。

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