「罠の戦争」第五話感想「第五〇回衆議院選挙」
全十話の「罠の戦争」、折り返しで代議士に当選
「罠の戦争」は全十話で完結するらしい。今回は第五話だから折り返し地点まで来たわけである。最初からネタバレを書いて申し訳ないが、紆余曲折はありつつも鷲津亨は選挙戦を勝ち抜き、代議士となる。
一話から五話までは「政治家の秘書」の話、第六話以降は「国を代表する代議士」の話ということになる。代議士になれば社会的地位も高くなる。ずっと「弱者の反乱」テイストでいくかと思っていたので意外な流れだ。もちろん亨の敵は桁外れの権力を持っているはずだが、亨自身が権力を持ち、どのように変化していくのかも今後の見所となる。
疾走するドラマ
小さいところから始まって徐々に規模が大きくなっていくのはお話作りの定石だけど、「罠の戦争」はそのテンポがすごく速い。代議士の秘書が選挙に打って出て、総理大臣が後押しする落下傘候補を破って当選するストーリーはそれだけでひとつのドラマになりうる規模感だが、あっさり一話で処理してしまう。まずはそのスピード感に驚く。
現実とのリンク
亨が闘うのは「第五〇回衆議院選挙」である。この数字になにか意味があるのかと思い調べてみたら、直近の衆議院選挙は2021年の第四九回衆議院選挙であった。もし次回、衆議院選挙があれば、それが第五〇回となるわけである。おそろしくリアルな数字だったのだ。
現実とリンクすればするほど時間の経過により陳腐化する可能性も高くなるわけだが、このドラマはそういうことを恐れずに日本の「いま」を描いている。今後、弱者、とくに女性と貧困の問題が出てくるはずなので、どこまでリアルに描くか、期待したい。
草彅剛の声のコントロール
今回の舞台は主に三つ。選挙事務所(含む選挙カー、選挙演説)、官邸、息子の病室。このうち鷲津亨が素顔を晒すのは息子の病室である。眠り続ける息子に語りかける姿は、落ち込んでいたり、笑ったり、泣いたりと喜怒哀楽が大きい。けれども、ほんのすこしである。亨の態度は選挙事務所でもあまり大きく変わらない。もともとひどく優しい人なのである。そのことは蛍原の受けているパワハラにいち早く気づき、サポートした態度からも明らかだ。
考え方としては二つある。もともと裏表のない性格だった可能性。もうひとつは、政治家の秘書を長年(二十年くらい?)つとめていたため、誰に対しても表の顔しか見せなくなってしまった可能性。
どちらにせよ、感情のうねりが目立たない「鷲津亨」はきわめて演じにくいキャラクターである。草彅剛は、そんな亨の感情を描くために表情はもちろん、声をうまく利用している。家族と話すときはゆっくりした声であり、対立者と話すときはより速く、より低くなる。仲間内(いまのところ、蛍原、蛯沢、貝沼、鰐淵、可南子、熊谷の六人が設定されている)にはその中間くらい。
「ブラタモリ」で長年ナレーターを務めているだけあり、声のコントロールが非常に精密だと感じる。今回の役作りでは大きな武器になっているのではないだろうか。
牛丼の話
蛍原はずっと蛯沢のことを疑っている。蛯沢の兄の陳情に対応し、忙しさのあまりそれを放置したのは亨の罪だ。じつはそのことに気づいているのではないかというのが蛍原の疑念である。そこに巻き起こる蛯沢スパイ疑惑。
蛯沢は幼馴染みの友だちに牛丼をご馳走し、「選挙に行けよな」と言ってしまう。これは買収に相当する。蛯沢は深夜までかかって、ひとりひとりからおごった牛丼代を回収し疑念を晴らすのだが、このエピソードは同時に、現在の日本の選挙ががんじがらめに法律で縛られている現状の描写ともなっている。
そして、スパイに相当する人物は実際に存在し、それを利用して、亨が総理側の陰謀を潰す場面につながっていく。
エピソードに複数の意味をもたせ、次のエピソードにつなげていく。当たり前かもしれないけど、脚本がうまい。
鷲津亨の演説
今回のクライマックスシーンは、選挙最終日の演説である。車の渋滞にひっかかった亨は走り、なんとか最後の五分(応援の鴨居大臣のいられるタイムリミット)に間に合う。
私は、と語り始めた時には地方経済の復興と再開発について語るつもりだったのだろう。だが、言葉に詰まり、もう一度、私は、と言い直す。このときには、言いたいことを言おうと腹を固めていた。で、実際の演説がこれ。
感動してしまうのだけど、テキストにして読み返してみるとどうだろう。中身は私事である。息子が目覚めたときにもう一度格好いいねと言ってもらえるようにって、みんなのことを考えなければならない政治家としてどうなの。腐敗した権力と闘うと言っているが、具体的な中身はないし、かなり異様である。政治的な言葉は「中身のないことをもっともらしくいうこと」が多いのに対し本音をいうところは痛快だが、政治家としてはまずい。なぜ鴨居大臣はうなずいているのだろう。
理由が示されない
鷲津陣営はずっと劣勢に立たされている。相手は人気、金、人員を持っていて、総理の後ろ盾がある。情勢分析ではずっと6ポイントくらい負けていて、投票が始まってからも2ポイント近くの差がついている。が、最終局面で突然の「鷲津当確」。理由らしきものはまったく示されない。えっという感じである。
地盤が固かったのか、幹事長の肝いりだったせいか、民政党の看板が効いたのか、たぶん総合効果だと思うのだが、それらの要素説明を「当確」の知らせだけでばっさり切った省略がすごい。いろいろあっても主人公が勝つのだからよけいなことは言わないという姿勢が潔いと感じたのだった。
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