【ショートショート】最後の願い
妻の誕生日なので、赤い薔薇を買ってきた。
妻に渡すと、嬉しそうではあるが、微妙な表情をする。
「どうしたの」
「生花ってねえ、どうやって飾っても、いずれ朽ちていくでしょう。それが見ていて、微妙なのよね」
老化ということか。そうだな。老化を考えねばならない歳だもんなあ。お互い還暦を超えた。
その夜、夢に魔法の精が出てきた。
「ワシは、願いごとをかなえる存在、ジン。おまえの望みはなんだ?」
「そうですねえ。枯れない薔薇?」
ジンはしばらく黙り込み、
「無理だな」
と言った。
「願いごとに無理ってあるんですか」
「物理的に無理なものは無理。でも手がないことはない」
「どんな手ですか」
「おまえさんの寿命をすこしずつ足してやればいい」
今度は私が黙り込む番だった。
「なあに。薔薇の二、三本、たいした生命力じゃないぞ」
「わかりました」
「じゃあ、毎朝、薔薇に水をやるときにそっとなぜてやるといい」
目が覚めた。
私は、花瓶の薔薇に水を吹きかけ、そっとさわった。
「長生きするんだぞ」
「なにを言ってるの。おはよう」
妻が起きて来た。
「おはよう」
一ヶ月がたった。
「この花、いつまでも枯れないわねえ」
「そうだろ。特別な薔薇なんだ」
「ちょっと薄気味悪いわ」
「いいじゃないか、いつまでも美しいままなんだから」
やがて私は秘密を抱えたまま死に、数日後に薔薇の花も色あせた。
妻はなにか察するところがあったのか、私の墓に薔薇を飾り、
「バカねえ」
と呟いた。
(了)
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