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【いわし園芸】薔薇と砂漠の踏切
noteブログシティのかたすみにある、note商店街。このたび園芸ショップを開店しました。季節の草花を取り揃えております。
あと、私、大のおしゃべり好きでして、お店に立ち寄っていただいた際には、少しお話におつき合い頂ければとても嬉しいです。今日は双子のお客さんがきましたよ。なんでもずっと旅をしているんですって。まだほんの子どもに見えたけど。
双子のお客さんは、砂漠に立ち寄ったときのことを話してくれました。なんでも、砂漠のど真ん中に踏切があるらしいんです。いったいどこなんだろう?
かーん
かーん
かーんかんかんかんかん
砂漠の踏切の警告音は鳴り止むことを知らず、夜明けの澄んだ空気をぶっきらぼうに震わせています。
おそらく昨日も、一昨日も、そしてそのまたずっと前から踏切は鳴り続けていて、そして明日も、明後日も、そのまたずっと先の未来までも鳴り続けていて、もし仮にその踏切を横断しようとしている人がいたならば、その人はもうずっと立ち尽くすほかないのだと、ミミオとビビコは知っていました。
現に踏切の前にはくたびれたサラリーマンが、立ち続けることにも疲れた様子で、踏切のポールにハンモックを吊ってゆらゆらとまどろんでいたのです。
砂漠の真ん中の踏切は、蜃気楼のように実体と幻の狭間を漂うのであって、踏切の開くのを待つサラリーマンの体もまた、ひたひたと幻にかわってゆくのです。サラリーマンの体はうっすらと透き通って、彼が寝転がっているハンモックの網目が見えるのでした。
「この踏切がいつ開くのか、あんたがたは知っとるか?」
サラリーマンの話す言葉には、ミミオとビビコがもうずっと以前に訪れたことのある、「カンサイ」という国の訛りがあるように思われました。
サラリーマンが「カンサイ」からここまでやってきたとすれば、きっとかなりの年月を要したのでしょう。
もしかしたら、「カンサイ」を出発した頃には、サラリーマンはまだあどけない少年だったのかも知れません。
「もう、その踏切がひらくことは、ないでしょうね」
ミミオはできるだけ抑揚をおさえて、ゆっくりと答えました。サラリーマンを怒らせてしまうかもしれないと思ったからです。
しかしミミオの予想に反して、サラリーマンの態度は終始落ち着いたものでした。
「ああ、やっぱりなあ、俺もそんな気がしとった」
サラリーマンはそう嘯いて、スーツのポケットをごそごそとやりはじめました。
はじめポケットからは小麦色の砂がさらさらと零れ落ちるばかりでしたが、やがてぼろぼろに色あせた縦笛が現われました。
「俺が旅に出ようと思ったのは、小学校の音楽教室で皆と『蚊のカノン』を吹いていたときのことやった。そう、『蚊のカノン』は寂しい曲やった。あんなもん学校で教える曲やない、あれはひとりで吹くための曲や」
「わかるわ」
ビビコもそう思いました。サラリーマンは縦笛をそろそろと口にあてがいました。
合わせてビビコが砂漠の空に向けて『蚊のカノン』を歌います。
蚊が飛んで来たぞ
蚊が飛んで来た
さされる前に潰してしまえ
ほらまた来たぞ蚊が飛んで来た
サラリーマンの笛の音と、ビビコの歌声は、ところどころ踏切の警告音に遮られたものの、なんとか演奏を終えました。
「小学校の音楽教室は、校舎の三階にあった。俺は窓から縦笛をもったままとびおりて、不思議に怪我ひとつせんかった。地面に着地したとき、ちょっと後ろをふり返ってみたけど、もうそのときには小学校は姿を消してどこにも見当たらんかったんや」
「それから、ずっと旅をしてきたはずなんやが、どこに立ち寄ったのかはもう思い出すこともできん。気がついたら小学生やったはずの俺は、ごわごわの背広を着てこの砂漠に立っていた」
話し終えたサラリーマンが、のそのそとハンモックから降りてビビコとミミオの前に歩いてきます。ミミオは言いました。
「おじさん、もう踏切は開かないよ」
サラリーマンは少し悲しげに笑いました。
「途中までなら一緒に行ってあげてもいいよ」
サラリーマンは、ハンモックを丁寧に砂のなかへと埋めたのち、ふたりの後ろをよたよたと歩いていたのですが、ふと気づくと、その姿はどこかへ消えてしまって、いくら探しても見つからなかったそうです。どこいっちゃったんでしょうか。あ、長話。またいらしてくださいね。
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