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変な話『ヒーローか?悪か?』

 僕の父は、世界最強のヒーローだった。

 これは例えでは無く、文字通り最強のヒーローだった。空も飛べたし、銃弾よりも速く動き、鋼より硬く、一人で八台のスクールバスを持ち上げ、核の爆発にも耐え抜くほどのスーパーパワーを持っていた。

 息子であるこの僕にも、同等の…いや、それ以上のスーパーパワーがある。はっきし言って父の上位互換である。

 父と大きく違うところは、父は人気者であった。蔓延る悪から善良な人々を救い、称賛されていたのだ。時代は今よりも混沌としていた。そこに現れたスーパーヒーローは、あっと言う間に世界を平和にしたのだ。

 そして僕がヒーローに目覚めた時には、既に倒す敵はいなかったのだ。

 スーパーパワーを持ちながらヒーローとしての道を断たれた僕は、完全に不貞腐れていた。スーパーでバイトしようものなら、スーパーヒーローの息子として取り囲まれてしまうし。どんなに早く走ったところで、陸上協会は父親がスーパーヒーローである僕の記録を無効とした。
 サッカー協会も体操協会も…。全てのスポーツ協会が、僕の記録は人外としてしまう。そりゃそうだ。真面目にスポーツに取り組んでいる彼らが僕にかなうわけない。

 地球温暖化の原因は、僕が猛スピードで空を飛んだからだと言われた事もあった。ある学者は、僕の力が地球の自転軸を歪めているとも言った。

 何よりも僕が生き辛い事は、迷宮入りしかけた犯罪の容疑者としてあげられてしまう事だ。警察は証拠もなく真犯人が見つからず捜査に行き詰まると、決まって僕に白羽の矢を立てるのだ。もちろん僕は、人を殺した事なんてない。しかし地球を七秒で一周できる僕には、地球の裏側で起こった殺人事件でさえもアリバイが成立しなくなってしまう。世間への恨みを抱えている事を動機にされてしまえば、否定はできない。不満しかないし、ムシャクシャだってする。父との親子喧嘩だって壮絶なものになってしまう。それを僕は理解してるから、腹が立った時は自分の腿を力強く抓って我慢しているのだ。

 ずっと我慢しているのだ。

 それでも僕が悪に染まらない理由は、僕がいい奴だからだ。両親は僕を優しく強い子に育ててくれた。近所の人たちも友人も学校の先生たちも僕を特別扱いせずに愛してくれたのだ。だから幸い、僕は悪の道に染まらずにここまで生きてこれたのだ。
 僕の事をよく知らない世界は、僕を脅威だと感じる事もあるだろう。でも僕を育ててくれた人たちの悲しむ顔は見たくない。

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