デザイン×テクノロジーで伝統産業の活性化に挑む――富士通デザインセンターの社会課題アプローチ
デザインとテクノロジーを活用し、クロスインダストリーで社会課題にアプローチする富士通デザインセンターの取り組み。
その筆頭が、2022年から徳島県三好市の三芳菊酒造と進めてきた日本酒造りのプロジェクトです。アプリの開発や、「日本酒に音楽を聞かせる権利」のNFT(非代替性トークン)化など、デザイナー自ら事業化をけん引しユニークなアプローチで社会課題の解決を目指しています。
リリースしたアプリの反響や、デザイナーがプロデューサーとして事業化に関わった意義について、センター長の宇田とプロジェクトリーダーを務める飯嶋が語り合いました。
「みんなでつくる」をコンセプトにした革新的な日本酒造り
宇田: そもそものはじまりは、富士通Japan徳島支社による地域課題の解決を目指すBIZAN PROJECTへ参画し、三芳菊酒造の馬宮亮一郎代表たちと知り合ったことです。それとは別に、ブロックチェーンの専門家を招いた社内勉強会で、当時アメリカで流行っていた、歩くことで仮想通貨(暗号資産)を稼ぐSTEPNなどのNFTゲームについて学ぶ機会がありました。
こういったまったく別のインプットがセレンディピティ(偶然がもたらす幸運)によって結びつき、加振醸造(醸造工程で振動を加えることで味に変化をもたらす酒造りの手法)やNFTの知識、プロセスエコノミー(成果物だけでなく、制作過程も収益をもたらすという考え方)を混ぜ合わせて、今回のアイデアが生まれました。
散らばっていたビジネスの種が、みんなの頭の中で結びついて芽が出たんです。
飯嶋: 三芳菊酒造さんは老舗ですが、従来の日本酒業界は伝統を重んじる傾向にあり、新しい技術や売り方に対する挑戦が生まれにくいと聞きました。また、日本酒の消費量も減少傾向にあり、多くの酒蔵が収益が悪化しています。
そういった状況を踏まえ、今回のプロジェクトは業界の常識にとらわれず、自分たちがその時に一番いいと思ったやり方で進めてきました。
具体的には、「みんなで作る日本酒」をコンセプトにした、今までにない消費者参加型の酒造りです。加振醸造では醸造タンクにスピーカーがついています。そのスピーカーで流す音楽に注目しました。
ユーザーはジャンルの異なる4曲から好きな曲に投票します。得票率に応じて各楽曲を酒蔵で再生し、酒の味わいに変化を与えました。こうしてできたのが「SAKE WAVE FES」という日本酒です。
ユーザーのエンゲージメントを高めるために、製造過程も積極的に情報発信しました。アプリ「Join&Make」の開発や「日本酒に音楽を聞かせる権利」のNFT 化など、デザインとテクノロジーをかけ合わせたアプローチにも挑戦しています。
事業立ち上げの経験で磨かれる「デザイナーのやり抜く力」
宇田: いくら新しい発想や自分たちが一番いいと思った方法に突き進みたくても、理想論だけでは事業はできません。生みの苦しみは必ず出てきます。デザイナーはその苦しみを理解して、ビジネス感覚を磨くことが必要。デザイナーもマーケター、エンジニア、ビジネスパーソンの素養が求められていて、そのためには、自分たちでビジネスをやってみる経験を積むのが一番いいんです。
飯嶋: 以前、若手デザイナーの研修でアプリを開発したときに、3カ月でプロジェクトを閉じざるを得ませんでした。それがかなり悔しかったので、リベンジの気持ちもありましたね 。
アプリ開発そのものは富士通では特別なことではありませんが、開発部門ではない自分たちデザイナーが、一般の方へ向けたサービスとしてリリースするのはとにかく大変でした。
個人情報保護、セキュリティ、資産管理方法など、社内で定められたリスク対応事項の社内調整やドキュメント整備などの対応にも苦労しました。だけど、非常にチャレンジングで面白かった。これまでもデザイナーとして参画したプロジェクトでは、その都度きちんと役割を果たしてきたと思っていますが、今回の苦労を考えると、今までの取り組みは甘かったと感じます。
宇田: 日頃の業務でも、現場で意見が対立する局面でリーダーシップを発揮してやり抜く力が強く求められます。飯嶋さんを含め、参加メンバーにはそうしたリーダーシップを期待していました。
失敗を恐れないのではなく、失敗の向こうにあるゴールに向かう「やり抜く力」です。飯嶋さんは私の意図を上手にくみ取って進めてくれたと思いますね。
飯嶋: 宇田さんは客観的に意見を出してくださるので、すごく刺激的でした。開発していると開発側の都合でやりやすい方に流れてしまうことがあります。そのことを宇田さんから指摘されることもあれば、自分の中の「内なる宇田さん」がそれは違うだろうと言い出すこともありました(笑)。そういった内省を経ても、さらにリアルの宇田さんに指摘されることもありましたが。
作り手の甘えや都合を出さず、ユーザー目線をしっかりと認識した上で発想する大切さを痛感しました。
宇田:作っていると「作りたい」気持ちが先走り、「この人に向けて話したい」というターゲットからズレることがあります。そんなときも、あえて正解を言わず、気づきを与えるだけに留めることを心がけています。
富士通デザインセンターが事業をやり抜く力を持つためには、デザイナー自身が実践の中で「自分で気づきながらやり抜く力」を身につけなければなりませんからね。
クロスインダストリーで社会課題に取り組む事例を増やしていく
飯嶋: 2024年3月に、日本とアメリカでアプリの第1弾をリリースしました。当初の予定からは遅れたものの、まずはアイデアが形になったことに意義があると思っています。第1弾で得られたフィードバックを反映して、2024年8月には第2弾も公開。UX/UIの改善やNFTの表現や説明など、もう山のような修正箇所があったんですが、無事にリリースされてよかったです。ユーザーのみなさんからは2,170票の投票をいただいて、今は醸造過程に入っています。
宇田: 商品の魅力をお伝えすると、音楽を聞かせた酒とそうでない酒の飲み比べセットにしたことで、味の違いを作って楽しむと言う新たな体験価値(UX)を消費者へ提供できましたね。
また、最近では、業界外の企業からコラボレーションの話が来ています。さまざまな業種を結び付けて価値をつくっていく、クロスインダストリーの社会課題解決事業であり、まさにFujitsu Uvanceの先進的な実践事例として、社内でも引き合いがあります。 今後、異業種同士が結び付いたサービスを、目で見て触って体験できる形にして社会に実装し、三芳菊酒造の変革する姿とともに富士通のビジネスコーディネーション力を見せていきたいと考えています。