常識のギャップ
私には今年22歳になる甥っ子(R )がいる。
昔から恥ずかしがり屋だったが無口というほどではなかったのに、いつからか人の目も見ないし口も聞かない子になってしまった。
そんなRが、本人の希望で昨年のクリスマス直前に実家の両親の家に下宿することになり引っ越してきた。
私の実家の母屋は一階と二階に4部屋ずつとLDKという築50年の大きな家だ。
昔は祖父母、両親と私たち二人姉妹の6人暮らしだったのだが、祖父母が亡くなり私たち姉妹も結婚を機に家を出ているので、今では両親のみが大きな庭のあるこの家に住んでいる。
両親は現在一階に寝室を設けている。
そしてRは2階の一番日当たりの良い部屋を与えられた。
引っ越し早々のクリスマス。Rは祖父母(私の両親)と過ごした。
イブはお寿司、クリスマス当日のお昼はKFCと炒飯とミスドを用意され、夕食はカレーライス。
元々エンゲル係数の高い家だが、孫との同居で両親も張り切っているのだろう。いつにも増して豪華だなと苦笑しながら、母から届けられるLINEを見た。
それでも冬休み中でゲーム三昧の大学生にはKFCと炒飯は堪えたらしく、夕食のカレーはおかわりをしなかったらしい。
しかし代わりに夜食のつもりなのか、Rはお昼に食べなかったミスドを持ってそそくさと部屋に戻って行ったのだとか。
ん?と私の中で違和感が湧いた。
私が実家で暮らしていた時、自分の部屋に食べ物を持ち込むという習慣がなかった。習慣というより、その行為自体したことがない。
そんなことは考えたこともなく、夕食前におやつを食べるにしても、自室で隠れて食べるなんて考えもしなかったのでよく母に叱られた。
そのことを家族4人(両親と妹(Rの母))のLINEチャットで深く考えずにコメントをすると妹は『私も嫌だけど言うこと聞かないから』という。Rは妹の家でも以前から度々食べ物を自室に持ち込んでいたらしい。母は『Rの部屋はRが掃除するし、放置して虫が湧いても自己責任だから』と締め括った。
なんとなく(母は内心嫌なんじゃないだろうか)と感じたのだがその時はそれ以上は突っ込まなかった。
私も少し腑に落ちないまま時がすぎる。
数週間後、私は母に電話した。
実はその一週間前に私は妹にも電話をして部屋に食べ物を持ち込むというRの態度について母は本当は嫌なんじゃないだろうかと話した。
妹も私と同じように感じていたらしく、ことあるごとに『お母さんのやり方があるのならはっきりとRに言ってくれればいい』と伝えているのだが、最終的に『男の子なんて育てたことがないからわからん』やら『Rを躾けるつもりで預かったんじゃないから』と母から八つ当たりされるのだとか。
妹が言うには母はRに何らかの遠慮があるのかもと言う。
私からも母に伝えて欲しいという妹の言質を取り、その後じっくりと寝かせてから母との会話に挑んだ。
そろそろRとの同居もひと月が過ぎようとしていたので経過伺いといった体でのやり取りだ。
母は最初面倒くさそうに(多分本心を言いたくないのだろう)私との会話を進めていたのだが、時間の経過とともに少しずつ本心が見え隠れし始める。
どうやらRは両親と食事を一緒に摂らない時は部屋に持ち込んでいるといい、それがやはり母のネックになっているらしい。
私としては孫とはいえ二十歳を過ぎた大人が祖父母と同居するのだから共同生活をする上でのルールを決めて当たり前だということを伝えたかったのだが、母はルール=躾、Rを躾けるつもりなない、となっているようだった。
どちらにしても嫌なことは嫌と早めに言わないと面倒臭いことになるよと伝え、母も心のどこかでそこはわかっていたようで、近いうちにRに話すからと言って電話を切った。
そしてその夜、早速母から電話がありRに話したという。
まさかこんなに早く重い腰を上げるとは思っていなかったのでびっくりしたが、やはりこの事は母のストレスになっていたのだろう。
母曰く『今後、食事を別々で取るときはダイニングルームで食べること。そして片付けまで自分で済ませること。』と伝えるとRは『なんで?』と聞いてきたらしい。
(片付けは今までもやっていたのでそこに対しては不思議に感じなかったらしい。)
母はまさかRが『なんで?』というとは思わなかったらしく、咄嗟に『私が嫌だから。』と答えたらしいのだが、正直私もRがなぜと質問したことに驚いた。
妹や私は自室で何かを食べるということ自体がなかったから、どうしてそれが駄目なことなのかと疑問にすら思わなかったけれど、Rにとってはそうではないのだ。
だから私はどうして駄目なのか私なりに考えてみた。
-部屋が汚れる。(部屋に持っていくまでに溢すかもしれない。)
-すぐに片付けず置きっぱなしにする可能性がある。
-PCを見ながらの『ながら食べ』になりけじめがなく消化にも悪い。
-ダイニングルームという食べる場所がある。
これくらいだろうか。
しかしRを納得させられるような決定的な答えではない気もする。
もしかしたらこれは日本だけの考えなのかと思い、オーストラリア生まれでドイツ人の両親がいる夫にも聞いてみた。
夫もやはり自室に食べ物を持ち込む習慣はなかったと言い、Rの態度は感心しないという。どうやらお国柄ではなさそうだ。
次に私は夫ならRにどう説明するか聞いてみた。
すると夫は私と似たり寄ったりな理由をいくつか挙げ、そして最後にRの日頃の生活から『ただでさえ部屋に閉じ篭もり気味で家族とコミュニケーションを取らないのに、一人で食べるにしても食事時くらいは自室から出てくるべき』ということだった。
確かにその通りだ。実家の場合、ダイニングの隣にはリビングがあり、そこには大抵父か母、もしくは両方がいるのだ。
どこの国でも食事時はコミュニケーションの時間だ。
友人と予定を立てる時はランチかディナーもしくはカフェ、家族が集まれば自然と食べ物が出てくる。
近年日本ではぼっち飯なるものが流行していて、ラーメンや牛丼だけでなく焼肉やしゃぶしゃぶまで一人で行く傾向にあるが、それをこちらの友人に説明してもなかなか理解してもらえない。
私自身も外でひとりで食事をするのは苦手で、つい挙動不審になり、いつもより早食いになってしまって消化に悪いなあと感じる。
しかしながら、Rはコロナ禍に学生時代を過ごしており、友人とは距離をとって、尚且つ黙食を強いられ、食事中のコミュニケーションは許されなかった。
教室で班ごとに机を並べて給食を食べたり、校内の至る所で友人達と一緒にお弁当を広げて話しながら食事をした自分の学生時代とは随分と違う。
根本からの常識が違うのだからRの放った『なんで?』は彼の本心なのだろう。
結局のところ、時代の背景なのか親からの躾なのかそれとも本人の生まれ持った性格なのかはわからない。
だけど食事ひとつ取っただけでも常識のギャップを感じてしまう、そんな考えさせられる出来事だった。